第162話 ライフ・イズ・ビューティフル
「飲み物何にしますか?」
「私はコーラにでも……あっ! 見て! カップルセットっていうのがあるわよ!」
「私ポップコーンいらないので」
「ちっ」
映画館に着いた二人は、ドリンクを買ってシアターへ。
ポップコーンは夕飯が待っているしアイスも食べたのでなし。
そうしてど真ん中の、一番いいシートへ腰を下ろしたのだが。
「誰もいないわね」
「平日の昼間に、新作でもない映画を観せる穴場ですからね」
「ふーん。あとから増えることもなさそうね」
「ですが騒がないように」
「ちっ」
シルビアが軽くあしらわれているうちにCMがいくつも流れ、そのなかに。
この時代の遥か遠い星で映画泥棒が出てきて、日本のゲームだなと実感させられる。
彼女はふと思う。
自分はこの世界の住人ではない。
こちらに来て半年以上が経ち、殺し合い以外にはすっかり慣れたが。
それでも、元の世界がある。
パパとママ、元気かしら。
考えているうちに、映画は始まっていた。
スクリーンには陽気なイタリア人の若い男。納屋の上から飛び降りた女性をナイスキャッチ。
あぁ、ここから恋が始まるのね。
恋と言えば。
シルビアはチラリと横目でアンヌ=マリーを見る。
彼女は真っ直ぐ、スクリーンを見つめている。
そんな聖女をはじめとして。
今のシルビアはたくさんの出会い、たくさんのよき人に恵まれている。
全ての始まりとなったバーンズワース。
駆け出しの頃を陰日向に支えてくれたカーチャ。
目標や志を持つのに深く関わったジャンカルラ。
何も持っていない異世界で、常に孤独から守り力を与えてくれたリータ。
数々の人々のおかげで、自身は今や軍隊で出世し、元帥である。
なんなら、『皇帝になる』などという突拍子もない目標すら。
『戦争を終わらせる』などという夢想だにしない夢物語すら。
もう少しで手が届きそうな位置にいる。
これほど素晴らしい、充実した人生も、そうはないだろう。
しかし、
パパとママからしたら、私って。
学歴こそよかったけど、プライベートは冴えない感じで先立ってしまったのよね。
現実世界では違ったのだ。
きっと両親は『生まれてきてくれた。それだけでありがとう』とは言ってくれる。
それでも、『娘の幸せ』をじゅうぶんに見せられなかった引け目を感じる。
安心して。私は今、遠い世界で輝いているのよ。
それが届いてほしいような。
『娘が戦争している』と思ったら届いてほしくないような。
悩んでいるうちに、スクリーンでは二人が駆け落ちしていた。
輝かしい人生である。
それから主人公は息子も授かり、幸せの絶頂だったが。
どうやら戦争映画だったらしい。
ユダヤ系だった彼に、ナチスの魔の手が迫る。
あらやだ、デートなのに戦争映画なんて。
そういうのはせいぜい、特攻隊との恋愛モノが関の山でしょ。
これが軍人のセンスってやつ?
ていうか、普段から戦争してるのに、映画でまで観たいもんなの?
シルビアがまたアンヌ=マリーの方へ視線を向けると。
やはり彼女は置き物のようにぴったり、スクリーンを向いている。
シルビアは楽しんで観ていても、足の位置や腰の座りが気になってモゾモゾするタイプ。
素直にすごいと思う。
が、それとは別にして。
戦争してる、ね。
このゲーム、乙女ゲームの世界。
前世で彼女がプレイして知るかぎり。
『アンヌ=マリー・ドゥ・オルレアン』という人物はいなかった。
なんなら、この世界で今知り合い、ともに生きている人の多くが。
陰も形もなかった存在である。
今この世界に私はいるけど。
私が来るまえから、こんなパラレルワールドがあったのかしら。
それとも。
私がこの世界へ飛んでくることになったから。
もしそれで、ひたすらゲームの範囲でしかなかった世界が広がって。
隙間を埋めるために、この子たちが生まれたのだとしたら?
そんな、卵が先か鶏が先かのような。
考えても意味のないようなことが、ぐるぐると、ぐるぐると。
私が来たことで生まれ、戦争をすることになったのだとしたら?
スクリーンでは収容所に連れてこられた主人公が、状況を理解できていない息子に
『これはゲームなんだ。優勝したら戦車がもらえるんだ』
と優しい嘘をついている。
シルビアが複雑な気持ちで視線をアンヌ=マリーへ戻すと、
「あ」
「映画、お気に召しませんでしたか?」
彼女もシルビアを見つめていた。
真っ直ぐ。
さっきまで作り物のように固まっていた彼女が、
「どうします? 切り上げてどこか遊びに行きますか?」
「いえ、その」
「?」
優しく温かい瞳で。
シルビアの心に、スクリーンとは違う光が当たる。
たとえ、アンヌ=マリーがどのような経緯で生まれていようとも。
彼女はこの世界で、ゲームや映画の登場人物でもなく、一人の人物として。
血が通っていて、温度を持って生きている。
彼女は、みんなは、美しく人生を生きている。
そこにどうこう考えるのは、さすがに傲慢かもしれない。
そうね。
さっきのはただの気の迷いよ。
軽く頭を振って切り替えたシルビアは、
「ただ、やっぱりポップコーン、Sサイズくらいは買ってもよかったかなって」
「そんなに食べたいんですか」
「分けましょ?」
「じゃあキャラメルにしましょう」
「食べるとなったら血糖値上がるの選ぶのね」
より彼女の生きている姿を強調するように、ポップコーンを食べさせることにした。
スクリーンでは主人公が、妻へ愛のメッセージを叫んでいる。
その後映画は、
「〜〜〜っっっ!!」
主人公は銃を突き付けられているにも関わらず。
息子を安心させるためにおどけた動きで歩いて行き、
物陰に隠れたところで銃声が響いた。
シルビアの涙腺崩壊である。
その後息子の前に米軍戦車が現れるところで嗚咽を上げた。
本当に貸切状態でよかった。
「いやぁ〜、本当にいい映画だったわ。本当に!」
シアターをあとにし、興奮気味に空のドリンク容器を振るシルビア。
この薄明るい廊下を、余韻に浸りながら歩くのが劇場の醍醐味である。
その隣を歩くアンヌ=マリーは、やや心配そうに彼女の顔を覗き込む。
「それはいいですけど。そんなに泣いて、食欲ありますか?」
「そこは気にしなくても大丈夫よ」
胸を張るシルビアだが、
「でもメイクは崩壊しているので、一旦直しましょうね」
「ヴッ」
薄暗い劇場の廊下でも分かるのだ。相当グチャグチャなのだろう。
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