第159話 アイドル=マリー

 その後二人は、アンヌ=マリーが乗ってきた車で宿泊先のホテルまで。

 リムジンなどでもなく、普通に定員数4名のセダン。


 だが、何もシルビアとて。

 ムラムラしたからハグしたり、イチャイチャするために同乗しているのではない。遊ぶために早めの現地入りをしたわけでもない。


 今回の会談はあくまで、『ショーン・バーナード事変における同盟軍介入について』。

 両者が見解を擦り合わせ、問題はなかったのかなどの落としどころを探るもの。

 対外的な見え方では、彼女の言う『平和への架け橋』的要素はないイベントである。

 むしろいくら元帥で第四皇女で功績の大なるシルビアであろうと、勝手に


『ユースティティアでは独自路線で戦争を放棄しま〜す! 広げよう愛の輪!』


 宣言は国家の方針に対する叛逆である。


 だからこそ。

 口にはしない範囲、明文化しない範囲の動きや絵面で。

『我々は手を取り合える』ことをアピールしなければならないのだ。


 そのための振る舞いであり、そのシーンを多く作るための時間の確保なのである。


「さて、このあとはどうしようかしらね」


 とは言うが。

 車内で肩をピッタリ寄せ、アンヌ=マリーの持つタブレットを覗くシルビア。

 画面にはスケジュール帳。

 格好が軍服でなければ、友人を訪ねて遊びにきたようにしか見えない。


「第一回は明日ですが。本番まえに二人で軽く、情報をまとめておきましょうか。介入について皇国側、同盟側それぞれの反響を」

「まぁまぁまぁ。そういうのもあるけど、マスコミ向けの」

「ではその話し合いを、ホテルのラウンジで」

「それから?」


 シルビアが頭で頭をグイグイ押してくるのを、アンヌ=マリーはシニヨンでガードする。


「そのままラウンジで昼食でも」

「それからそれから?」

「私は公務があるので」

「これも公務じゃない。融通つけなさいよ」

「あのねぇ」


 ついさっきは『お行儀よい客』とか言っていた彼女だが。

 人の目がなくなるとすぐにこれである。

 なお普通に運転手はいる。


「言っておきますけれど。仲よくする、その姿を発信すると言っても、St.ルーシェのようにはしませんからね? 大人、公人としての節度」

「じゃあ海行ったりカラオケ行ったりしないの?」

「遊びたおしてたら心象悪いでしょう」

「えー? ゴルフのホール回るとかオジサンっぽくて嫌よ?」

「私もゴルフはしませんけども」


 この会話を聞かされている運転手も、哀れなことである。

 一周回って「尊い……萌え……」とか限界オタクにでもなっていればいいが(よくない)。


「海はいいでしょ海は。お互い武器も隠し持てない無防備な水着で。腹を割って平和な外交をする象徴だわ」

「水着好きじゃないんですよ。マフラーが浮くから」

「常春の星で、軍服なら浮かないと思ってる?」

「うるさい」

「いいじゃない。いろいろしましょうよ。サシ飲み配信とかウケるわよ?」

「我々は芸能人か何かですか」


 そのまま二人は、ホテルに着くまで終始ゴチャゴチャと会話していた。






「であれば。今回の会談、そう長引くことはなさそうですね」


 ホテルのラウンジにて。

 シルビアはビーフシチュー、アンヌ=マリーはフリカッセを昼食にしている。

 茶色のソースと白のソースは対照的な色合い。


 勝てば官軍、ではないが。

 もともと国民感情はシルビア派、というかクロエ推しだったのだ。

 その勝利に貢献してくれたのだから、皇国側も今回の件に関して特に抗議する気はない。

 これはこの場にいる彼女一人の判断ではない。

 5月いっぱいカピトリヌスにいたが、そこで見聞きした軍事政治上層部の総意である。


 というわけで、今回の会談は


『こうこうこういうことがありましたけど。ま、問題なかったと思ってます』

『あらそう? じゃあ今回の話はそういうことで決着ですね』


 で済んでしまう。

 それをわざわざ『国際法的には』とか補強したり。

 口頭ではなく、もっともらしい文章にするだけのことなのである。


 なんなら、法も書類作成も専門家が行うこと。

 言い争いにならないと判明した今、もう二人が頭を使うことはない。

 せいぜい用意された脚本どおりに会談を『演じる』、役者の仕事が残るのみ。


 なのだが。


「もう。今は食事中よ? そういうお堅い話は終わったでしょ」

「……お堅い話をしていないと、落ち着かないんですよ」


 ラウンジのテーブルのあちこち。ガラス張りで面した庭の植え込み。

 あちこちにマスコミがいる。


 これ自体は友好アピールをするために望むところだったのだが。


「本当に、芸能人か何かですか」


 役者仕事の本番まえから、役者のように。

 カメラに追い回されることに、アンヌ=マリーは慣れていないようだった。


「いっそそう振る舞ったら? こんな美人が二人、旅番組のロケみたいなものよ」

「やっぱり遊び気分で来ていませんか?」


 実はシルビアのジョークもあながち間違っていなかったり。


 男性がしていれば普通のことも、女性がしていれば。

 真面目なことを、本人たちはプロ意識で取り組んでいようと。


 メディアはすぐ『美人すぎる◯◯』と煽り立てるものである。

 そのためにも写真を撮られているフシはある。


「仲よく遊ぶことも必要なことよ?」

「今さらですけどね。本国から内通者と思われても知りませんよ?」

「いいのよ。そのうち内も外もない一つの世界になるんだから」

「また誰が聞いているかもわからないのに、滅多な政治発言を」


 これ以上はいろいろ問題だと思ったのだろう。

 フリカッセを食べ終えたアンヌ=マリーは、紙ナプキンで口を拭き立ち上がる。


「もう行っちゃうの?」

「忙しいので」

「つれないじゃない」


 しかし彼女とて、冷たい人間ではない。

 不満げなシルビアに、サッとウインクをしてみせる。


「たくさん遊ぶのでしょう? 時間を作るためにも、片付けないといけないことが山積みなので」

「それなら、仕方ないわね」

「ではまた明日」






 翌日、シルビアが宿泊しているホテルで会談がスタート。

 初日で終わっては、それはそれで問題の扱いが軽すぎるとも思われかねない。

 その日はお互いの見解の交換だけ。結論は出さず、


『持ち帰って検討します』


 とだけに留めた。

 それでも表情は晴れやかに、二人並んで部屋を出る。

「まったく難航してませんけど何か?」アピールバッチリ。

 シルビアとしては100点の滑り出しだったが。



 そのシワ寄せだろう。

 夜、端末に



『私が少し外出するたびに、マスコミが「バーナード元帥とお会いになられるんですか?」』

『私が出先で電話するたびに「今のはバーナード元帥ですか?」』

『私の一挙一動が、あなたとマスコミに支配されている』



 アンヌ=マリーから恨み節が届いていた。

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