第158話 不変の友情は首元が証

 それから数日。

 ユースティティアへ着実に近付いている『悲しみなき世界ノンスピール』艦橋内。

 通信手として最後の航海というのに暇そうにしていたエレが、ピクリと動く。

 最後の航海だからと背中を眺めていたシルビアも、いち早く気付いた。


「艦長」

「えぇ」

「ユースティティア基地より連絡。同盟軍アンヌ=マリー・ドゥ・オルレアンより、会談の件の返信が来たとのこと」

「! どうなの!? オッケー!?」

「電報のファイルが送られていますので、閣下の端末に転送します」

「ありがとう!」


 シルビアはすぐさま立ち上がり、艦長室へと駆け出していく。

 その様子を見たカークランドは、


「恋人からのメールかよ」


 と呟いた。

 あながち間違ってない。






「さてさて、どうかしら」


 艦長室へ駆け込み、デスクに腰も下ろさずパソコンを開くシルビア。

 見てのとおり、NOが返ってくるとは露ほども思っちゃあいない。


「久しぶりに会えるかしら〜」


 彼女がデータを確認すると、果たして内容は


 会談に応じるということ。

 日時は『あなたが皇国軍ディアナ基地に到着次第、なるべく早く』ということ。

 最後に、


P.S.追伸 Jūstitia is spring……, spring……, aユースティティアは常春の星です。nd spring……. Please bring cool clothし涼しめの衣服を忘れずに。es.』


 という、実にアンヌ=マリーらしい一言が書き添えられていた。


「よしっ!」


 小さくガッツポーズをしたシルビアは、デスクに備え付けの受話器を取る。


『はい。こちら艦橋、カークランドです』

でディアナ基地へ向かうわよ! 飛ばしなさい!」

『ゆっくり行こうとか言ってませんでしたか?』

「これは戦いなのよ! 兵は神速を貴ぶわ!」

『はぁ』


 折に触れて


『中身は悪役令嬢ではない』

『なのに関係ない過去のせいで苦労している』


 感を出している『梓』だが。

 存外彼女自身も、自分勝手な部分はある。

 たぶん誰と恋人になることもなく、ずっと一人暮らしの実家住まいだったせい。






 結果。

 カークランドが『2週間前後』とした航海は9日と数時間のハイペースで完走。

悲しみなき世界ノンスピール』は6月10日にディアナ基地入りした。


「思った以上に短縮できたわね」


 シルビアはタラップを降り、ドックの床を踏み締める。

 瞬間、強い光が顔を襲い、彼女は思わず帽子のを下げる。


 地上にあろうと、宇宙戦艦のドックというのは外の明るさが入ってこない。

 そのくせ、作業をするには薄暗いでも許されない。

 照明ビカビカなのだ。


「『王よ、あなたを愛するアイラブユーアーサー』ほどではありませんが、本艦も強力エンジンですからね」


 このたび帽子を拝領したカークランドも、存分に活かしながら応じる。


「ならユースティティアにも、予定より早めに入れそうね」

「それは出発の日を遅らせればいいんですよ」

「いいじゃない、早めに入ったら。万が一遅れたら問題よ」

「早めに入ったら、そのぶん滞在費がですね」

「ケチねぇ」

「国民の血税なんですから」


 いかにも真面目一徹な正論で悪役令嬢を制する副官だが、


「オレは元帥閣下に賛成だぜ。その方が観光できる」


 彼に続いてタラップを降りたロッホが口を挟む。


「私も。皇国が輸入できない地球圏製品とか多いし。ショッピングしたいわ」


 エレも続く。


「あのねぇ。おまえらはもう『悲しみなき世界ノンスピール』降りるの。ユースティティアにはついてこないの」

「分からねぇぜ? 随伴艦にオレらの配属先が選ばれるかも」

「そもそも辞令はディアナ到着が遅れるのも見込んで20日付け。それまではまだクルーよ」

「20日だったら行きはともかく、日付けまでに帰ってこれねぇだろ」

「細けぇこと言うなよぉ〜」


 ロッホが肩を組んでくるのを、カークランドは鬱陶しそうに払い除けるが、


「ここは軍隊なの!」

「じゃあ私が善きに計らうよう命じたら、あなたには調整の義務が生じるわね? カークランド准将?」

「なっ!? 閣下!」

「さすがだぜ! 話が分かるぅ!」


 残念ながら、意見を同じくする意味で彼と肩を組む者はいないらしい。

 シルビアはこれ以上副官がゴネないよう、ダメ押しで指示を出す。


「せっかく到着してで悪いけど。明日一日休んだらすぐ、ユースティティアへ向けて出航するわよ! アンヌ=マリーにもそのむね連絡しておきなさい。艦のエネルギー補給もしっかりさせておくこと!」

「はぁ」


 カークランドの声は、了解かか分かりかねる曖昧さだったが。


「なぁイム大尉。オレと配属先交代しないか?」

「あら、それって准将からの命令? だったらパワハラよ?」

「出世するもんじゃねぇなぁ」


 おそらく後者と思われる。






 そのまま、来たる6月16日。


「デケェ星だなぁ。やっぱ方面の名前になるだけのこた、あるよなぁ」

「青々ときれいな星ね。アンヌ=マリーに似合うわ」

「そういえばオレ、攻略もしてない『同盟領』に入るの初めてです」


 シルビアたち皇国使節団は、水と草木と常春の星ユースティティアへ。


「閣下、『地球圏同盟』軍より! 大気圏侵入許可が降りました」

「分かったわ。突入まえに、念入りにお礼を言っておきなさい。そのあいだに各員は大気圏突入準備! タラップ降りる時に船酔いしてたらカッコ悪いわよ!」


 シルビア自身もシートベルトを絞めつつ、デスクから手鏡を取り出す。

 襟やらスカーフやら身だしなみをチェック。


「私たちがいかに端正で規律正しく行儀よいお客か。それで今後の外交や戦争の運命が分かれるわよ!」

「責任重大ですな!」


 かくして午前9時38分。

 一行は敵地へ足を踏み入れ、






『地球圏同盟』軍ベルナリータ軍港。

 艦を停泊させた一行がタラップを降りると、


「おい、あれが」

「しっ、静かに」

「まさか、港まで直々にお出迎えとはね」

「写真で見るより童顔じゃねぇか?」

「証明写真とかって、みんな人殺してそうな顔付きになるじゃない」

「普通のオフショットだったし、そもそも軍人だから殺してんだよなぁ」

「静かにしろって!」


 後ろでコソコソ騒ぐカークランドたちを無視し、


「あっ、閣下! そんな一人で先先進まれては!」


 シルビアは早歩きで、正面に待ち受ける人物の目と鼻の先へ。

 そこにはいるのはもちろん、



「次に会うのは講和が成立してから、とばかり思っていましたが」

「私があげたマフラー、使ってくれてるのね。似合ってるじゃない」



 提督アンヌ=マリー・ドゥ・オルレアン。

 二人が親しげに声を掛け合う様子は、集まったマスコミを驚かせたが、


「なんにしても、久しぶりね」

「ちょっと!」


 握手を求めて手を差し出した彼女に、

 シルビアがハグで応じたのはもっと驚かせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る