第157話 これからの戦争
カークランドの声に、
「あいつ、これからもあの調子だな」
「見れないのは残念ね」
約二名の愉快そうな声がする。
「い、いったいどういうおつもりですか! 敵国の指揮官と会談! などと! 勅命ですか!? 外務省の要請ですか!?」
「私の判断よ」
「んな勝手な! なんのために!」
「副砲撃手のあなた、トーマス軍曹だったわね。コーヒーを淹れてきてちょうだい」
「はっ」
シルビアはさも当然かのような顔をし、余裕の態度。
「いい? 追討軍に対する我々の勝利。あれには事実として、同盟の横槍があったわ。しかもドゥ・オルレアン提督はその当事者。あの一件について、我々は話し合わなければならない」
「政治介入に対する抗議、ですか?」
「ま、それは話の流れによるわね」
言葉ではそう言うが、声色にはまったくもってお気楽至極。
そんなデリケートな話題を持ち込みそうな雰囲気はゼロ。
どころか、少し手遊びするように指を動かすと、
「そうね。こちらがお願いするのだから、向こうの星にこちらから出向きましょうか」
「んなっ!」
ここまでは圧倒されていた副官だが、さすがにデスクを叩いて抗議する。
「あり得ません! ホイホイ敵領土に出向くなど! 前代未聞です!」
「前人未踏と言いなさい」
「リスクしかないから誰も踏み入っていないのです!」
「リスクがあるから意義があるのよ」
「コーヒーです閣下」
「ありがとう」
シルビアはトーマス軍曹からカップを受け取ると、のんきに一口。
淹れたてではなく、すでにあったのを温めなおしただけだろう。それでも元帥クラスの豆は香り高い。
その堪能する様子がまた、カークランドに薪をくべる。
「いいですか閣下! 敵地に入ったなら、そのコーヒー一杯すら迂闊に飲めんのですよ!」
「大丈夫よ。ドゥ・オルレアン提督はそのようなことをする人物ではないわ」
「そういうことではありません! 新人の元帥で! 第四皇女で! 皇帝候補でもあった先の内乱の英雄が! 迂闊なことをして命を落としたり捕虜になったら!」
「その私がやるから、意義深いのよ」
「何が!」
彼女とてふざけているわけではない。
立ち上る湯気に細まったのではない、含みのある視線が副官へ向けられる。
「准将、あなた戦争は好き?」
「は?」
「好き?」
質問にカークランドは腕を組み、鼻からため息。
「何言ってんだ」と言わんばかりである。
「ここまで出世しておいてなんですが、そんなわけないでしょう。敢闘精神のなさを咎められるかもしれませんが」
「いいえ。そんなことはしないわ。むしろ私もそうなの。戦争なんか大嫌いよ」
対するシルビアは、優しく微笑み返す。
彼の動きもピクリと止まり、くすくすざわざわしていたクルーたちも静かになる。
「だからこそ。口はばったいけど、今この国の顔でもある私が。同盟でも有数の人物と平和に、親密に」
彼女はカップをデスクに置いた。
「『私たちは話し合える。分かり合える。友人になれる』。このことをアピールするのが、戦争を終わらせる道、平和への道なの」
話をしている側なのに、シルビアは何度か小さく頷く。
自分で自分に言い聞かせるように。
志をもう一度確かめるように。
「それをまずは、ユースティティアから始めるわ。ここから発信して、みんなの心を開くのよ」
そう考えると。
自分が皇帝になって、いきなり『戦争は終わりにします!』と宣言したとしても。
誰もついては来れなかっただろう。
St.ルーシェの救出劇では、リータですら。シルビアが身を挺しての制止で、ギリギリ殺し合いをやめたのだ。
だったら、皇帝にならなくてよかったわ。
まだまだ前線でできることが、やることが残っているわ。
これからの時代の、新しい戦争をしなければならないわ。
人に話して、シルビアは改めてそう思う。
これは意味のある巡り合わせだったのだと。
転生したとて、チートスキルにも知識リードにも縁がなかった彼女だが。
常に巡り合わせには恵まれてきた。
それは、
「ね、そうでしょ?」
彼女が意識を目の前に戻すと。
カークランドは静かに背筋を伸ばし、敬礼していた。
今この時も。
部下との巡り合わせに恵まれている。
だからこそ、このギフトを活かさなければならないのだ。
世界のために。
平和のために。
ハッピーエンドのために。
自身の夢のために。
「よし! 分かったなら早く基地に連絡してアポ取らせなさい!」
「了解っ!」
ユースティティアは、ローマ神話の正義の女神だという。
ならば、『戦争を終わらせる』という正義に祝福をくれはずである。
この道行きは、ただ任地へ赴くだけのことではない。
『悲しみなき世界』へ至るための、最初の一歩なのである。
「また突拍子もないことを」
『地球圏同盟』軍ユースティティア方面軍、ユースティティア基地。提督執務室。
シルビアがカークランドを説き伏せてから数日後の午前10時。
アンヌ=マリーが会談申し込みの報告を受けたのは風呂上がり。
朝のトレーニングの汗をシャワーで流し、乾いた髪を結っているところだった。
それから今、改めて電報に目を通しているわけだが。
「まぁ一理ある、が……。あまりこちらと親しくして、内通者とでも思われたらどうするつもりなのやら」
相変わらず、といっても道を別れて数ヶ月だが。
やはり相変わらずの危機管理の甘さには、彼女も苦笑するしかない。
シルビアも根は皇女でもなく、一年も軍人をやっていないどころか。もともと平和な時代のOLなのだ。
まだ、一歩緊張した現場から離れると急に思考がボケてしまうクセがある。
そんなこと、アンヌ=マリーが知る由もないが。
「今度こそ本当に亡命することになっても知りませんよ」
彼女は電報に向かって呟く。
相手には届くまいが。だからこそ、平気で不穏なジョークを飛ばせるとも言える。
何より、
「ま、私にデメリットがあるわけでもなし。やる価値は大いにある、か。それなら」
彼女はチラリと、応接用のソファへ目をむける。
そこには誰も座っていないが。
「善は急げ、と言いますし。多少は
アンヌ=マリーは電報を、鍵付きの引き出しの底に埋めた。
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