第122話 謀略の予感
どうした、と誰かが聞く暇もなく。
「分かった。ちょうどこちらには他元帥も集まっている。とにかくその電信をオレの端末にまわせ」
話がこちらへ来るらしい。
コズロフは受話器を置くと、持っていた缶ビールをシルビアに渡す。
「悪いがバーンズワース、セナ両元帥。軍務における重要な話が舞い込んできたようだ。酒はあとにしてくれ」
「コーラと食事はいいかな?」
「ポテトチップスは音がうるさいからやめろよ」
バーンズワースとカーチャはイルミに缶ビールを渡す。シルビアと同じく飲んでいていい扱いなのだろうが。
自身の分もあって三本、少し困った顔をしている。そもそも持ちにくそうだし。
そんなことはいざ知らず。
いまいち緊張感のない会話。ピザ片手にタブレットの画面を覗き込む三人だが。
「あーん?」
「これはぁ」
相変わらず抜けた感じではあるが、少し思案げな声が出る。
「どうなさいましたか」
さすがにこの雰囲気で副官がのんきに酔っ払うわけにもいかない。
イルミが缶ビールを置いて輪に向かう。
が、
「いやなに、見てもらったほうが早いか」
コズロフの方から端末を差し出してきたので、イルミ、シルビア、リータで覗く。
シロナは興味なさそうにフライドチキンを齧っている。
「どれどれ」
話し言葉と違って、書き言葉は翻訳されない世界。
正直シルビアが困っていると、
「端的にまとめると、『ルーキーナに集合している連合艦隊を解散し、任地に戻れ』って書いてある」
バーンズワースがピザの耳を齧る。
「あら、説明してくださいますのね」
「見てもらった方が早い、とのことですが」
「それは最後だね」
逆に耳を先に食べたらしいカーチャの声に視線を動かすと、そこには
「このサインは……」
「ショーン・サイモン・バーナード……」
「これは!」
シルビアが元帥たちの方を振り返ると。
目が合ったコズロフが小さく頷く。
「簡単には承服しかねる話だろう?」
「ですね」
イルミからタブレットを受け取りつつ、バーンズワースが笑う。
「僕らがショーン殿下のナンダカンダを知ってるってのは置いといても。皇帝陛下の命で始まり、コズロフ閣下が継続を判断している戦線だ。それを軍関係者でもない彼がね」
「越権行為ですね」
「それどころか」
リータがコーラで脂を流していると、カーチャがジンを炭酸で割る。
イルミが「ビール!」と言わんばかりに缶を揺らすが無視。
「明らかに、殿下の身で陛下の命を否定。権能を侵犯する、反逆行為ですらある。それをこんな、堂々ログが残るかたちで」
「シルビアさまを騙した手紙と同じ手口でしょうか。小賢しくも押印は皇帝陛下の意匠、勅命と偽造しています。これも重罪でしょう。ここまでやるのは、相当焦っているのか、それとも……」
「解散させる狙いは分かんないけど。とにかく、ロクでもないウラがあるのは確かだろうね」
彼女からすれば、それで今は済んだ話なのだろう。平気でアルコールを入れはじめる。
が、
「ですが、どうしましょう。曲がりなりにも
逆に缶ビールをテーブルに置いてしまうシルビア。
イルミも頷く。
「たしかに。こんなものでも、『我々が玉璽を無視した』事実が残るのはよろしくありません。従いがたいが逆らえない。いかがいたしましょう」
「ふむ」
コズロフはシェリー酒を開けようとしていた手を止め、あごにやる。
「痛し痒しの状況ではあるが。むしろこれは好機かもしれん」
「というと」
「差し当たってこの勅命もどきだが。順次艦隊を帰還させることで、応じつつ時間を稼ごう。『艦隊の損耗や増援に来たタイミングで、準備の手間が違う』とでも言っておけばいい」
「それでも、稼げる時間に限度はあるよ」
バーンズワースがグラスに氷を入れる。
しかしコズロフはふふんと笑った。
「そんなに長い時間はいらん。そのあいだにオレがカピトリヌスへ行ってくる。陛下に直接、勅の内容を確かめてくるのだ」
「なるほど。それで『好機』ってわけだ。場合によっては、ショーン殿下をバーナードちゃん案件とは別から断罪できる、かも、と」
「うむ」
彼はデスクの受話器を手に取る。
「となれば、善は急げだな。オレは早速参内するから、引き上げ作業は卿らに一任する」
コズロフに仕事を投げられた両元帥。まぁ本来同格なのだし、能力的にも難題を言われてはいない。
が、
「うーん」
バーンズワースは親指を下唇に添え、カーチャは指でテーブルを叩く。
何より、仕草以上に二人とも悩ましげな表情。
「どうなさいましたか?」
「問題は君なんだよ、バーナード少将」
「私!?」
思いがけないパスに、シルビアも思わず両手が上がる。
「実はね。君が生きてたこと、同盟から奪還したこと。まだ、中央へ報告してないんだ」
「あら」
「バーナードちゃんの命を狙ってる連中がいるからね。だからできるだけ黙ってようかと」
「だから連中は君が生きて帰ったことを知らない、はずだ」
「はず」
いつだって話が自分に来るとプレッシャーもセットになる。
チラリと視線を逃すと、シロナが部屋の隅で小さくなっている。
さっきからずっと無言。余計な気配を立てないよう、食べ終わったチキンの骨を捨てることすらできないでいる。
この場にいるだけの彼女ですらこうなのだ。渦中のシルビアが緊張するのも仕方ない。
「そう、『はず』。でも、中央の諜報員がいて、報告してるかもしれない。ここにいる軍人の誰かが、悪意なく言いふらさないともかぎらない」
「だから、どうするかねぇ。バーナードちゃんを真っ先に逃すか、ここに残すか」
「居場所が割れていると、また暗殺者が来るかもしれません」
リータの言葉に結論はないが、表情からは『逃すべし』と。
バレていないうちに雲隠れしてしまおうということだろう。
「しかし」
腕を組む、というよりは両肘に手を添えるイルミ。
「すでにバレていると仮定して。この解散命令自体が、我々によるバーナード少将のガードを排除する目的なら。軽率に帰らせてしまうのも問題ではある」
「そこなんだよね。リーベルタースの前任者は新年祭から身一つで来て最初の戦闘で戦死。方面派遣艦隊は増援要請の優先順位を下げてたんだ。だからここには来てない」
「しかもバーナードちゃんは乗艦沈んでる。シャトルなんかで移動中に敵が来たら、対抗手段がない」
また空気が「うーむ」してしまいそうな雰囲気。
自分のことで他人にばかり考えさせるものではない。
シルビアも一歩前に出る。
「でも、救出自体が数日まえ。暗殺者が来るにしても、時間がかかるでしょう? ならいち早く飛び出せば。捕捉されていなければ、ガードが少なくとも関係ありません。ここに諜報員がいるとしたら、その方が危険です。」
「それはそうだが」
「私が一人になるのが危険というのであれば。リータにこっそり付いていきます。そこから遠回りで任地へ向かえば、さすがに気付かれないでしょう」
まぁ半分くらいはリータと一緒にいたいがための発言だが。
しかし閣下たちは気付かないか、気付いたうえでスルーしてくれるのか、
「そうだね。折衷案にはちょうどいいかな」
「二人の任地を近くしといたのが、まさか効いてくるとはね」
と素直に頷いた。
この判断が歴史を大きく変えたかもしれない、とは知らずに。
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