第121話 正式任官

 2324年4月3日、正午。

 カンデリフェラ星域皇国領、惑星ルーキーナ。

 皇国軍基地ホール。

 といっても、そんなたいして大きな講堂でもないが。


 そこに、多くの人物が詰め掛けている。

 レッドカーペットを挟むように着席する彼らは、皆軍服で着帽。マントを羽織っているものも少なくない。なんなら、普段装備されているのを見掛けないサーベルまで。

 つまりは将官クラスが多い。取り分けこの場にいるのは、方面派遣艦隊指揮官とその副官クラス。


 その大勢の視線を一身に浴びて。

 あえて軍帽を被らず赤い道を進む者がいる。



 シルビア・マチルダ・バーナードである。



 彼女が進む先には、左右に将校を従えたコズロフが仁王立ちで待ち受けている。

 内心緊張で心臓吐き出しそうな彼女だが。ここで醜態を晒したらと思うと、その方が怖ろしい。

 必死に転んだりつまずいたりしないよう、胸を張って歩いているうちに。

 大柄な元帥閣下の体躯が、遠近法に誤魔化されない目と鼻の先まで来る。

 なんとかギリギリ適切な距離感で踏みとどまると、それが合図。

 コズロフが厳かに口を開く。


「シルビア・マチルダ・バーナード

「はっ」


 それが一時の死亡者判定による二階級特進だったのか、任官にあたってかは知らない。

 が、


「よくぞ無事で帰還した」

「ひとえに、勇気ある皇国軍同胞の尽力のおかげです」

「ふむ」


 ここで一度、閣下は後ろを振り返り、副官から何かを受け取る。

 それは盆であり、上にが載せられている。

 コズロフが向きなおり、シルビアへ差し出されたそれは、



「では、これまでの貴官の武勲を讃え、無事に皇国へ帰参したことを祝し」


 着席していた将校たちが、一気に立ち上がる。



「正式に皇国宇宙軍リーベルタース方面派遣艦隊司令官に任命。こちらの軍装を授与する」



「はっ!」


 白地に金細工の鞘のサーベル。裏地が濃い橙のマント。メタリックオレンジで徽章が塗られた軍帽。

 それを、すでにエポナとは違う黒に橙の軍服のシルビアが受け取る。

 が、その盆を一度、コズロフのそばに控えていた将校の一人に持ってもらう。

 彼女は丁寧にサーベルを取り上げベルトから吊るし、マントを羽織り。

 それから軍帽を深く被ると、


「おめでとう」


 閣下の一言を皮切りに、四方八方から万雷の拍手が降り注ぐ。

 コズロフに敬礼をし、くるりと振り返るシルビア。

 あとは退場して式典は終わり。

 格好よく締めるために、あまりキョロキョロするものではないが。

 彼女は横目でチラリと参列者を確認する。


 ずっとずっと目標にしてきたバーンズワースが、

 その後ろに控えるイルミが、

 ここに至るまでに欠かすことのできない恩人のカーチャが、

 魂を分け、運命を重ねた、愛すべき、

 ウルトラマリンブルーの裏地のマントを羽織ったリータが、


 シルビアを拍手で祝福している。


 ありがとう、みんな。

 おかげでここまで来れたわ。



 この日、彼女は大いなる野望への着実なステップアップとして。

 方面派遣艦隊司令官、軍部でも指折りの上層に昇進した。



 ちなみに、さすがにシロナは官位が低すぎて参列できなかった。






 晴れ晴れとした式典も、終わればすぐに真面目な話。

 シルビアたちは軍人なのだ。


 ここはコズロフの執務室。

 集まっているのはいつもの、それでいて久しぶりの三元帥、イルミ、リータ、シロナ。


「ついにマコちゃん以外全員マントだね」

「私は出世に興味ないので」

「それにしても、本当に無事でよかったよ。なぁ? ミチ姉」

「えぇ」


 一応『昇進祝い』ということで集まっているし、テーブルの上もパーティー。

 宅配ピザやらサイドメニューやらポテトチップスやら酒やらコーラやら。

 いろんなものが並んでいるが。


 これらは半分、カモフラージュでもある。

 親しい集まりと称して部外者を遠ざけるための、密談の場を構築するための。

 何せ、と聞かれては困る話なのだから。


「そうか、ショーン殿下が黒幕か」


 あまりのことの重大さである。さすがのコズロフも、酒に手を出さず話を切り出す。


「はい」

「証拠は?」


 カーチャの問いは疑っているより、『有無で解決への道のりが変わる』あたりか。


「郵便船に乗せてきた男が、これを」


 シルビアが持っているのは、あの時の懐中時計。


「なるほど。その男の指紋が残っていて、かつ口封じに消されていなければ」

「どうでしょう。『どこかで接点があった』までしか証明できないのでは」

「ふむ」


 コズロフとイルミの真面目どころが眉根を寄せる一方で、


「あーあ、せっかくシーガー卿までとっ捕まえたのに。戦いは終わらないなぁ」


 バーンズワースが天井を仰ぐ。


「相手が皇族ともなれば。しっかり証拠を固め、ぐうのも出ん形で有罪と断じねばならん」

「それでも罪に問えるかどうか」

「我々軍人が立ち入れる領域かも怪しいところではあります」

「早い話、『現状どうしようもない』んだったらさぁ」


 空気が行き詰まるのを感じ取ったカーチャが、ピザを両手に一切れずつ。


「先食べようよ。チーズ固まっちまうよ」


 それをシルビアとリータに渡す。

 危機感のなさそうな言葉だが、事実ではある。


「一撃で叩けなければ、対策に他の証拠潰しをされるだけですしね。焦ると負けです」


 リータも同意し、ピザを口へ。食欲に負けただけとは思いたくないが。


「そうしましょう! 今日は私のお祝いをしてくださるんでしょう? 料理は温かいうちに、ロックアイスは溶けないうちに」


 渦中の人物であるシルビアですら。

 周囲の頭を悩ませるのも申し訳ないし、せっかく帰ってきたのだ。

 少しは気楽に再会を喜びたいのも人情である。


「……そうだな」


 その意図を汲み取ったのだろう。コズロフも缶ビールを手に取る。


「じゃあ大人はビール、未成年はコーラで!」


 カーチャがテキパキと缶や紙コップを回し、行き渡ると、


「ここはやっぱり、コズロフ閣下?」

「どうだろう。ロカンタン中将の方が喜ぶか?」

「リータ、あなた中将なのね」

「最近までおんなじ少将でしたけど、シルビアさま救出の功で。私の方が上官ですよ?」

「いいよねぇ。私元帥だから昇進しないんだよな。それはそうと、バーンズワースくんがいいんじゃない?」

「僕?」

「直前の上司だったし、ねぇ?」

「そうですね。閣下がよろしいかと」

「ミチ姉までそういうなら、まぁ。じゃあ、



 シルビア・マチルダ・バーナード少将の、方面派遣艦隊司令官昇進を祝して! 乾杯!」



 と、おっぱじめようというところで。


「む」


 コズロフのデスクの電話が鳴った。


「すまん。先に始めておいてくれ」


 彼が電話に出たので、しばし小声で歓談。


「いや、まさか最初にうちに来た時は、ここまで立派になるとは思わなかったなぁ」

「皆さまの教育の賜物ですわ」

「お、ちゃんと私もカウントしてくれてる?」

「えぇ。でも教育がよすぎましたね。今だから話しますけど。おかげでジュリさまの元でそこそこ出世して、お側に仕えるプランが崩壊しました。お怨み申し上げます」


 そんな気軽な会話をしていたその時。



「何? どういうことだ?」



 コズロフの低い声がする。

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