第47話 主人公

 そもそもゲーム世界なのだ。カーチャもリータもシロナも閣下の後ろに控えるイルミも。

 なんならヘイトを稼ぐ役のシルビアですら、みんな揃って美人である。

 それでも。


 絶世の美女たる女王が『鏡よ鏡』とした時の衝撃は、こういうものだったのだろう。

 優美な切れ長と愛嬌ある曲線を両立した目元の流れ。

 それだけで何人もが道を開けることになる。


「あなたは……」


 その顔に、梓は見覚えがある。


「あぁ、そのお声! やっぱりシルビアさまだわ! お顔が凛々しくなられて、見違えました!」


 向こうも顔馴染み、以前に会っているようだが。

 彼女にとっては

 乙女ゲーの性質上、あまり目にする機会はないが、


『このデザイン、あんまり没入させる感じじゃないわね』


 と印象に残っている。

 つまり、


 いつまで経っても返事がないので、ミントグリーンが胸に手を添える。



「クロエ・マリア・エリーザベト・シーガーです! 覚えておいでではありませんか?」



 主人公。

 人生における、とかいう安っぽい応援歌ではなく。

 このゲーム本来の。



 もちろん覚えている。覚えているからこそ。


 正気なの!? この子は!


 目の前にいるのは、彼女の人生において唯一の敵。

 卑劣な嫌がらせを繰り返した悪役令嬢である。

 その内容は他ならぬ梓自身が一体となって知っている。

 なんなら「こいつは報いを受けるのか」と、待ちきれずに調べたほど。『戦死する』と知って正直「ザマァみろ」と思ったほど。

 その相手に対して、どうしてこうも明るく友好的に振る舞おうとする?


 バーンズワースにも、である。

 確かに「妹が仕えている」とは言っていたし、何より攻略対象。結ばれるルートもある相手だが。

 それ以上に今は。


 父を失脚させ、死刑になるかどうかへ追いやっている相手なのだ。

 一応『恋愛×スペースオペラ』のゲーム。ルートによっては似たことは起こる。

 それにしたって普通、並び立って親しく談笑できようか。


「シルビアさま? 怒っておいで……でしょうね。父が起こした事件。と聞いております。そちらの、リータ・ロカンタンさまですね。あなたも」

「あ、はい」


 急に話しかけられて、リータの背筋がピンと跳ねる。

 一兵卒に落とされても元から有名人のシルビアならともかく。リータのことまで把握しているとは。

 それも軍隊のことなど知るべくもない、政治畑の娘が。

 シルビアより年下、確か設定では17、8の娘が。


 驚嘆する彼女と裏腹、クロエ嬢は少しだけ目線を逸らす。

 が、すぐにまた合わせてくる。

『逃げない』という強い意志がある。


「そのことで、どうしても。どうしても謝罪させていただきたかったのです。謝って済むことではないと言え」


 なるほど、訓練公開の陰謀はシルビアを狙った暗殺ではなく。彼女はたまたま居合わせ、巻き込まれただけ。

 そう伝わっていることも、事情も分かった。

 しかし、それを差し引いても。


 圧倒的な真っ直ぐさ。

 圧倒的な無邪気。


 人間の善性を心から信じ、体現している。

 見るもの全てに敬意と愛情、そして少しの恥じらいと引け目を抱かせるような。


「あっ、いえ」

「本当に申し訳ございませんでした。本当に、本当に……」


 90度に頭を下げる姿はまさしく誠意の塊だが。

 それだけに悪目立ち。お偉いさんたちの視線とが集まる。


「気にしないで、ください。こうして生きていますし、済んだこと……」

「そんなことはありません!」


 そんなことあろうとなかろうと、単純にやめてほしいのだが。

 クロエ嬢は熱く潤んだ瞳を向けてくる。


「危ない思いをした。身内にも裏切られた。同輩を失った。心に深い傷を負われたことでしょう。そして、たとえあなた方の心が癒えていたとしても。犠牲になった方たちの命は帰ってきません。だからせめて、代表として受け取っていただきたいのです」

「えぇ、っと」


 それを言われると、何とも言いがたい。

 何せ結構な割り合いで、あえてスルーしたシルビアのせいもあるのだから。

 リータがそっと囁く。


「受けましょう、シルビアさま。受けてさっさと終わらせるに限る」

「そ、そうね」


 というわけで、彼女の手を取り


「でしたら、お気持ち受け取らせていただきます。しかし、ここでわたくしに託されるより。本人たちの墓標やご遺族に、必要な施しをいただけたなら幸甚です」

「はい! 必ず!」


 適当に宥めておく。

 悪役令嬢のイメージがあるからか。露骨な嫌みを言わないことに周囲がどよめく。

 と、そこに



「おいおい、あまりクロエを虐めてくれるなよ」



 ダークブルーのオールバックに同色の、軍服と似ているが微妙に違う礼服。高身長(まぁ大体の男性キャラが長身なのだが)で目元が涼しい若い男。

 梓もよく知っている。



「ショーン……、お兄さま」



 ショーン・サイモン・バーナード。

 乙女ゲー攻略対象の一人にして、シルビアの兄にして、二男、第二皇子。

 彼女からすれば、特別好きでもなかったが。

 バーナード兄弟は『ゲームの顔』で他ルートにも出番が多く、とにかく印象には残る。

 ちなみに、特に何も考えずにプレイすると長男のルートに入る。


 と、彼自身のことは割りとどうでもいい。


「さぁ、クロエ。もうすぐ父上も来られる。こちらに来て、一緒にお待ちしよう」

「あ、えぇと」

「さぁ」

「……はい。ではシルビアさま! のちほどゆっくりお話ししましょう! きっとよ!」

「えぇ……、まだあるの?」


 ちょっと勘弁してほしいシルビアだが、それより。


 すぐ周りに人が集まり、姿が見えなくなるクロエ嬢。


 カーチャがそちらを見ながら、バーンズワースに小声で囁く。


「にしても、父親が大罪人だわ失脚したわ、で。あれだけ人気は健在だわ式典にも呼ばれるわ第二皇子もご執心だわ。すごいモンだねぇ」


 彼も視線を向けたまま、小さく頷く。


「彼女自身は悪くないし、元の人望もあるけど。とにかく家の代表として、方々へ頭下げて回ったらしくてね。このまえ僕のところにも来た。まぁ」


 僅かに人の隙間から覗くクロエ。

 彼女はこちらを向くと、微笑みながら手を振った。



「それだけ素晴らしい人物ってことだろうさ」



 梓は少しだけ、シルビアが彼女を虐める気持ちも分かる気がした。

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