第46話 何もなければ天国
なんか、なんか起きろ! 危険なこと以外でなんか起きろ!
私を解放しろ! 見逃せ!
シルビアの祈りも虚しく、2323年12月25日大体午前10時くらい。
「港が見えてきたねぇ」
「楽しみですね、カーチャさま!」
『
一行はすでにカピトリヌスから生える、軌道エレベータの化け物を捉えていた。
一応重力下に発着艦可能な軍施設はあるが、「景観を損ねる」と首都近郊にはないそうで。
皇帝による召喚を受けた場合には、こちらに乗り付けるらしい。
つまり、艦を降りてエレベーターが地表に着けば、もうそこは王都。
車の旅でウダウダ思い詰める暇もない。
「結構混んでる。皆さまお早いな。止めるとこあるよねぇ?」
「逆に元帥閣下の専用駐車場みたいなのはないんですか?」
「軍港と一般用が分けてあるだけだね。時間かかりそうだしキャンディ食べる?」
「いやんパーティーまえに血糖値あがっちゃう」
「うふふ」
カーチャとリータは楽しそうだが。シルビアはキャンディと聞いただけで胸焼けしそうである。
これはもう、いっそ体調不良ということにして休もうかしら。
いや、でもリータから離れたくないし、万が一彼女が
「看病に残る」
なんて言い出したらかわいそう。あんなにパーティー楽しみにしてたんだから。
いや、でも、やっぱ
「あ、バーンズワースくんも来てるな」
「どこどこドコドン!?」
「ドラム叩いてます?」
モニターへ貼り付こうとするシルビアを通信手がセーブ。
艦橋内に立ち込めるドン引き。先ほどまでの彼女とその他の空気感を逆転させる。
「あ、いや、ごめんね? 本人じゃなくてね? 乗艦があったからね?」
いつもは一番偉く部下をあごで使うが、何かあると一番苦労人になるのが元帥。
「いつもなんです。なんでもないんです」
「知ってるよぉ……」
こう言っときゃいいと思ってるのがリータである。
そういう周囲の反応を気にする能力など、今のシルビア・ザ・ハリケーンには関係ない。
進めばリータと一緒にいられるだけじゃなくて!
ジュリさまとジュテームでランデブぅな日々が待ってる!
──ファンシーなMVにありがちな、露光量高くてピンクがかった映像ををイメージください──
庭園、ボカージュの陰。
軍服のバーンズワースと、お姫さまドレスのシルビア。
『二人っきりだね』
『そうですわね、閣下』
『じゃあ、今なら誰にも見られないわけだ』
『閣下?』
『静かに。目を閉じて』
『あっ……』
抱き寄せられるシルビア。急接近する二人の唇。
翌朝。
ベッドで目覚めるシルビア。
隣では上半身裸のバーンズワースが上体を起こし、こちらを見ている。
窓から差し込む朝日。
小鳥の囀り
──続きは劇場で──
「んあああああ!!」
「で、どこ泊めるんです?」
「せっかくだし『
「バーンズワース閣下って中東系なんですか?」
「家系図たどったらカンザスシティだってよ」
「うわああぁぁ」
エレベーターを降りる最中から、宮殿内が万国旗で彩られているのは見えていたが。
いざ門前に立つと、その面構えと塀だけで圧倒される。
「ここだけで
「私も……」
「えっ?」
「あっ、いや」
前世の実家を思い出すシルビアだが、今はここがそういうことになっている。
と言っても数分、『死刑宣告』直後でろくに記憶もない。
道案内しろなんて言われたらもう……。
チラッとリータの方を見やると。
戦争で肝が据わったか、近頃見なかった目ボタン人形フェイス。
これだけ『借りてきた猫』なら、あちこち動き回ろうとはしないだろう。
「へーい、お待たせー」
受け付けを済ませたカーチャが戻ってくる。手には人数分のゲストタグ。
本来上官をパシらせるなどあってはならないが、こればかりは仕方ない。
身分証だけで入場できる彼女しか申請できないのだから。
ここまで来たら、シルビアも覚悟を決めるしかない。
隣のシロナに声をかける。
「あなたも参加したことあるの?」
「えぇ、何度か」
「よし」
「何がですか?」
いまだにポンコツ娘が無礼打ちされていないのだ。
そうカリカリしなくとも平気だろう。
「こちらです」
「ありがとう」
閣下が勝手を知っていようと、コンシェルジュが丁寧に案内してくれたのは。
やはり儀礼用と実用は違うようで。
メインホールは、シルビアに転生した始まりの場所より断然広い。
数階分はありそうな高い天井。
敷き詰められたチェリーレッドのシルク絨毯。
のどかな田園や庭園の風景画。いつの時代の誰とも分からないお姫さまや中年の人物画。観ているだけで言語野を失いそうな抽象画。
マッチョにしろ貴婦人にしろ、とにかく半裸の彫刻。
純白に金箔。流線や幾何学、植物の彫り込みと凝った意匠の壁や柱。
一般車両より大きそうな、クリスタルかガラスのシャンデリア。
正面にはお決まりの玉座。
正直、ここに来るまでの廊下ですでに、修学旅行の博物館以上。
リータなんかは失神しかかっていたというのに、さらにド迫力お腹いっぱい。
だというのに。
会場にはところ狭しとテーブルが。
そこでいまだ蓋を被せられている大量の皿やトレーは、あぁ、考えただけで贅沢な。
食べ
が、パーティー自体はまだ始まっていないらしい。賓客は大量だが皇帝待ちか。
皆ウェルカムドリンク片手に談笑している。
「どうぞ」
渡されたのは微発泡の白ワイン。この宇宙の果てにシャンパンは届くまいが。
「ありがとう。こちら二人は未成年だから、ジュースは何があるかな?」
「オレンジ、リンゴ、ブドウ、レモン、パイナップル、クランベリー、ライム……」
「カクテル用も多いな。フォー・キール・ロワイヤルとか出る?」
「かしこまりました」
さすがカーチャは手慣れている。
が、シルビアにはドリンクが何かより、ノンアルカクテルの種類より。
人の海でも取り分け目立つ、あの銀髪は!
「ジュリさまあああああ!!」
マナーがどうとか気にしていた彼女は死んだ。
周囲のドン引きを独り占めにする姿は、紛うことなき悪役令嬢。
ジャンカルラリスペクトで目標へ真っ直ぐ突撃すると、
「やぁ、また会えたね。僕の言ったとおり、シルヴァヌスを代表する将校として」
「ああああああ!!」
念願のバーンズワース
の隣に、
「あの」
「あ?」
「シルビアさまではありませんか?」
品よく愛らしい白黒ドレスに身を包んだ、ミントグリーンのボブカット。
シルビアには、いや、
梓には見覚えがある。
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