黄金牡羊座宮殿編

第45話 悪役でいいから令嬢になりたい

『クリスマス〜年始祭』


 正式名称ではなく、というか正式名称は特にないらしい。

 皇国で毎年、名前どおりの時期に開催される風物詩である。


 祭りというと、なんだか雛祭みたいに各家庭で行なうイベントだったり。

 日本の縁日やスペインのトマトみたいに、市民たちが催すものに聞こえるが。


 実際は首都、皇帝陛下住まう『黄金牡羊座宮殿』にて。

 王族貴族に政府高官、軍上層部が集まるヤな祭りである。

 その場に呼ばれる人物は当然ハイクラス。お付きの一人や二人や八部衆くらいいるもので。

 一応そういった形で一般というか、本来招待されないクラスの人もいるにはいる。


 今回シルビアがお呼ばれするのも、カーチャの一団としてだった。

『艦長になったから』とは言われたが、それだけでは個人の格として不足らしい。


 まぁそれでも会場には入れるし。

 うまい酒食にはあり付けるし。

 お一つ何百万円みたいなバイオリンやらの演奏も聞けるし。

 ネリオーで入ったものに負けない風呂も楽しめるし。

 艦長室がネカフェに見える宿舎で、高級寝具とバスローブを堪能できるし。


 特に問題なく楽しみ

 なはずなのだが。






 皇国本星カピトリヌスへ向かう途上。戦艦『私を昂らせてレミーマーチン』。

 まだ新しい乗艦が完成していないシルビアは、そこに乗せてもらっていた。

 が、


「食欲ありませんか?」

「あっ、いえ……」


 時計は13時12分。あまり手を付けられていないジャガイモのガレットクイニーパターテ

 彼女は食堂で吐きそうになっていた。食べ過ぎではない。


「そんな何日もまえから、お腹空かせとくもんじゃないと思いますけど」


 食べ盛りのウルトラマリンブルーが、黄金色の円盤を見つめる。


 シルビアの胸に詰まって食道を圧迫するもの。

 それは、


「もしかして本当に、食べ控えするレベルだったりします?」

「あ、そ、そうね」


 リータのこの眼差しである。






 先日、アイカワたちと別れたあと。

 元帥執務室にて。改めてカーチャに同行を命じられた二人だったのだが。

 バーンズワースに会えると有頂天な彼女の横で、少女はこんなことを言い出した。


「私みたいな田舎の小娘が行って、大丈夫なのかな」


 それを聞いたシルビアが、


「大丈夫よ! だってかわいいから!」


 と、理屈はともかく励ますのは、まぁ想像にかたくないだろう。

 ただ、彼女自身は



「そうですよね! シルビアさまは毎年参加なさってますもんね! 真似してれば大丈夫ですよね!」



「えっ」


 ダイナマイト・カウンターが来るとは、想像していなかったようである。

 長期休暇まえ最後の追い込み書類に入ったカーチャも笑う。


「何せ皇女さまだかんね。超一流ってもんさ」

「助かったぁ」


 助かってない。全然助かってない。

 それは『シルビア』であって『梓』ではない。ガワと違って、中身は何も知らない。

 格式高いパーティーどころか、普段の言動だって。

 軍社会だから気にされないだけで、皇女の振る舞いとしてセーフかは不明。というか絶対にアウト。

 あらあらあなたは葉巻を喫されるのねそれでは私はリータの髪を、は許されない。


「あ、そ、その、あ」


 これはマズい! 恥はかきたくない! やらかしたら出世に響くかもしれない!

 何よりリータに幻滅されたくない!






 ──フィルムがセピアのフランス映画をイメージください──



 冬のマロニエ並木。

 チェスターコートに中折れ帽のシルビア。

 インバネスコートにベレー帽のリータ。

 北風の中、向かい合う二人。


『なぁんだ。皇女だなんだってエラそうに言うけど、あんたただのエセだったんだぁ』

『違うの! リータ! 誤解なの!』

『私のこと騙してたんだ。サイテー。ばいばい』

『待って! リータ! リータあああああ!!』


 立ち去るリータ。

 石畳に膝をついて手を伸ばすシルビア。



 ──Fin──






「いやああああ!!??」

「シルビアさま!?」

「まーたバーナードちゃんの発作か。マコちゃん医者呼んでこい」


 そうなったらもう終わりである。

 古いドキュメンタリー見つけてきて、テレビに顔面ダイブ現代再転生を試みるしかない。


 そうならないためにも、なんとかを回避しなければならない。


「かっかっかっか閣下

「それ私のこと?」


 震えている場合ではない。『半眼のカーチャ』になられている場合ではない。

 なんとかパーティー参加取り止め、もしくは留守番役を勝ち取らなければならない。


「その、クリスマスから年始となりますと、結構な日数になります。おそれながら、元帥閣下が長らくのご不在となるのはいかがでしょう。『地球圏同盟』が攻めてき」

「あれ? 軍人なのに『休戦期間協定』知らない?」

「へっ?」


 思わず間抜けな声を出すと。

 閣下どころかリータ、なんならあのシロナにまで変な目を向けられる。


 やめてリータ! そんな目で私を見ないで!


 またフランス映画が頭をよぎるシルビア。


 そういえば生前のプレイ中も、そんな話があった気がする。

 ちょっと無茶じゃないかと思いもしたが、まぁ恋愛ゲームだし。

 バーンズワースなど軍人をルートに出すためのご都合、と受け取った覚えがある。


 記憶を掘り返しているうちに、本当に知らないと思われたらしい。

 カーチャが優しく教える流れに持っていく。


「ま、戦争終わんないからお互い冬休みもうけたのは周知の事実として。『相手が約束破ったらどうすんだ!』ってのはあるよね」

「軍学校入るまえから不安だったんですよね」


 なんかの教材ビデオみたいに、リータもうんうん頷き相槌を打つ。

 すると今度は閣下が人差し指を立てる。

 シロナはいないものとする。


「だからお互い、その意思がないポーズとして。兵卒の中には『サボってズルいや!』って思ってる人もいそうだけど! 私たち司令官や向こうの提督は、任務として前線を離れているんだね」

「へー!」


 分かりやす〜いとか拍手している場合ではない。

 となればプランB。居残り作戦である。


「でしたら閣下。私がその留守を立派に」

「そっか。じゃあロカンタンちゃんだけ」

「私も行きます」






 結果、現在に至る。

 シルビア・ドナドナ・ドーナードである。


「確かにね、すごい量のご馳走がね、並ぶわね。太ってしまうから、リータこれ食べちゃっていいわよ」

「そんなの言われたら、私だって嫌ですよ」

「いや、お願いだからあなたは栄養摂って」


 貧弱リータの口にポテトを突っ込みつつ。

 彼女は脳内でひたすら、調べたマナーを反芻はんすうし続けた。



 礼節など、どうでもよくなるようなことが待っているとも知らずに。

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