第129話 『勝つ』

 殿下ご一行に部屋を宛てがったあと。

 艦長室は二人だけ。シルビアは椅子に座り、リータは壁際。


「しっかし、エラいことんなったわねぇ」

「はい」


 少女はコーヒーを淹れながら、背中で返事する。


「どうりで急に、連合艦隊の解散命令を出したわけです」

「最初はを起こすのに禁軍艦隊が邪魔だったけど。済めば今度は膝下しっかの艦隊が必要になる、ってことね」


 シルビアの頭に一瞬トラウトが浮かぶが。

 最近覚えたが、近衛兵と禁衛軍は一応違うらしい。

 ボディガードと首都防衛軍みたいな感じとか。

 いまだに少し混乱する。


 と、意識が逸れそうな彼女を、リータの声が引き戻す。


「それ以外にも。ルーキーナには軍の指揮官クラスが結集しています。そこに殿下らが向かっているということは」

「さっきの話を聞かれたら。殿下側に付かれたら困るってことね」

「はい。『自身が正当な皇帝であれば、そんな心配は必要ない』『そもそも証拠がない殿下より、即位会見までした陛下の方を信じるに決まっている』。そんな当然のことも気付かないほど、やましい自覚があるということですね」


 その言葉に、シルビアは安心したように鼻から息を抜く。

 疑っていたわけではないが、


「つまりは、私たちの個人的な事情は抜きにしても。ショーンが皇位簒奪のクーデターを起こした。あの子たちは本当にやってない。客観的にも、その線で確定でしょうね」

「ですね」


 会話が一呼吸置くと、サイフォンとコーヒーが主張する。

 匂いは心を落ち着かせるが、水の煮える音がざわつかせる。


「ねぇ、リータ」

「はぁい?」


 少女は振り返らず、マグカップや付け合わせを準備する。

 正直真面目に聞く態度ではないが。

 それでもシルビアは心のうちを投げかけてみる。


「この戦い、どう思う?」

「というのは?」


「勝てると思う?」


 その問いに、リータは一瞬だけ手を止めたが、


「私が『無理だ』と言ったら、シルビアさまは皇帝陛下に膝を折りますか?」

「それは」

「責める意図もありませんよ」


 すぐにトレーへ砂糖やミルクを載せる動きが再開される。


「単純に、シルビアさまが『生き残るためにここは一度争いを避ける』とおっしゃるなら」


 そのまま言葉と同じように澱みなく、コーヒーをシルビアのところへ持ってくる。


「私はあなたに運命を重ねた、同じ道をたどる者。その判断が正解となるように力を尽くすのみです」


 カップを差し出しざま、彼女は力強く微笑んだ。


「それと同じように。シルビアさまが『私は憎き皇帝を討つ。勝て』とお命じなさるなら」


 その燃えるウルトラマリンブルーに、


 あぁ、やっぱり少し、大人になっちゃって。


 シルビアは以前に感じた寂しさや不安とは違う、純粋な頼もしさと感慨を受け取った。



「ただ、勝ちます。『勝てるか』など、いらないことを問わないでください」



「……そうね」


 コーヒーを飲むまえから、全身が熱くなるのを感じる。

 彼女に全てを賭ける少女がいるのだ。本人が迷っている場合ではない。


 賭けるに相応しい大船、偉大なる道程でなければならない。


 シルビアは椅子から立ち上がり、リータを真っ直ぐ見据える。


「勝つわよ」

「はい」

「悪いけど、ケイやクロエたちのためじゃない」

「Yes, sir」

「なんなら、憎きショーン・サイモン・バーナードを討つためですらないわ」

はいYes我が主my ruler



「これはチャンスよ! 全ての障害を叩き潰したその先! 私がこの国の頂点! 簒奪者を打ち倒した英雄! 新たなる皇帝として君臨するための!!」

はいYes! 我がMy偉大なる王Arthur!!」



 この世界に来て以来、常に大きな動乱がシルビアを襲ってくる。

 が、常にその逆境を乗り越え、

 いや、


 荒波を有利に乗りこなしてきた事実がある。


 シルビアがリータに「勝つ」と宣言するように、

 またも運命が彼女に「勝て」と言う。






 2324年4月8日、14時まえ。

港町の眺めボルチモアビュー』の艦長席にシルビアは座っている。

 左右にはケイとノーマン。後ろにはクロエやリータ、シルビアたちの母などもいる。


「60秒切りました!」


 正面に置かれたパソコンの向こう、カンペを掲げたトラウトが叫ぶ。

 さらにその向こうでは、リータの副官がイヤホンをしながら端末を見つめている。


「各局も特番を放送中です」


 さらには通信手がヘッドホンを抑える。


「フォルトゥーナ基地とも通信良好! いけます!」


「よし」


 シルビアは静かに一つ、深呼吸を入れる。


 どう見ても、ただ集合写真を撮ろうということはなさそうな集まり。



 時刻が14時になった時。

 この様子が皇国中に放送される。



 先日シルビアが言っていた、フォルトゥーナ基地との連絡。

 あれは可能な限り、各メディアにアナウンスを依頼したものだった。


 内容は『今回のクーデター事件に関して、軍部高官が真実をお話しする』というもの。


 これに食らい付かない報道機関はない。

 皇国のありとあらゆるマスコミが、フォルトゥーナ支局を通じて。

 これから基地へ艦隊固有の回線で届く政見放送を中継するのである。


「10! 9! 8!」


 トラウトのカウントダウンは、5秒まえで無言。声が入らないように指折りでこちらに示してくる。

 シルビアはスッと背筋を伸ばした。

 この放送は非常に重要である。失敗はできない。


 うまくいくかどうかで、どれだけ味方を引き込めるかが変わる。

 こんな昨日の今日にも近いペースで演説をするのもそう。

 遅れれば遅れるだけ、皇帝側の地盤が固まってしまうから。

 今ならまだ、理解が追い付いていない層に対してチャンスが生まれる。


 何より。


 左右に控えた両殿下。


 この二人を抱えて、自らが政見放送をするという事実こそ。



『私が悪逆皇帝を打ち倒し、この世に秩序をもたらさん』と、



 シルビア・マチルダ・バーナードの、新たなる皇帝への名乗りになるのだから。






「全皇国臣民の皆さま、こんにちは。私はシルビア・マチルダ・バーナードです」

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