第49話 凍えるSOS(庭)
「……」
「……」
「……」
シルビアは今、
「……」
圧迫面接(?)を受けている。
皇国三元帥から。
正午に始まったパーティーは夕方ごろに終わった。
といっても冬。会場を出ると、あたりはすっかり暗かった。
シルビアとクロエが責任持ってリータを介抱、二次会へ移動すると。
「ほら、ここだよ」
「わぁ……」
きれいな庭。広い庭。素晴らしい庭。
なんて素敵なビアガーデンなんでしょう! といった感じ。
「この冬の夜に?」
「そうだよ?」
バーンズワースのリアクション的に、どうやらお決まりのことらしい。
答える息が、薄暗い中に白く溶け込んでいく。
そんななら慣れてる場合じゃないと思う。
「いい箱は貴族や政治家が押さえちゃうからね」
「寒いぃ」
か細い声のシロナ。カーチャが世知辛いことを言いながら、横っ腹を素早く擦ってやる。たぶんシワになるだけで、ロクな摩擦熱は得られないと思う。
というかシロナは何度か来ているのだから、防寒対策できたのでは。
「ですって。クロエさんも暖かい方行ったら?」
「い、いえ……、ご一緒に……」
かわいそうに、両肩を抱き寄せ歯をガタガタ言わせている。
シルビアたちは軍服だからまだいい。
が、彼女は社交界の花。煌びやかなドレス。
屋外を想定していないのもあって、肩も鎖骨肩甲骨周りもざっくり出ている。
「そんな痩せ我慢しないの」
「いいい嫌です。そうだ、小さい子は体温高いから! リータちゃん、ぎゅ〜!」
「ダメよ!!」
百合のあいだに挟まるシルビア。
心の狭いことで令嬢を震えさせていると、
「じゃあ、仕方ないな」
バーンズワースはおもむろに一歩前へ出ると、
「こんなものでよろしければ」
「あっ……」
自らのマントをクロエの肩にかける。
「ぬわあああぁぁ!!??」
「閣下!?」
「温かい……♡」
「ささ、マコちゃんとロカンタンちゃんはあっちで座ってようか」
イルミまで沸騰すると、もうカーチャしか場を纏められる人がいない。
が、彼女はイルミみたいに収拾つけるタイプではない。
「いつもなんです」係まで避難させたので、無法地帯が取り残される。
「何をなさっているのですか!」
「何って、寒そうだったから」
「いぃやああぁぁ!!」
「閣下は男です! 女性、それもご令嬢に自身のお召し物を着させるなど! しかも! すっ! 素肌に! いけません!」
「のおおぉぉ!!」
「わっ、私は別に構いませんよ?」
「そういう問題ではありません! 背丈も違うのですから、裾が地面を擦って、ほーら! 汚れる! シーガーさん! 今すぐ脱ぎなさい!」
「そうよ! こっちに寄越しなさい!!」
「嫌ですぅぅぅ! 引っ張らないでぇ!!」
「ちょっと、僕のマント破れる」
「ジュリアスは黙っていろ!」
「えぇ、ミチ姉怖ぁ……」
「風邪引いてしまいます! 取らないで!」
「私のマントを貸して差し上げます!」
「ミチ姉も背ぇ高いんだから、どのみち引きずるくない?」
「軍としては元帥のが汚れる方が問題だ!」
「でもそれじゃ、ミチ姉寒いでしょ」
「じゃ、じゃあ、私がおまえのマントを……」
「さては最初からそれが目的ね!?」
「クールぶってムッツリスケベ!」
「シーガーさん!?」
「あ、ジュリアスさまの匂い……」
「とぼけないでいただきたい!」
「嗅いでんじゃないわよ!!」
この終わる気配もない地獄。
夜通し続くかと思われたその時。
カーチャが「あいつら寒くなくてよさそうだなー」と思ったその時。
リータが「どうせもうお腹入らないし帰りたいな」と思ったその時。
「
思わず振り返ると、そこには
「壁?」
「誰が壁か」
黒い軍服の、壁、もとい、胸板、というか岩壁。
と、
「おー! コズロフ閣下! こっちこっち!」
「すまん、遅れた。『トップ重工』の連中に捕まってな」
手を振るカーチャに応えて、壁が動く。
それで我に返ったか、イルミがビシッと敬礼をする。
「こっ、これは失礼いたしました!」
「催事とはいえ、不覚をとるほど飲むものではないぞ」
「はっ!」
イルミがこれだけ、身内のバーンズワースより背筋を伸ばす相手と言われれば。
そんな相手、限られてくるわよね。
シルビアがのんきに思考していると、
「バーナード大佐! 何をぼーっとしている! 敬礼!」
「あっ、はい!」
イルミより叱責が飛ぶ。
対する岩壁。身長は180、いや、190はあり筋骨隆々。相変わらずカラビニエリ風だが、バーンズワースが赤、カーチャが銀の部分が金の軍服。枯れ草色のベリーショート。
若くはあるが、他二人の元帥よりは明確に年上か。そこに険の強い顔立ちが、やたら貫禄を増幅させる。
それらのイメージ全てに合致する、バリトンの声。
「そうか、シルビア殿下か。よく見た顔でも、軍服だと見違える……いや。軍役で顔が変わったのだな。大人になった」
いや、人間の中身そのものが変わったんです、とは言えない。
「はっ! シルヴァヌス方面派遣艦隊大佐、シルビア・マチルダ・バーナードです! 光栄であります!」
「うむ。ケリュケイオン方面派遣艦隊元帥、イワン・ヴァシリ・コズロフである。あのカーテシーから高慢だった娘が、見事な敬礼をするようになったものだ」
「うぐっ!」
梓自身の所業ではないといえ、こう言われるとグサッと来る。
一方、手を挙げれば二人、殴れば追加で三人死にそうなコズロフ。リンゴどころかパイナップルまで握り潰しそうな手をあごに添える。
「にしても。本当にこの小娘が
え、何!? ご不満なの!?
圧を感じるシルビア。
対する元帥閣下は、元来なのか鉄面皮。今ひとつ読めないまま、
「あのバーンズワースとセナも大切に扱うほどとは。興味深いものではある」
カーチャが手を振る席をあごで指す。
「話を聞かせてもらいたいものだな」
「はっ、はい……!」
彼女は一瞬、助けを求めるようにリータを探したが、
「リータちゃんも!? 私も好きなんです! グレゴリー・ペック!」
「『ローマの休日』です?」
「ちょっとマイナーかもですけど、『子鹿物語』」
「一緒〜っ!!」
「きゃ〜っ!!」
クロエに膝枕で寝取られていた。
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