第50話 やっぱりお風呂は生き返るわぁ

「あぁ〜、疲れた……」


 シルビアは湯に肩どころか首まで浸かり、天井に向かって今日一日を吐き出した。


 言葉が湯けむりに紛れて消えていくここは、『黄金牡羊座宮殿』大浴場。

 プールと見紛う広い湯船も、普段は皇族専用というデッドスペースぶりだが。

 この期間だけは賓客にも振る舞われるらしい。天然温泉ではないが、さまざまな香料やオイルを感じる。とってもラグジュアリー。


 入浴そのものとハーブか何かのリラックス効果で、屋外の寒さと緊張が溶けていく。






 結局先ほどの星空圧迫面接はというと。

 暴言やら人格批判やらをされたわけではない。

 むしろ、


「先の同盟艦隊との決戦。あれで卿は、味方の窮地をひっくり返してみせたわけだが」

「それほどでもありません」

「あの戦い、『灰色狐グレイフェネック』は早い段階から左翼へ展開したとログに残っている。戦いの中での動きには、戦局に応じてある程度艦長の裁量があるとは言え。陣形ドクトリンのセナ麾下にしては大胆な動きだ。最初からこの展開を予測していたのかね?」

「いえ、正面衝突と本艦のスペックを勘案しまして……」


 シルビア的には割と答えられたつもりだが、


「という判断です」

「……」

「コズロフ閣下?」

「……」


 彼は無言。

 他にも、


「そういえば、あのロカンタン、中佐になったのだったか。卿は赴任する艦に副官がいようと、彼女が常にそばにいるよう配慮されているな」

「はい、閣下」

「付き人的なものか?」

「いっ、いえ! その」

「なんだ」

「その、我々は分業制と言いますか、共生? 二人で一人? 相互補完? とっ、とにかく! お褒めいただいた戦果をあげるには、欠かせないことでありまして!」


 今のはで、なかなかマズい感じな気が……


 という答弁にも、


「……」

「コズロフ閣下?」

「……」


 沈黙元帥。彼はシルビアに何も言ってはくれない。

 ちなみに他元帥二人も何も言わない。もはやいる意味がない。

 彼女から見て左。マントがないバーンズワースに関しては、寒そうにバーボン舐めるなら帰った方がいい。

 右。スペアリブを貪るカーチャは、おそらくさっきのパーティで食いっぱぐれている。

 暇がなかったか、シロナの回想にあったホームパーティーをかんがみるに。存外内向的なのかもしれない。


 が、真正面のコズロフ。

 彼がハシビロコウのように動かず飲食をしないので、シルビアも体を温められない。

 なんなら彼の後ろに立っている、量産型コズロフみたいな副官も動かない。


 こうして彼女はお開きになるまで、肝と体を冷やしたのであった。


 ちなみに満腹とか言っていたリータは、クロエやシロナとチョコパフェ食べていた。






「これ、毎日続くの?」


 思わず呟いたシルビア。慌てて左右を確認すると、イルミとばっちり目が合う。

 が、彼女は


「ご苦労だったな。閣下たちも31日までは、有志の野良パーティーに招かれて忙しい。ゆっくり休め」


 どうやら


『毎年参加しているはずの彼女が、まったく日程を把握していない』


 ではなく、


『今日みたいな圧迫面接に連日呼び出されるのかと憂いている』


 と判断してくれたらしい。

 彼女は悩ましげに両目のあいだを抑える。


「いや、コズロフ閣下はな。悪気はないんだ。悪いようにも思っていない。ただ、問題ない時にいちいち相槌を打たないだけなんだ」

「あぁ、いますね。そういう人」

「ちなみに後の二人は多少悪気がある」

「えぇ……」


 イルミはシルビアの分まで緊張を発散するよう、伸びをする。

 パチャリと静かに手が水面を叩く音ともに発生する波紋。それが寄り添ってくるように肌へ届く。


「私も昔やられたよ。まぁ、この場に呼ばれるようになった者の通過儀礼みたいなものだ」

「昔、ですか」

「な! そんな何年もまえではないからな!? そりゃ貴様らより年上だが、私だってまだ20代……!」

「なんの話ですか」


 なんか急に慌て出すイルミ。確かにクールで模範的な軍人に見えて、結構人間味があるのは知っている。


 人間味。

 カーチャの話の時は、ともに過ごした時間があるので気にならなかったが。

 本来梓以外はみんな、ゲーム世界の存在。しかもゲームクリエイターがキャラとして産んだわけではない者も多い。

 それでもみんな、過去があって人間味があるのだ。

 少し不思議な気持ちになる。


「どうした、急に黙って」

「いえ、少将にも昔がおありなのだと思いまして」

「当たりまえだ。少将で生まれたら苦労しない」


 少し違う伝わり方をしたらしい。そうでないと困るが。

 シルビアがなんとも言えない気持ち。自分以外が異質であるような孤独感と、みんな自分とたいして変わらないような一体感。

 そんなハイブリッドに包まれていると、


「そうですよ! 『昔』ですよ!」


 急にクロエが割り込んでくる。

 何故だか興奮気味か。


「な、何がだ」


 イルミが湯船の縁で引くに引けないでいると、彼女はもう一歩踏み込んでくる。


「イルミさまはジュリアス閣下がお好きでいらっしゃいますよね!?」

「はぁ!?」


 少将といえど不意打ちは効く。ビクリと跳ねて飛沫をあげる。


「なっなな、何を!」

「誤魔化しても無駄です! 見れば分かります!」


 クロエは急に、近くでぼーっとしていたリータの手を取る。そのまま照明に向かって、バレエか何かのように掲げる。


「しかも! 普段は『閣下』とわきまえたように一歩引いておきながら! 時折見せるファストネーム『ジュリアス』呼び! タメ口! しかもそれを当然のように受け入れているジュリアス閣下!」


 ややトリップしていた瞳がイルミへ戻される。貫くような鋭さ。


「二人の今まで、詳しく聞かせてもらいましょうか」

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