第51話 恋バナですよウッキャア♡
「いやいやいや! そんな特別なものは何もないぞ!?」
「またまたそんなぁ」
湯船の縁で、クロエはイルミに壁ドンせんばかり。
ここまでこだわるのは、ただの恋バナ好きというレベルではないだろう。
元々のゲームゆえか、多少バーンズワースに気があるらしいお嬢さま。少しでもライバルの情報がほしいのだろう。
一方シルビアはというと、
「あまり少将閣下を困らせるものではないわよ」
あまり濃いエピソードを披露されてもダメージを負う。話がそちらへ行かないよう誘導する。
「そうですか。じゃあリータちゃん、向こうで背中流し合いっこしましょうか」
「少将閣下。今すぐ話してください。話しなさい」
「貴様……!」
目にも止まらぬ素速い寝返り。これが電撃戦である(適当)。
相手の侵攻が速いなら、自身も対応は迅速でなければならない。
「付き合いきれんな!」
イルミが湯船から出て戦線離脱を図ったその時。
「おっと」
ガシッとその両肩を抑えた者がいる。
「セっ、セナ閣下!?」
「逃がさんよミチ姉」
体格はイルミの方が
「ミチ姉は言わないでください!」
「そう呼んでいいのはバーンズワースくんだけ?」
「違っ、そういうわけでは!」
そのまま彼女はなす術なく、ズブズブと湯船に沈められていく。
「何故です閣下! 何故このような仕打ちを!?」
「あぁ〜? そりゃ私は悪気がある人間だからだなぁ〜?」
「んなっ!?」
口は災いの元。要らぬ敵を作ったイルミは完全包囲され、ついに詰め腹切ることになった。
「本当に、たいした話ではないからな」
「いいから早く!」
「ワクワク!」
「マコちゃんもおいで」
「わーい!」
「ギャラリーを増やすな! まったく。ゔゔん!」
彼女は小さく咳払いをすると。
いつもの凛とした態度には似合わないボソボソ声で、少しずつ語りはじめた。
「私と閣下は、士官学校の同期なんだ」
ちなみにリータは一人でシャワーを浴びている。
彼女はこれでも14才、近頃の小学生みたいなかわいがられ方にはご不満。
「味方艦隊300対敵艦隊600。周辺に小惑星ベルト、超重力惑星、宇宙渦等、艦隊の展開を阻害するものはないとする」
「教官殿! 敵、味方艦隊の編成はいかになっているのでありましょう!」
「うむ。双方とも重装艦と軽量艦で2対1の割り合いとする」
教官がスクリーンをレーザーポインターで指す。映っているのは、先ほどの状況が再現されたマップ。
ここは皇国宇宙軍士官学校プル・ガーデンキャンパス。
イルミが二十歳の頃だったので、5年以上まえか。正確な年数は軍事機密である(大嘘)。
入校して1、2年(正確な以下略)目の、晩夏あたりだったと思う。
「ではこの場合、どのような陣形・戦術が有効であるか……」
狭い教室ではないが、50人弱を収容するには少しキャパシティ不足。
体格のいい生徒が多いのも相まって、みっちり詰まった室内。ピーク時よりはマシとは言え、まだ残暑。冷房は欠かせない。
彼の目が止まったのは
「ミッチェル候補生。答えてみろ」
「はっ!」
背筋よく起立するイルミ。実はある程度、当てられるのは予想がついていた。
何せ彼女は成績が中の中。
『とりあえず』『普通サンプル』的に指名されることが多いのだ。
全員の視線が集まるが、そこに『何が起きるか』という期待はないのを感じる。
そりゃそうだよな。私が逆の立場でも、あまり聞く価値はないと思うよ。
何せ……
自嘲に時間を取られても仕方ない。
せめて評価を下げないためにも、イルミは素早い解答を心がける。
「敵軍は数で勝るため、包囲殲滅戦を選択するものと思われます。よって想定される陣形はV字、鶴翼。なのでこちらは機動力のある軽量艦を先頭に、魚鱗もしくは鋒矢の陣形。中央突破を試みます」
言い終わるや否や。教官は内容を吟味することもなく、軽く頷く。
スクリーンのマップにも動きはない。連携したタブレットでシミュレーションする価値もない、というように。
「うむ。教科書どおりだな。着席してよろしい」
「はっ」
「ではオリバー候補生」
「はっ」
「……」
教科書どおり。それが彼女の受ける評価。
だから成績は中の中。
フィジカル的には中の下(むしろ男性とも比べられることを考えれば、がんばっている方)。
事務処理や数字には強い(優秀な兵士や特別な奨学生として選抜されたとは思えない脳筋もいる。あまり自慢にはならない)。
そこで艦隊の士官として最も重要な、指揮能力が教科書どおり。
だから中の中。
彼女が悶々としていると。
チャイムの音で現実に引き戻される。
「お、時間だな。よし、本日の講義はここまで。講義中に当てられた者以外は、来週までにレポートを提出すること」
教官の言葉に、座学の嫌いな学生諸氏が解放的な伸びをする。
そのうえイルミはレポートも免除である。
が、彼女の心は晴れなかった。
情報将校などの特殊なコースに属していないイルミは、このあと自由時間となっている。
彼女は図書館へ向かうことにした。
が、その途中、校長室の前。
張り出された成績順位表。
相変わらずど真ん中にある『Irmi Mitchell』の文字。
思わず足が止まる。
図書館なんか行ったって、教本なんか読んだって!
どうせ何も変わりゃしないじゃないか!
言っても中の中だろう? そこまで悲観することもないんじゃないのか?
そう思われるかもしれない。
しかしイルミはそう思っていない、
悲観することはない、ではなく。
中の中だと思っていない。
何せ教科書どおりというのは、教科書があれば誰でも代替できるスキルだからである。
講義中に指名されることが多いのもそう。
あとで課題レポートを出す学生が、パクるまでもなく思いつくことしか言わないから。
せいぜい彼らにはページをめくる手間で。AIにはお伺いの文章を入力する手間で勝てる程度の話。
もちろん土壇場では重要だろうが。
こいつみたいに、なってみたいものだ。
彼女は順位表の、一番上に視線を向ける。
そこには、毎度主席を占める、
『Julius Barnesworth』の文字。
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