第171話 意外な欠点

我が友よ戦士たちよウォリアーズジョイナス』は『悲しみなき世界ノンスピール』に対し正面、上方60度の位置から突っ込んでくる。

 お互いがすでに射程内。


「ここで確実に仕留めるわよ!」


 シルビアの号令が早いか否か。

我が友よ戦士たちよウォリアーズジョイナス』『故郷の丘ウッズヒルズ』『炸裂弾頭ブラストバレット』がほぼ同時に砲撃。

 いつもの開幕斉射には遠く及ばないが、それでも眩しい光が交差する。

 が、


 たった一隻の砲撃ごとき!


 反射的に身構えつつも、アンチ粒子フィールドに信頼を置くシルビアだが。


「うぐっ、ううぅぅ!」


 予想に反して、強い揺れが艦を襲う。


 被弾するはずはない。

 バリアは完璧であり、相手の砲撃に突き破るような出力があったようにも見えない。

 何より、彼女の目は捉えていた。

 それを裏付けるように、


「『炸裂弾頭ブラストバレット』轟沈!」


 どこかからカークランドの叫ぶような報告が飛んでくる。


「先に僚艦の方を狙ってくるとはね!」


 シルビアの勘違いではなかった。

 意外にも砲撃の軌道は『悲しみなき世界ノンスピール』ではなく、その右斜め上へ伸びていた。

 先ほどの衝撃は、味方が撒き散らしたエネルギーと破片によるものだろう。


「手足から気!? 冷静じゃない! でも!」


 モニターに映る『我が友よ戦士たちよウォリアーズジョイナス』。

 あちらも黒煙を吐いている。

 高速で移動する物体へ行進間射撃という、非常に命中制度の落ちる条件。

 それでも被弾は避けられなかったのだろう。


『もう少し僚艦がいれば』『同じ条件で一隻刈り取った敵の練度の差よ』と思わなくもないが。


「こちとら最新鋭よ! 従来の艦じゃ、さすがに手詰まりでしょう!」


 しかも少し、相手のスピードが落ちている。

 着実にダメージが入っているのだ。

故郷の丘ウッズヒルズ』が第二射第三射と重ねるうちに仕留められるだろう。


 青写真を描いた束の間、左舷後方から衝撃が伝わってくる。


「くっ!? コズロフ、じゃないわね!?」

「『故郷の丘ウッズヒルズ』轟沈! 『主の庭は満ちたりヘヴンフィル』です!」


 シルビアがモニターへ目を向けると、その端に大きな鐘を備えた独特のシルエットが。


「アンヌ=マリー! 助太刀ってわけね!」


 予想外に僚艦、攻撃手段を失ってしまったが問題ない。

 こちらは艦隊である。倫理観を問われる言い方になってしまうが、また呼んでくればいい。

 そのあいだに砲撃を受けはするだろうが、相手は一隻か二隻。

 この乱戦具合で急に集中砲火が飛んでくることもない。

 じゅうぶん耐え凌げる。


「アンチ粒子フィールドはまだまだいけるわね!?」


 シルビアが機関部メーターの観測手に吠えると、威勢のいい声が返ってくる。


「はっ! モーター閣下、微熱7度2分! 出社可能な範囲です!」

「よろしい! 准将!」

「はっ!」


 カークランドは察しがいい男。

 すでにレーダー観測手の横から通信手の方へ移動している最中。


「少し時間がかかってもいいわ! 今度は5、6隻呼んできて、確実にコズロフを沈めるわよ!」

「了解!」


 レーダーにいたのも、近くの味方艦を探っていたのだろう。

 彼はスムーズに観測手へ耳打ちをする。


「悪いけどコズロフ閣下。『戦争は変わった』と。『戦い方や装備を抜本的に見直さなければならない』と! その身をもって、同盟に知らしめてもらいましょうか!」


 デスクへ前のめりになるシルビア。

 モニターの中でどんどん存在感を増す敵艦を睨み、


「もっとも、戦争が終われば! その教訓が活かされることはないでしょうけど!!」


 興奮に震える拳を口の前で強く握る。

 その瞬間。


 余談だが、手を握ると脳が刺激を受けるらしい。

 それによって彼女の脳も活性化したのだろうか。


 シルビアの脳裏に、一つの違和感が浮かぶ。



 変ね。

 なんか変ね。


 何が変?


 あ、そうだわ。


 第二射が来ないのよ。


 ダメージにならないし、こっちは第二射が撃てないしで忘れてたけど。


 変ね。

 コズロフ閣下らしくないわ。

 そんなにインターバル長い旧式艦なのかしら?


 いえ、そんなんじゃあんなスピード出ないし。


 じゃあ何? 攻撃する気もないのにこっちへ突っ込んできてるの?

 それとも心折れた?

 どうでもよくなった?


 どうでもよく。どうでもよく?

 どうでもよくなると……



「まさか!?」






 一方、『我が友よ戦士たちよウォリアーズジョイナス』艦橋内。



「やはり撃ってこなかったなぁ!!」



 仁王立ちの似合う男、コズロフ。

 相変わらず組む片腕はないが。デスクを離れ、艦橋最上段の最前線まで乗り出す姿。

 誰もが馴染みのある彼の勇姿が溢れている。


 視界の中心に『悲しみなき世界ノンスピール』を捉えた彼の脳裏に、先日の作戦会議が蘇る。











「一見無敵に見える『悲しみなき世界ノンスピール』の防御機構ですが。これには致命的な弱点があります」


 暗い会議室、アンヌ=マリーは指示棒で優しくスクリーンを叩く。

 あまりにも鮮烈な一言に、満座がざわつく。


「こちらは周囲に粒子砲を無力化するフィールドを発生させるものでしたね、提督」

「そう聞いている」


 コズロフが頷くと、彼女も確信を得たように頷く。


「これによって砲撃を完全無効化しているわけですが」


 アンヌ=マリーがタブレットを操作すると、スクリーンの映像も切り替わる。

 先の皇国内戦。コズロフが敗れた戦場で、エネルギーの雨に耐える

悲しみなき世界ノンスピール』の姿。

 彼女はその映像を指示棒で、今度は少し強く叩く。

 パンッとスクリーンが音を立てる。


「それは逆もしかり」


「なるほどな……」


 他の指揮官たちも、言わんとすることを理解したらしい。

 しばし映像を食い入るように見つめていたが、



「撃たん、な」

「そういうわけね」



 いつまで経っても、『悲しみなき世界ノンスピール』自身からの反撃はない。

 そのまま映像は進み、最終的には『王よ、あなたを愛するアイラブユーアーサー』が決着をつけた。

 導き出される答えを、コズロフが総括する。


「つまり、自身の砲撃もフィールドに邪魔される、と」

「はい」


 アンヌ=マリーは指示棒をたたみつつ頷く。


「敵艦は防御に入ると決定力を持たないのです。代わりに矛となる存在を必要とする。ゆえに、敵将バーナードの得意な首狩り戦法に対峙した場合」


 スクリーンの映像は、ちょっとしたゲームのようなシミュレーション。

悲しみなき世界ノンスピール』と思われる艦の僚艦がピコピコ爆散。


「手足さえしまえば、もうなりません」

「そのための引き込み戦術か」

「はい。突出させればその分、ついてくる手足も減ります」


 コズロフも感嘆のため息一つ。背もたれに身を預けるが、


「しかしそれは、『こちらが討たれん』というだけの話だ。平和主義者の卿らしいが、勝利には繋がらん」


 彼には身をもって知る、現実問題がある。


「どうするね。今からでも特大のハープーンでも開発してもらうかね」

「いえ」


 アンヌ=マリーは首を左右へ。小さい動きでもシニヨンが派手に見せる。

 もしくはスクリーンからのライトアップによる演出かもしれない。



「新しく作らなくとも、我々はすでに大型の物理兵器を持っているではありませんか」



 照らし出された童顔が、幾分獰猛に見えるのだから。


「ふん」


 対するコズロフの笑みも、


「そう簡単に当たるものでもないぞ?」

「おや、反撃をかわしながらであればともかく、無抵抗の相手でもですか?」

「ぬかしおって」


 おそらく獰猛だったに違いない。



「よかろう。その役目はオレがもらう」











「これは!」


 シルビアが叫んだ頃、






「シルビア・バーナード! 艦長なのだ、しっかり艦橋にいろよ!?」


 コズロフも吠えた。






「体当たりだわ!!」

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