第172話 たった一つの冴えているわけでもないやり方

「回避ーっ!!」






「逃すな!! ここで叩き潰せっ!!」






 フルスロットルで迫る戦艦。

 読み違えたことによる反応の遅れ。

 自身も砲撃せず、周囲からの援護射撃もない空白。

 それらが災いしたか。



 損傷によるスピードの低下。

 空間があるゆえの回避運動の自由さ。

 突入する側からは、乱戦によるルート取りの難しさ。

 それらが災いしたか。






「「総員! 衝撃に備えろーっ!!」」






「きゃあああああ!!」

「うおおあああああ!!」


 今までとは比べものにならない衝撃になぶられる『悲しみなき世界ノンスピール』艦橋内。






「ぬううううう!!」


 衝撃に歯を食いしばるにも、悔恨に唸るような声が響く

我が友よ戦士たちよウォリアーズジョイナス』艦橋内。






悲しみなき世界ノンスピール』艦橋を狙った体当たりだったが。



 わずかに緊急回避が間に合い、艦首から全体の3分の1あたりに突き刺さった。



「うっ、くっ! みんな、無事!?」


 デスクにしがみついていたシルビアは、衝撃が治まってから目を開ける。


「無事です!」

「艦橋内に被害なし!」

「副官どのが腰を強打!」


 普段ならここでカークランドをダシに、ジョークの一つも飛ばすところだが。

 あいにく今はそれどころではない。


「状況は!?」

「敵艦の体当たりを喰らった模様! 箇所は第二砲塔付近!」

「被害は!」

「第二砲塔沈黙! 艦内にて火災発生! 人的被害は現状不明!」

「艦体へのダメージおよそ20から30パーセント! 火災にて拡大の可能性あり! しかし現状、航行及び戦闘続行に支障はありません!」


 矢継ぎ早やの情報に、彼女も脊髄反射的に指示を飛ばす。


「救助急げ! 負傷者を回収したのち、火災ブロックは閉鎖! エネルギー供給も遮断! 酸素も何もなければ鎮火するわ! ダメコンには『消火活動は救助に必要な最小限でいい』と伝えなさい!」

「はっ!」


 自分の判断を反芻するように吟味しつつ。

 その内容でようやく、対処可能な範囲だと、致命傷には至っていないと感じる。

 なんなら一番の被害は、予想だにしない攻撃によるクルーのパニックだろう。

 それこそを真っ先に鎮火するべく、シルビアは立ち上がって大声を張る。


「気をしっかり! これはむしろチャンスよ! この突撃が敵の唯一にして一度限りの武器! 凌いだからにはもう安心よ! 何より!」


 健在のモニターに映る、深々突き刺さる敵艦。



「コズロフももう逃げられないわ! あとは味方が到着して仕留めるだけよ!!」






 一方、


「ぬかったか……!」


我が友よ戦士たちよウォリアーズジョイナス』。


「全速後退!! なんとか引き抜け!」

「ダメです! 出力が足りません!!」


 副官エールリヒはじめ、艦橋内が右往左往するなか。

 デスクに手をつき、しばし項垂れていたコズロフだが。


「くっ、くっくくくく……」


 次第に肩を振るわせはじめ、



「フハハハハハ!!」



 天を仰いで大笑を放った。


「閣下?」


 あまりの異様さに副官が振り返ると、彼は艦長席へと歩いていく。

 そのままドカッと深く腰を下ろすと、


「おそらく我々の艦橋やエンジンルームはアンチフィールドの範囲外。このまま身動きが取れんのでは、どうしようもないな」


 やれやれというように鼻から息を抜く。


「さすがに至近距離で爆破すると、破片でバーナードに何があるかも分からん。動けないのをいいことに、爆弾解体のように艦橋をなぶり殺しだな」

「っ!」


 手をヒラヒラと振るコズロフだが。

 軽薄な言動とは裏腹の凄惨な内容に、エールリヒは息が詰まって声も出ない。

 その沈黙を貫くように。



「いっそ、こちらから自爆してやるか」



 ポツリとした呟きが、妙に響き渡った。


 瞬間、火が着いたように。

 彼は立ち上がって、副官のリアクションも待たずに叫ぶ。



「味方艦隊に通達! 本艦はこれより機関部を爆破し自沈する!!」



「閣下!」

「副官」


 エールリヒの叫びに対し、遮るように返ってきたのは。


「脱出する時間もないだろう。オレには卿らを、せめて苦しくなく死なせてやることしかできん」

「閣下……」

「すまんな」


 意外にも優しく落ち着いた、寂しい声。

 彼は決して、自爆を恐れて意見しようとしたのではない。

 ただ、尊敬するコズロフを死なせたくない思いが口をついたのだ。


 それを、逆に慈しむように返されては。


「くっ!」


 何も言えなくなった彼は、ほんの数秒、歯を食いしばり拳を握ると、


「手の空いている者はついてこい! 機関部へ行き、爆破作業を手伝うのだ!!」


 忠実なる副官最後のご奉公。


 すると、部下は上司に似るのか。

 それとも艦という一つの運命共同体が培ったものか。


『死ぬから手伝え』という無茶苦茶な指示にも、クルーたちは無言で頷き合い。

 エールリヒのあとに続こうとする。


 その瞬間、



『お待ちなさい!』



 艦橋内に、いとたっとき天使の声が響いた。






「閣下! 味方が集合しました!」

「よし! 艦橋を狙えるよう、所定の位置につかせなさい!」


 乱戦の最中さなか。『悲しみなき世界ノンスピール』の周囲には、声を掛けた味方艦が駆け付けていた。

 そのあたりの管理はカークランドに任せて。

 シルビア自身は、艦長席から身を乗り出さんばかりにモニターを見つめる。


 画面の中央には、未だ動く気配のない『我が友よ戦士たちよウォリアーズジョイナス』。

 風前のともしびとなった、コズロフの姿がある。


 あとはもう、煮るなり焼くなり葬り去るだけ。



 ついに、ついに……!



 彼女の握った拳が震える。



 閣下。あなたのことは嫌いじゃなかったけれど。

 少し軍人、いえ。

『武人』という生き方に忠実すぎたのがいけないのよ。



「所定の位置につきました! いつでもどうぞ!」

「よし!」


 ここさえ、新たに立ち塞がった因縁さえ乗り越えれば。

 またここから、シルビアが目指す世界のために。


 賽が投げられようとしたその時、



 彼女は鐘が鳴るのを聞いた気がした。



 宇宙空間で音が鳴るはずはない。

 もちろん艦橋内にも、ハンドベルの一本すらない。


 それでもシルビアが錯覚するのは、無理からんことだったかもしれない。

 彼女の視界に映ったのは、


悲しみなき世界ノンスピール』に突き刺さった『我が友よ戦士たちよウォリアーズジョイナス』の先端付近。

 そこへ



 艦首の大きな鐘を揺らしながら。




 体当たりを仕掛ける『主の庭は満ちたりヘヴンフィル』の姿だった。

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