第287話 愛の花咲く 舞台よ幔幕上げよ

 時を少し遡り、シルビアとリータの旧円卓の間での会話の続き。

 それぞれ


『相手の行き先をコントロールするため、誘き寄せる』

『相手が神出鬼没であろうと、神速で間に合わせる』


 とアプローチを語ったあとのことである。


 シルビアは巨大なテーブルの、液晶ではない縁の部分に腰掛ける。


「リータ。具体的内容を聞くまえからこういうのは心苦しいけど」

「はい」


 少女の方は、真面目に椅子へ腰を下ろす。

 職員室前の廊下に横長のテーブルを並べた、プチ面談スペースでたまに見る構図。

 そこで皇帝は腕組みのポーズから、右腕を立て手のひらを天井へ向ける。

 今の立場よりは、もと元帥として意見を述べる。


「さすがに力技が過ぎるわ。戦争はもっと、頭を使ってスマートにやらないと」

「『首狩り令嬢』に言われるとは」

「皇帝にもなれば考えも変わるわ。特に今は皇国が疲弊しているんだから。限られたリソースを効率的に回していかないと」

「その結果が、『行き先のコントロール』であると?」


 軽く両足を開いて股の内側に両手をつく、少しヤンチャな座り方のリータ。

 首を右へ傾げる。


「そうよ。相手の行き先さえ分かれば、あらかじめ戦力を結集しておける。振り回されることなく、無理せず決戦できるわ。むしろ一網打尽よ」


 胸を打つシルビアに対し、少女は


「私もまだ、具体的内容を聞いていませんが。予想は付きます」


 今度は首を左へ。

 ウルトラマリンブルーはいつもとしている。

 案外仕草や声色でしか感情を測れない。



「餌として、ご自身が前に出られると?」



 であれば、この意図がない動きに淡々とした音の響きは。


「そうよ」


 怒っている、かしら?

 私が自分を危険に晒しかねない策を練ったことに。


 少し緊張が走るシルビアだが、歯切れ悪い方が始末も悪い気がした。


「コズロフの性格を考えれば、確実なのはこれ一つよ」


 彼女はデスクの縁から降り、立ってリータと向き合う。


「私と戦える、私を討てるとなれば、彼は必ず来る。そして、こちらに準備がある、罠と分かっていても」

「『首』といういただきがあれば、豹はキリマンジャロを登る、と」

「えぇ」


 対する少女は目線を外した。


「いい策とは思えませんね」

「何故?」

「あなたは皇帝でしょう」


 ウルトラマリンブルーがこちらへ向きなおり、彼女がちゃんと座りなおすと同時。

 感情の読めない態度にしては、至極真っ当な意見か。

 しかしそのくらいはシルビアも分かっている。


「それの何がおかしいの? ナポレオンは親征を行なったし、『翌日のために新鮮な部隊を取っておく将軍は大体敗れる』と語ったわ」

「はい」

「私は戦える。そしてコズロフと同様に、私も彼を討たねばならない。戦力の逐次投入は得策ではないわ」

「それもまた、一つの事実ではあります」


 リータは小さく頷く。

 いまいち物静かなのは、彼女も大きく否定するほどではないと思うのだろう。

 だが、逆に言えば、


「それでも、今この時にあっては」


 なお、よい策ではないと断じるだけの一点がある。


「シルビアさまは内戦を制し、即位なされたばかりです。その玉座は不安定、というより、玉座を戴く国家という土台が不安定です」


 その入りだけで、彼女の言わんとすることが分かったのだろう。

 シルビアはゆっくり後ずさり、ようやくに椅子へ腰掛ける。


「それはシルビアさまもよく分かってらっしゃったはず」


 が、少女は話を続け、彼女も止めない。


「だから皇族方が各地へ慰問に回られる際も。あなたとケイ殿下、どちらかは必ず帝都にあって、留守にはしなかった」


 リータの視線が一瞬だけ外れる。

 視線の先には備え付けの給湯フロア。

 真剣に事態へ向き合い考えているからこそ、喉が渇いているのかもしれない。

 シルビアが皇帝となって広い視野とプレッシャーに曝されているように、

 彼女もまた、『元帥』という多くのものを背負う戦いに身を置いているのだ。


「何より、シルビアさまは即位の時、臣民に『真の平和』を約束なされました」

「えぇ、忘れはしない。今も肝に銘じているわ」

「たしかに、戦わなければ、戦争を決着せねば平和は訪れない、事実でしょう。ですが」


 リータは両膝を閉じ、その上で手を重ねる。

 ウルトラマリンブルーの上にも瞼が重なる。

 他人に思い馳せ、汲み取るように。


「あの演説の直後から、わざわざご親征を選ばれるお姿。どれだけが言行一致と受け取れるのか」


 ゆえに、あなたが軽々しく動くべきではない、と。

 少女はそう言いたいのだろう。

 それはシルビアにもよく分かる。


「ですのでは、最終手段といたしましょう。他にあらゆる手立てを失った場合の」

「そうね」


 が、理想論やら感情的・道義的に正しいものとは別、


「でも」

「はい」

「その『他の手立て』というのは?」


 現実問題として、目の前に迫るものがある。


「『各地で善戦せよ』だなどと言って、手遅れになってからでは遅いわ」


 皇帝からの諮問する視線を、リータは正面から受け止める。



「はい。ですからのです。相手がどう動こうと」



 あまりにも自信たっぷりに答えるものだから、シルビアも少し慌ててしまう。


「それは物理的に不可能でしょ!? コズロフが次にどこへ現れるかも分からない! 後手に回るから困っているのに……」


 そこまで口にして。


「いえ、まさか」


 彼女も一つのことに思いいたる。

 あるいは、先ほど自身も同じ理論で策を組み立てたからだろうか。


「はい」


 その推論が述べられるまえに。

 リータが椅子から降り立ち、自身の胸に手を添える。



「私の『王よ、あなたを愛するアイラブユーアーサー』であれば。相手の行き先をつかんでから追い付くだけの速度がにあります」



「それ、は」

「他にコズロフと対抗できる将士もいません。小野道風に対する札を所望なら、私があなたの幔幕に咲く桜となりましょう」


 事実、軍人としても艦の性能から言っても。

 シルビアが出ないのであれば、リータ以外に人はいない。

 唯一の元帥でもあるのだ。順序としても、これ以上のことはないだろう。

 しかし、


「でも、やっと、やっと皇帝になって、二人で、一緒に」


 それは長らくの夢に反するもの。

 もう方面派遣艦隊で隔てられることもなく、というのもあるが。


 何より彼女は、リータを戦場から遠ざけたかったのだ。


 孤児であり、多感な時期を戦争と自身のために捧げてくれている少女を。

『もう戦わなくていいよ』と抱き締めてあげたかったのだ。


 本人に直接伝えたことはない。

 が、



「『Va où tu peux, meurs où tu dois』“行けるところまで行き、死ぬべき場所で死ね”」



 全て分かっているかのように。

 彼女はマントを、演劇のように翻す。



「中途半端はよくありません。あなたの理想のため、愛する王のため。私が駆け抜けて魅せましょう」



「そう……、そう、ね」


 その覚悟と愛と忠誠に、



「リータ・ロカンタン元帥。あなたに誉れあるよう」



 シルビアはそれ以上の否定を持たなかった。






 かくして3月1日。

 リータ・ロカンタンは禁衛軍司令官の席を、正式にジーノ・カークランドへ移譲。


 皇帝シルビアより、どこの艦隊とも違う特別な制服とマントを賜り、



 異例の『全方面派遣艦隊全権委任総司令』に着任。



 3月3日、出征したのである。

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