第288話 両雄、少女と大男

 3月19日。

王よ、あなたを愛するアイラブユーアーサー』はスムマヌス方面ソーラーヌスに入った。


 艦内のブリーフィングルーム。

 窓がなく外の光など入らないが、時計の針が昼飯まえと教えてくれる。


 しかし、せっかくのも甲斐がないというか。

『我々は空腹を知らない』とでもいうような表情で、複数人の将官が詰めている。


 地図が載せられたテーブルの四方に、それぞれ


 ギリギリ青年と言えなくもないスムマヌス方面派遣艦隊司令官

 その同世代くらいの副官


 上座を占めるのが、ウルトラマリンブルーのマント

 全方面派遣艦隊全権委任総司令、リータ・ロカンタン元帥である。


 そして、彼女から見て左手にいるのが

 その副官ナオミ・ビゼー大佐。



 リータはフォルトゥーナの司令官としてシルビアに従い内戦を勝利した。

 その後禁衛軍に移籍となっていたわけであるが。


 彼女の副官の方は、フォルトゥーナ、前線へ戻ったのだ。

 内戦による皇国軍の全体的な人材の減少が影響している。


 そこでこのたびリータが出征するに当たって、後釜が必要になったのである。

 カークランドは禁衛軍を任されたので手が空いていない(ちなみに彼は貴種でない。よって『禁衛軍司令官には家柄が求められる』という伝統は破壊された)。


 そこで白羽の矢が立ったのが、同盟から亡命してきたばかり、手隙の彼女であった。



 しかし、あくまで一ヶ月も遡れば同盟の飯を食っていた女である。

 ただ手が空いているからといって、皇国軍の全てを握る人物の副官に据えてよいものか。

 そういう見方もあるだろう。

 だが、


「ビゼー大佐」

「はっ」

「同盟軍スムマヌス艦隊の内情は?」

「はっきり申し上げて、くみしやすい方と言えるでしょう」


 テーブルに両手をついたリータの諮問に、ナオミはタブレットを操作する。


「まず第一に、イーロイ・ガルシア提督が所属していたということです」


 彼女が『ここまではよろしいか?』とでも言うように目配せすると、

 元帥閣下も無言で小さく『続けて?』と頷く。


「ゆえに、彼の亡命以降は何かと人員の召還や配置転換が相次ぎまして。政治側からすれば、結束を解体したかったのでしょう。結果、平易に申し上げてグチャグチャの状態でした」

「ふむ」

「そこから内戦では残った面子が『評議会憎し』により前衛で奮戦。疲弊著しい方面です」


 そう、これこそナオミが決戦の鍵を握る一人に選ばれた理由。


「その分戦後は『浄化』の意味合いも込めて、早めに補充が入れられてはいます。敵将コズロフにも、次の戦場として魅力的に映ったことは理解できます。が」

「得てして、補充要員、それも疲弊した戦いのあとに出てくるものは」

「はい。質で劣ります。困った時の備蓄古米のようなものです」


 彼女はタブレット後ろ手にしまい込み、背筋を伸ばして指揮官と目を合わせる。


「ガルシア提督と渡り合ってきた皇国軍スムマヌス艦隊とは、比べるべくもないかと」



 長年に渡り同盟軍の中心・頂点にあった男、シャーロック・ゴーギャン。

 その副官を務めていたのがナオミなのである。

 また、敗戦後の折衝や武断派の差配も担っていたのだ。



 今この世で、彼女より同盟軍の内情に詳しい人物はいない。



 この情報力を見込まれて、リータの副官に就いたのである。


「であれば、奇策を練るより王道の展開をするべきですね」

「御意」


 元帥の言葉に、現地艦隊の将官たちも頷く。


「コズロフ閣下もまた、艦隊運用に関しては正面突破の剛直なお方」

「艦隊の練度、将器の勢いで劣っていないのであれば、まず負けないでしょう」


 力強く、かつ15歳の元帥を侮らず認める発言だが、


「でも」


 意外にリータ自身の声は、


「その分真っ当に、少しの誤魔化しもなく、凄絶に、苛烈に」


 低い。唸るように低い。


「ぶつかり合った分だけの被害が出る」


 ウルトラマリンブルーの瞳は、悲しみの色か、はたまた燃える闘志か。



「鼻血出してる暇もないんだわ」






 たぐまれなる洞察力と直感力を持ち、15歳にして元帥となった少女。

 ともすれば、『戦いの天才』とでも言えよう。



 であれば。

 才覚はもちろんのこととして、


 たとえどれだけ敵が強壮であろうと

 何度苦境に立ち、時には敗れようと

 片腕を失い、生き恥を晒すことになろうと


 それでも戦場にあり続ける、『戦うために生まれた男』は。



 スムマヌス星域同盟領、惑星スムマヌス。

 その方面軍基幹基地、総督府。

 提督執務室にて。

 皇国軍の作戦会議と同日の正午過ぎ。


「ほう」


 サンドイッチを齧りながら、



『地球圏同盟』軍特務提督、イワン・ヴァシリ・コズロフは、報告書を見分していた。



「ロカンタン元帥がスムマヌスに来た、と。ロカンタンといえば」


 彼の脳裏に、少しとした少女の顔が浮かぶ。

 コズロフという男は恨みや屈辱と同様に、優れた戦士の顔も忘れない。

 それは敵味方問わず、崇敬し、愛すべきものである。


「あの小娘が元帥とはな。筋はよかったが、あれがかつてのオレに並んだというのか。時が経つのは早い。人が育つのはもっと早い。しかも」


 彼はサンドイッチをつかむ左手の袖を見る。

 金と黒のみで構成された軍服は、オンリーワンのもの。


「全権委任総司令、か」


 コズロフはサンドイッチを皿に置き、デスクに置かれている軍帽を手に取る。

 ジャケットのデザインが多様な同盟においても、帽子とボトムスは全軍共通。

 この本来白い部分が黒く染め上げられたものを着用するのは、特務提督ただ一人。


「今の立場まで、オレと並んだということらしい」


 彼はそのまま、軍帽を深く被る。

 まるで戦士としてのスイッチを入れるように。


「だがどうかな? 卿には本当に、それだけの実力があるか? オレと並び称されるだけの実力が」


 完全にサンドイッチに対する興味をなくしたらしい。

 そのまま左手を手袋に通し、噛んで引っ張って深く嵌める。


「確かめてやろうではないか、リータ・ロカンタン」


 なんならそのまま立ち上がって、出撃とでも叫びかねない勢いだが。

 ここで一つ冷静に、コズロフは背もたれに身を任せる。


「まぁ実力としても、意味としても、相手にとって不足はあるまい」


 手を鼻の辺りへやって、思案げな、それでいて愉快そうな、



「やつを討てば。シルビア・マチルダ・バーナードは必ず出てくる。オレがいだく以上の憎しみと復讐心を持って、必ず現れる」



 獰猛な笑み。ギラギラとした、犬歯剥き出しの、肉食獣の表情。


「さぁ、主人を危険に曝したくなくば。勝ってみせろよ? 元帥閣下」


 しかし執務室に響くのは、

 口元とは真逆に静かで冷たい、クククと喉奥で鳴らすような笑い声。



「さもなくばあの世で、ドルレアンとフレンチカンカンを踊ってもらうぞ」






 3月21日。

 両陣営の艦隊が基地を出発する。

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