第146話 決着後の戦い
「うおああぁぁ!!」
歴戦のコズロフである。その副官も当然経験豊富たる勇士。
そんな彼が、本日二度目の声を上げずにはいられないほど。
容易く頭上を取り、美しいまでの捻り込み。
すれ違いざま、背面航行で砲撃の雨を降らせる『
直撃を何発受けたかなど細かく数えるべくもない。
ただ、巨人が艦橋でカクテルでも作っているのかという揺れ。
右の鼓膜から左の鼓膜へ暴走族がパレードしているような爆音。
右手は本能的に後頭部を庇いつつ、左手は必死に艦長席のデスクへしがみつく。
それだけで被害のほどが伺えるというもの。
そのうえ、
「う! お! お! お! あ!!」
一瞬足元が膨らむような錯覚
ではない。
環境の根本に被弾したのだろう。
下から迫り上がった爆風が、床を突き抜け猛威を振るう。
たまらず吹き飛ばされた彼は、艦橋内の高い位置から機関部メーターの観測手の横へ。
「エールリヒ中将!」
「うぐぐ、ぐ……!」
心配する声に応える余裕もない。
受け身こそ取れたが、身体中が痛む。頭こそ守れたが、他の骨が無事な自信はない。
起き上がるにも体が軋む。
それほどまでに余裕のない状態なのだが。
それでも彼は、骨髄まで『副官』という生き物なのである。
「はっ!? 閣下! 元帥閣下!!」
呻く自分とは違い、先ほどから舌打ちの一つも聞かせない彼らの寄るべ。
自身は階下へ落とされたが、それでも思わず壇上の艦長席へ目を向ける。
すると、
「……」
彼は変わらずそこにいた。
腕を組んではいないが、仁王立ちで、堂々たるさまで。
ただし、
「閣、下……。閣下!!」
「騒ぐな」
「しかし閣下!
右腕が!!」
腕組みは解かれたのでなく
組む腕が足りなくなっていた。
「元よりあまり動かん腕だ。落としたとて変わりない。むしろ身軽になるというものだ。感謝しよう」
「そんなことを言っている場合ですか!」
明らかに変わりないわけなどない。
上腕の途中からからは、滝のように血が流れている。
今すぐにでも医務室へ搬送したい副官だったが、
「艦体大破! 機関部爆発! エネルギー急速にダウン! 主砲全門沈黙! 死傷者少なくとも過半数!」
この指折りの一大事すら、それどころではなくしてしまう大惨事が重なる。
「元帥閣下!!」
通信手のすがるような声に、コズロフは
「副官」
「はっ!」
「……任せる」
「閣下!」
やはり、立っているだけで限界の負傷、出血。
彼の低く静かな声には、力が入らないなりに厳かさを加えようという努力がある。
こういう時こそ、副官の最大の見せ場なのだが。
こういう時が訪れてしまったことに、エールリヒ中将は涙を流す。
「中将閣下!」
「艦体はいつ爆発してもおかしくありません!」
「中将閣下!」
「くっ! 総員」
彼は嗚咽を抑えるために、一度深呼吸を挟み。
決断するために元帥を仰ぎ見た。
「総員退艦!! 総員退艦!! 本艦は時期に轟沈する!! 総員、艦を放棄し脱出せよ!!」
「はっ! 総員退艦!!」
通信手の復唱を受けながら、彼はもう一度コズロフへ目を向ける。
が、彼は何も答えなかった。
「敵艦に退艦の信号を発信! 時間がない! 階級席次問わず、近くにいる者から脱出艇に乗り込め!!」
闘志とプライドの塊であろうとも、副官の敗北宣言を咎めなかった。
「閣下も早く、脱出を」
「う、ぐむ」
そういえば先ほど、コズロフは腕を失ったことに『感謝しよう』と述べたが。
事実かもしれん。
エールリヒは口が裂けても言えないことを、静かに思う。
「さぁ、こちらへ」
「むぅ……」
本来のコズロフなら、
『オレは艦と運命をともにする』
『敗軍の将の常である』
『生き恥は晒せん』
などと言い出しかねないところを。
多量出血で意識が朦朧としているゆえだろう。
素直に言われるままに、脱出してくれるのだから。
『シルビアさま、「
『
通信手すら挟ませない、無線機での直通会話。
シルビアの耳にリータの声が届く。
「そうね」
話を聞けば、完全な勝利の報せ。
しかし、ここからが気を抜けないのである。
「追撃は不要よ。見逃してやりなさい。この戦いは、なんといっても正当性よ。冷酷は損、寛大こそ
『はっ』
「それに」
彼女はモニターへ目を向ける。
そこには拡大表示された『
あちこちから緑の血煙を吐き出し、今にもバラバラになりそうな体。
その向こうに。
彼女はコズロフの姿を思い浮かべていた。
ついこのまえまでは、味方だったはずの人。
年末のボカージュ迷路。刺客に襲われたところ、命を救ってくれた人。
「何より、命を奪うのは、忍びないわ」
もしかすれば、すでに砲撃を受けて戦死しているかもしれない。
それでもシルビアは、わずかな情を出さずにはいられなかった。
「それより、敵が混乱して追撃してこないうちに帰ってきなさい。刺し違えで終わったら、私にとっては敗北でも足りないわ」
『承知しました』
一旦会話を終えると、
「『
一歩遅れて観測手から報せが入る。
「艦長」
カークランドも一歩遅れて、「いかがします?」という視線。
彼女はほっと息をつくと、同じ答えを返す。
「敵が混乱してるうちに、さっさとずらかるわよ。『
「御意。艦体転進! リーベルタース艦隊に合流する!」
かくして、反乱軍はバーンズワースの指示どおりコズロフを撃破。
結果、追討軍は。
あるいは元帥を守るのに注力。
あるいはいち早く撤退。
あるいはその場で投降。
目論見どおり、継戦能力を喪失した。
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