第187話 戦う先に見据えるもの

 元気を取り戻した、何より生きる希望の湧いたシルビア。

 彼女はあの日以来持ちなおし、精力的に動き始めていた。



 まずケイを通して、再度不当不服である旨を奏上。

 皇帝だけでなく中央の力ある人物たちの多くに、自己の潔白を訴えた。



 しかしこれは不発に終わった。

 多くの者が、『ケイを人質にとって言わせている』と信じたから、いや。

 わざわざ皇帝に楯突くよりは、


 よって誰もノーマンに口添えすることなく。

 シルビア追討令が解除されることもなかった。


 あるいは、誰かがクロエはこのことに反対であると知っていたなら。

 歴史はまた変わったかもしれない。



 はさておき。

 争いが避けられないとなれば、シルビアがすべきことも変わる。

 まず彼女はリータ麾下フォルトゥーナ艦隊を呼び寄せた。


 リータは元帥ではないし、艦隊もエポナのように勇名を馳せているわけではないが。

 若き天才アイドルと最新鋭の『王よ、あなたを愛するアイラブユーアーサー』。

 今最も勢いのある艦隊と言ってもいい。


 そこに先の内乱、今回のディアナ戦役で大一番連勝のシルビアと

悲しみなき世界ノンスピール』。

 両者が並び立てば、見た目のインパクト、宣伝効果は抜群というところである。



 そして今も、その華を吊り下げて、味方を募集中という状況である。






 そんなわけで、ある日の14時頃。

 シルビアが執務室のデスクで、ココア片手にタブレットと睨めっこしていると。


「お姉ちゃん」


 リータやカークランドが出入りしやすいよう開けっぱなしのドア。

 そこにケイが姿を現した。


「どうしたの?」

「どう? 人集まってる?」


 最近の彼女は、すっかりシルビア側勢力の1ピース。

 お客さまではなく外交担当で動いており、執務室に来るのもめずらしくない。


 が、「ご機嫌いかが?」的あいさつよりは、窺うような声色の問い。

 シルビアにも彼女の気持ちが分かる。


「うーん、やっぱり中央、政治関係は黙殺が多いわね。軍関係の人は……。弁明に協力するって言ってくれてる方や、どういうことか問い合わせてくれてる方は。でも、いざ戦闘になった時、どうなるかは」

「そっか」


 ケイの様子が少し明るくなる。

 彼女からすれば、艦隊が駆け付けるより弁護人が増える方がうれしいのだ。


 シルビアからすれば困るが、彼女の素直な気持ちとしては、いくさは避けたい。

 ノーマンやクロエと血を流して争うまえに、平和的に話で解決したいのだ。


 ケイの立場からすれば当然の考えであるし。

 そのために彼女はシルビア側に残って、こうして力を尽くしているのである。


「ねぇお姉ちゃん」


 先ほど明るくなったばかりの声が、またと切り出す。


「何かしら」


 と返しつつ、シルビアには聞かれることの予想がついている。


「もし、もしこのまま話がまとまらなかったらさ」

「えぇ」

「ノディやクロエと、戦うの?」


 やはり気になるのはそこだろう。

 シルビアだって彼女の身になったら。

 いや、今でもじゅうぶん。

 彼女たちとは争いたくない。


 だからこそ、落ち着いてるように、さも当然のように、片手間に、


「そうね。そうなるわね」


 シルビアはすんなり答えた。

 あえてそちらを見ないようにしたが、それでもケイが強張るのを感じる。


「でもね」


 それに動揺したように見えてはならない。

 彼女は淡々と続ける。


「本当の意味では違うの」

「本当の、意味?」

「そうよ」


 ケイが首を傾げる。

 嘘をついたわけではないが。緊張が疑問で塗り潰されたなら、持ってまわった言葉遣いの甲斐もある。


「私たちは敵なんじゃないの。少し何かが食い違ってしまっただけなのよ。きっと話せば分かるわ」

「うん、絶対にそう」

「だけど、そうするには時間がいるみたいだから。落ち着いて、頭が冷えるまで待たなければならないわ」


 シルビアは所在なげに立っている妹へ、とりあえず座るよう手で勧める。

 ケイも素直に従うあたり、姉が言わんとしていることを理解しているようだ。


「でも、それまでにしまったら。もうどうにもならないわ。だから、それまで生き残れるように身を守る。それだけよ」

「うん」

「何も、ショーンの時のように。お互い相手を殺すために絶滅戦争することはないのよ」


 相手を安心させるように見せかけて。

 もしかしたら自分自身を安心させるためのものだったのかもしれない。

 が、


「よかった! じゃあがんばらないとね!」


 すっかり機嫌がよくなったケイに、


 やっぱりこの子は、笑顔が似合うわね。


 言葉にしてよかったと思うシルビアであった。


「でも、それで多くの人が戦いに巻き込まれて、命を落とすわ。そんな馬鹿げたこと、避けられるなら避けないといけない。すぐに終わらせないといけないわ」

「がんばってにー」

て何よ。あんたもがんばんのよ」


 空気も明るくなり、本当の姉妹ではないが姉妹の戯れ。

 リータとはまた違う癒しを感じていると、


「閣下!」


 カークランドが執務室へ駆け込んできた。


「何よ水入らずに」


 常なら悪いパターン、すっかりその象徴となってしまった彼の登場だが。


「朗報です!」


 その言葉を聞くまでもなく、副官の表情は明るい。


「だったら聞いてあげてもいいわ」

「ラブコールに応じてくれるお味方が!」

「本当!? どなたかしら!」



「シルヴァヌス方面派遣艦隊、『半笑いのカーチャラッフィング・カーチャ』! タチアナ・カーチス・セナ元帥閣下です!」



「よしっ!」






 シルビアがガッツポーズをしている頃。


「ということで、追討軍が組織されているようです」


 もう一人、報告を受けている人物がいた。


「そうか。相変わらずメンドくさいことになるやつだな」


 ディアナと違いようやく朝を迎えたベッドに腰掛け、ブーツの紐を結ぶ女性。

 そのために少し上体を屈めて、突き出される燃えるような赤い髪。



『地球圏同盟』側のシルヴァヌス艦隊司令官。


 ジャンカルラ・カーディナルである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る