第186話 状況と情勢
やがてシルビアは泣き疲れ、首をこっくりさせはじめたので当直室へ。
ベッドに寝かしつけ軍靴を脱がせてやるリータに、ケイは微笑む。
「さすがだね。お姉ちゃん、すっかり元気になったっぽい」
「一安心かもですね」
「お姉ちゃんもどれだけ参っても。リータちゃんパワーがあれば、無限再生可能エネルギーなんだなぁ」
「んー、それはちょっと違うと思いますよ?」
少女は引っぺがしたマントと軍帽をコート掛けへ。
なんでもなさそうに背中で答える。
「えっ、そうなの?」
「副官くんでも、普通にできたんでないかなぁ」
「えっ? 小官が、でありますか?」
ここ数日、シルビアのメンタルに関しては無力さを痛感していたカークランド。
急に名指しで言われても理解が追い付かない。
逆にリータは掛け布団をシルビアの肩まで被せる。
孤児院で年少者の世話をしていたのだろう。テキパキしている。
「だって、シルビアさまは別に折れてませんでしたから」
「へえっ?」
ケイがシルビアの顔とリータの後頭部を交互に見やる。
今でこそ安らかな寝顔だが、つい先ほどまでの絶望的なさまは現実だったのだ。
彼女の表情は『ウソだろオマエ』に満ちている。
が、こと『見る』という行為に関して、少女はケイより先にいるようだ。
「へぇも何も、本当に折れてるなら。『追討軍に殺されとく』とか言うまえに、さっさと引退するでしょう? 今から頭でもなんでも下げて、夢も積み上げたものも諦めて」
「あー、んー、そうかも」
リータはシルビアの前髪を指で梳く。
「それをしなかったってことは、まだちょっとプライド残ってます。プライドがあるなら人は戦います。あとは弱火なのにガソリン放り込むだけ」
彼女はようやくシルビアのお
勢いそのまま、バチコンとウインクが決まる。
「ね? 誰でもできるでしょ?」
「あんだけ泣きながら、
「いやぁ、しかし」
対する二人は、呆れ気味にため息をつくと、
「誰にでもそこまで読めるわけじゃないし」
「小官が『自分のために生きろ』と言っても、ドスベリしたプロポーズにしかならないので」
そもそもシルビア個人への処方箋かもしれないし。
結局は『そんな簡単な話でもない』という結論に落ち着いた。
とにかく、リータは無事、とりあえずの目標を果たせたと言ってよいだろう。
では他はどうだったのかというと。
「カ、カ、カ、カーチャさま!」
皇国宇宙軍シルヴァヌス方面派遣艦隊元帥府、元帥執務室。
シロナがノックも忘れて飛び込むと。
カーチャはデスクにて、大量の書類と複数のタブレットに包囲されていた。
「おはよう」
「おはようございます! じゃなくて!」
まるで焦る姿が目に入っていないかのように。
彼女はコーヒーを一口啜ると、右手首の内側に盤を付けた腕時計を見る。
「おや、出勤時間より早いじゃないか。フレックス勤務は事前申請しといておくれよ」
「そういうのじゃなくて!」
シロナがデスクの狭いスペースを両掌で叩くと、衝撃で書類が床へ。
「何すんの。拾ってよね」
「シルビア閣下が! 追討されるって!?」
「なんだ、今頃知ったのか」
「
「いつも私にくっ付いて隣でキャンディ持ってんじゃん」
「難しい話は聞き流してるので!」
「下々関係ねぇなこれ」
興奮状態にある部下は諦めて、カーチャは自分で書類を拾う。
そのままキャンディボウルからチョコバニラのロリポップを一つ。
空の灰皿に包み紙を放り込むと、口からは棒がタバコみたいに生える。
余裕があるというよりかはくたびれた態度に、シロナも少し落ち着く。
「あの、つい最近も似たようなことになってましたけど。今回はシルビア閣下、大丈夫なんでしょうか?」
「うーん」
カーチャが頬杖を突くと、奥歯でキャンディがカロッと鳴る。
彼女は今、指揮下の方面派遣各艦隊の動揺を抑える仕事がある。
指揮官の一人宛てのメッセージをタブレットに打ち込む。そのあいだの時間を使ってたっぷり考えたあと、
「厳しいな」
「ぴいっ」
冷静な結論を出した。
だが、その半笑いすら失せた表情を見るに。
これでも希望的観測の入った言い回しかもしれない。
カーチャはシロナへは向き直らず、書類へ視線を移す。
「前回は敵側がクーデター政権だったからね。それを知ってる人たちはこちらについたり、向こう側でもモチベーションが低かった。味方はそれなりに集まり、相手の質も高くはなかった。でも今回は違う」
政治的な話にはついてこれないのが彼女の常だが。
今回ばかりは、シロナも緊張するようにボトムスの生地を握る。
「そういう『悪者』を倒した正義の政権と、それに楯突く反逆者の構図。何より」
そう。彼女でも分かるほどの、圧倒的存在があるのだ。
「政権側にはあの
「……ですよね」
カーチャは鼻から大きくため息をついた。
まるでその風圧に乗って、全ての希望が逃げ去っていくような。
「そのうえ罪状に『第五皇女監禁』、目的に『その解放』とあらぁなぁ。みんな洗脳されたみたいに力を尽くすぞ」
「やだ怖い……」
「しかもね」
彼女は固まるシロナへ、イチゴミルクのキャンディを手渡す。
しかしそれは、希望のバトンというわけではない。
むしろ、カーチャの声はここ一番低くなっている。
「今回はヤツが、な」
その頃。
昼まえの皇国首都星カピトリヌス、『黄金牡羊座宮殿』。
その客室の中で一人の男が鏡に向かい、陽気に歌いながら櫛で髪を梳いている。
「♪Come thru the heather, aroond him gather Come Ronald, Come Donald, Come a' together Tae crown yer……」
「閣下」
そこに、一人の女性が入ってくる。
「おや」
「ノックはしました」
「聞こえてなかったや」
「でしょうね。歌が聞こえていました」
「で、なんの用かな? 時間はまだあるはずだけど」
彼がようやく振り返ると、女性はもう一人の女性を連れている。
「妹さんが、お話ししたいと」
「兄さま!」
その言葉が合図かのように、妹は兄の胸の中へ飛び込む。
「兄さま! 誠に申し訳ありません! このような事態になることを、止められませんでした!」
涙声になる彼女の頭を、兄は優しく撫でてやる。
「おおカタリナ。君が責任を感じることはないよ。こんなの、君にも皇后陛下にも止められやしなかったさ」
「兄さま……! しかしそれで兄さまが!」
「軍人だからね」
彼は優しい目元を細めて、手袋の指で涙を拭ってやる。
「君は自分の主人に忠誠を尽くせばいい。僕はそんな妹のために、力を尽くそう」
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