第84話 『コミカルに追いかけっこ』を流しながらどうぞ

 こうなるともちろん、『陽気な集まりBANANA CLUB』は、


「艦長! 敵艦隊の艦首が一斉にこちらを向いています!」

「エネルギー反応上昇! 砲撃、来ます!」

「厄日だ!」

「ええい、なんてこと! 思うとおりにはいかないわね! 人がお帰りになる時は『Get Wild』の邪魔しちゃいけない、って習わなかった!?」

「Get……?」

「J! 最大戦速!」

「60パー、エンジン焼けてもいいなら70前後が限度だ!」

「残骸を盾にして逃げなさい!」

「ウーラー!」


 てんやわんや、死ぬまえから大地獄である。

 シルビア一人ですら。

 左手は座席の手すり、左足は床にピッタリで衝撃に備えている。

 が、右手は指示とともにバタバタ振られ、右足は立ち上がろうとダンダン足踏み。

 たった一人ですら統制が取れていないのだ。いわんや艦という複合生命体ともなれば。


「来ます!!」

「ジェェェェェイ!!」

「うおおおおお!!」


 緑色の死神の手が伸びてくる間一髪。なんとか残骸の陰に入った『陽気な集まりBANANA CLUB』だが。


「きゃあああ!!」

「うわああ!!」

「副官ーっ!」


 残骸なので、たいした大きさの盾にはならない。何発かはカバーできずに掠めるし、何よりボロい。

 すぐに爆散して、強いエネルギーを叩き付けてくる。

 艦橋内にも大きな揺れ。体の片側だけ浮かせていたシルビアは、危うく一回転するところ。


「大丈夫ですか副官!?」

「おまえイキッたシャンパンのコルクみてぇに吹っ飛んでたぞ!?」

「腰、打った、だけだ、ちょおいてぇ……」


 皆、バラエティ番組のおもしろ衝撃映像みたいになった彼に気を取られているが。


「ちょっと待ちなさい!」

「待ったらやられちまうぜ!?」

「いや、あなたは待たなくていいっていうか、そうじゃなくて!」


 ひっくり返りかけて見ていなかった彼女は、少しだけ冷静。


「今の残骸、敵が伏兵にしてるやつかしら?」

「いや、見るからに、使用にえないジャンクだったかと」


 腰をさすりながらカークランドが元の位置へ。歩けるあたり、骨は無事だった様子。


「よねぇ? じゃあ、機関室やエネルギー炉はダウンしてるはずだわ」

「でしょうな」

「じゃあ今の爆発何?」

「ん?」

「んふ?」


 数秒、ハト feat. Bean Snipersフェイスで向き合う二人だが。



「J!! エンジン壊れてもいいからフルスロットル!! 一秒でも早くここから脱出するわ! この空間、ヤバいわよ!!」

「イム中尉! 全艦隊に通達! 目の前に邪魔な残骸があっても迂闊に攻撃するな! おそらく爆弾か何かが仕掛けられている!! 大変な二次被害を出すぞ!」



 ハトの群れが驚いて一斉に飛び立つように。

 上を下への大騒ぎ。兼ねてからの混乱がより大変なことに。


「じゃあ艦長! 残骸盾にすんのはやめた方がいいのか!?」

「たしかに、ちょっと危ないかも」






「提督!」

「バナナが頭出したぞ! 皮剥いてやれ!!」






「ぎゃああああ!!」

「右舷に被弾!」

「何よ! 爆弾ある割りに、連中平気で撃ってくんじゃないの!」

「たぶん頭おかしいんでしょ!」

「誰も艦長にだけは言われたくねぇと思うな!」

「なんですって!? 副官交代させるわよ!?」

「じゃあ今から私がイム少佐ね! カークランド中尉はオペレーター席に着きなさい!」

「アホどもマジメにやれやぁぁぁ!!」


 緊急事態というものは、まだ案外希望のある状況である。

 が、対する脳がしかるべき思考をなさなくなったら終わりである。

 そういう意味ではもう、“『陽気な連中BANANA CLUB』の来世次回作にご期待ください。”

 ロッホ魂の叫びをかき消すように、






「しぶといバナナだな! フルーツじゃないのか!」

「確実に損害は与えているのですが」

「もういい! まずエンジンを破壊しろ! はやくても走れなきゃ一緒だ!」


戦禍の娘カイゼルメイデン』が執拗にバナナを責め立てる。


「照準合わせーっ! ーっ!」






「ぴぎゃああああ!!」

「エンジンに被弾!」

「きき機関部じゃなくてよかった!」

「爆散せずに済みましたな! 厄日ではないかも!」

「機関員の方も無事ね!」

「いいわけあるか! もう慣性で直進しかできねぇぞ!?」


 もう収拾がつかない。つける気もない。

 どうしようもないからポジティブな言葉を吐くしかない。

 シルビアは今、前世で父が持っていた松岡修造の日めくり名言集がたまらなくほしい。


 と、そこに


「艦長! 新手です!!」

「なんですって!?」

「ちょっと! あれ『主の庭は満ちたりヘヴンフィル』じゃない!?」

「『オルレアンの城壁』だ……」






『ジャンカルラーっ!』

「アンヌ=マリー!」


 貞淑なシスターまで、バナナを求めてやってきた。






「艦長ーっ!」

「もうダメよっ! 総員退艦! 戦果は上げたし、あとは生き残りゃいいのよっ! 総員たいかーんっ!!」

「うわああああ!!」

「厄日だああああ!!」






「はーっはっはっはっ! 追い詰めたぞバナナボート! 夜が明けてもおウチ帰れそうにないなぁ!? ノモは投げてくれなかったかな!?」

『ジャンカルラ? 大丈夫ですか? あなたそんなのでした? 頭打った? 会話できる? ちょっと副官に代わってもらえます?』


 シルビアたちとは別方向で、ジャンカルラの頭の血管が切れそうになったその時。


「提督! ゴーギャン総司令より全艦隊へ! 『速やかに反転し、要塞内へ避難すること』!」

「なんだって!? 今が一番いいところじゃないか!」

「『「庭」には敵工作員が浸透している。念のため最終セフティーを発動する』と!」

「でもあいつらを仕留めるくらいの時間は」

『おバカ! 早く退がりなさい! あなたは例の方から、命を生かす道を学んだのでしょう!? 殺し屋になっている場合ですか!』

「うっ」


 彼女は信念を重んじるタイプ。こう言われてはぐうの音も出ない。

 しかも年下にたしなめられるバツの悪さ。

 少しのあいだ、肩をワナワナ震わせていたジャンカルラだったが、


「ふっ」


 爽やかイケメンスマイルを浮かべ、


「今日はここでお別れだよ。シルビア・バーナードによろしく、子猫ちゃん」


 よく分からない誤魔化し方をした。

 その子猫ちゃんがシルビア本人であることなど、知るよしもない。






 ちなみに、当の子猫ちゃんはというと、


「どう? カークランド少佐」

『ダァメだぁ! こりゃドックで一から組み直しオーバーホール級ですよ!』


 なんとか脱出艇に乗り、難を逃れていたのだが。

 どうやら、以前の戦闘か今回か。とにかく大損害を受けているうちに、こちらも故障していたらしい。

 進むには進むのだが。気分は東京大阪間を50cc原付でGO。

 脱出した『陽気な集まりBANANA CLUB』がまだ見えている。


「おお〜、オレの力作が〜」


 ロッホの妙な思い入れ。供養してやらないと、まともに運転してくれそうにない。

 シルビアは背筋を伸ばす。


「総員! 我々を守ってくれた『陽気な集まりBANANA CLUB』に敬礼!」


 その瞬間、



 BOM! と艦体の一部が内側から弾け飛んだ。



「うわぁ爆発した!!」

「破片飛んでくるわよ!!」

「逃げ遅れてたらヤバかったじゃん!!」

「屋外作業員は気を付けて!!」

「バナナーノォォォォォォォ!!」



 2324年1月25日 午前9時40分

陽気な集まりBANANA CLUB』 爆発轟沈



『あんたと乗るといつも沈む……』

「は!? グチグチ言ってる暇があったら手ぇ動かしなさい! しっかりやらないと日が暮れるわよ!!」

『厄日だ』

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