第85話 水入り

 その後、


「爆破!」


『地球圏同盟』独立要塞ステラステラが誇る『サルガッソー』は、


「敵を一網打尽にする最後の手だったのにねぇ」

「『庭』そのものを取っ払うためのものになるとは、ですね」

「ナオミちゃん、何食べてるの?」

「おはぎ」

「まだあったんだ」


 要塞司令室より遠隔操作によって、最終セフティーが発動された。

 もうどこにどう皇国軍が潜入しているか分からない。なので、いっそキレイさっぱり、である。

 シルビアたちが戦闘中に気付いた異常な爆発力。あれもこのために設置されていた爆弾の威力であった。


「しかし提督」

「何かな?」


 ナオミは手元のファイルに視線を移す。モニターは一面芝生のような緑フラッシュなので、見る意味がない。


「先ほどの逆襲で、我が軍の被害は100……メンドくさいな。数のうえでの皇国軍に対する優位性を喪失しました」

「そこをメンドくさがらないのが副官の仕事でしょ」

「向こうの正確な実数は不明ですが、試算のうえでは拮抗状態です」


 たしなめはしたゴーギャンだが。

 数字1桁の不要なキッチリカッチリさより、重要な事実が伝わればいい。そんなスタイルの彼女を気に入っている。


「そのうえ我々は『庭』も手放すことに。今後はどうなさるおつもりで?」

「うははは。防衛戦だし、『オルレアンの城壁』アンヌ=マリーちゃんの靴でも舐めようか」

「おい」

「冗談冗談。SMプレイは趣味じゃないのよ」


 でも風俗自体は好きそうな彼は、軽くあごヒゲを撫でると、


「ま、心配しなくても、しばらく時間はあるさ。相手がバカじゃないならね」


 司令官席の背もたれへ、ビーチチェアのように体を投げた。


「あ、僕にもおはぎ、一つくれない?」

「嫌です」



 ちなみにこの爆破解体で、近くを脱出艇でノロノロしていたシルビアたちが


「ピギィィ!!」


 とわめいたかは記録に残っていない。






 その翌日。

 喚いたかは知らんが五体満足で生きてはいたシルビア。


「今回の戦果は、ひとえに卿の武威に帰結するものである」


 皇国軍ルーキーナ基地司令官執務室にて、コズロフより叙勲されていた。


「おめでとう」

「おめでとうございます」

「おめっとさーん」


 式典ではないが、立ち会ってくれた元帥二人やリータ、イルミやシロナに囲まれ拍手。気分はシンジくん。


「今は戦場でこんなものしか用意できんが。他に要望があれば可能なかぎり対処する」

「では、私は乗艦を失ったので、リータと同じ艦に」

「あのなぁ」

「バナナントカが宇宙コスモスの草葉の陰で泣いてる」


 言い出した手前のコズロフと、当のリータがこのリアクション。

 だからこそシルビアも、ひと仕事したおかげで状況が好転したと手応えを感じる。


「なんのために卿らを引き離したか。これで元鞘になったら、オレがただ嫌がらせをしただけになるではないか」

「違いないや」

「ギャハハ!」


 笑っている元帥閣下二人だが。こいつらはコズロフと違い、逢瀬をスルーしていたのは忘れてはならない。

 それを知る由もない総司令官は、軽いため息とともに席へ腰を下ろす。



「それにだな。執念というのは大事だが、そろそろ子離れしたまえ。どのみち別れは近いのだから」

「は?」



 唐突な爆弾発言。思わずドスの効いた声が出るシルビア。『状況が好転した〜』とかいう手応えも霧散する。


「どういう意味ですか? 詳しい説明と、納得のいく理由があるんでしょうね? えぇ? ねぇ? えぇ!?」

「バーナード大佐! 元帥閣下だぞ!」


 静かに控えていたイルミの制止が飛ぶ。

 しかし当の閣下が、またそれを制する。


「これに関しては、どうしようもないことだ」

「何がどう」


 コズロフは苦虫を噛み潰したような表情で、デスクに両肘をつく。


「今回は年末年始に集まった、方面派遣艦隊指揮官を多く編成しての出撃だった」

「存じております」

「そのうえで我が軍は、兵力が半減するほどの被害を出した。これも分かるな?」

「はっ」


 改めて言われると甚大な被害である。

 軍の構造に疎いシルビアは、


『こちらは向こうのアマデーオ提督を戦死させた! でも元帥は健在! 兵力は拮抗していても、こちらの方が実質リード!』


 などと思っていたが、実情は言うほど好転していないのかもしれない。


「ゆえに我々は、早急に後釜を立てねばならん。ここで卿やロカンタン中佐が免除されるとは思うまいな? むしろそこのエポナの指揮系統に定着したミッチェル少将などより、よっぽど第一候補だ」


 これにはシルビアも、先ほどまでの勢いを失わざるを得ない。

 LOVE第一であろうと、現実の前には限度がある。


「再会どころか『事態が収束するまでエポナで雲隠れ』までひっくり返してしまう。このことについては、本当に申し訳なく思う。が、卿も軍人であり、組織人であるならば。ここは受け入れてもらうより他はない」

「……承知、いたしました」


 シルビアが絞り出した声から間合いを取るように。

 空気を変えるようにコズロフは前のめりの上体を伸ばす。


「ま、卿の艦についてはな。しばらくは戦闘がない。そのあいだに新しいのが届こう」

「ないのですか?」

「ない」


 返事をしてくれるだけ、メンタルはまだマシなのだろう、と。

 その事実に一瞬はホッとしたような閣下だが、すぐに少し忌々しそうな表情へ。

 誤魔化すようにハンカチでタブレット端末の画面を拭く。


「卿のおかげで戦力は拮抗したが。忘れてはならんのが、我々の目的は『敵艦隊撃滅』ではないことだ」

「あぁ」


 シルビアにも少し話が見えてくる。

 しかし閣下が答え合わせのまえに、用意された椅子へ着席を促すので、まずは従う。

 彼女が腰を下ろすと、コズロフは端末の画面を叩いて情報を確認したが。

 少しだけ首を傾げると、すぐにロック状態にしてしまう。


「よしんば艦隊戦で敵を撃滅しようと、いや、その自信は大いにあるが。残存戦力で、しかもそこからさらに被害を出したうえでは、『要塞攻略』は難しい」

「御意ですわ」

「しばらくはここで戦力の立て直しである」


 ため息まじりに首を鳴らす彼に、バーンズワースが腕組み顔を向ける。

 彼らもまた、すでに着席している。


「一時解散、とはしないので?」

「いや」


 コズロフは右手の人差し指と中指でデスクを叩く。

 例の右腕。完全に動かないわけではないようだが。

 動きは目に見えて


「皇帝陛下の勅命である……以上に。先日、同盟軍は『サルガッソー』を爆破、放棄している。これは非常なチャンスである。が、ここで一度解散して『またいつか』としていては。戻ってきた折には感動の再会を果たす羽目になるだろう」


 気を落ち着かせるためか、逆にやはり不利は覆されたと見て機嫌がいいのか。

 それとも単純に客へのかシルビア叙勲への祝いか。

 目的はいろいろあろうが、一つの事実として彼は棚からシェリー酒オロロソを取り出した。


 なんかもう、当たりまえみたいに日中から飲むわよね、この人たち。


 外国人だからなのか。もしくは日本人が作った世界の『洋画とかでイメージする外国人』か。


「だから我々はこの状況、この戦線を維持しなければならない。『100回叩けば壊れる壁を、99回で止める人が多い』とか言うだろう。99と100のあいだが少し長くなってもいいのだ。0にしてしまわなければ」


 なんか格言めいた言葉とともにグラスを渡されるが。

 彼女の脳内には、昼間から飲むことへの文化的忌避感。

 まともに聞いてはいなかった。

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