第86話 本日のお便りは、ラジオネーム『オレンジ』さんから

 そもそも『梓』の酒遍歴など。

 ビールと居酒屋の薄いハイボールやチューハイくらい。ワインもたまに仕事関係程度、年末年始祭で久しぶりに飲んだほど。


「うーぅ、飲みすぎたわ……」


 シェリー酒は酒精強化ワインというやつで、早い話度数高めのワイン。


 あのあと結局、進められるままに杯を重ねたシルビア。

 どのみちリータと引き剥がされそうな事実に「ヤケ酒じゃコラ!」となったシルビア。

「だったらやっぱり、いち早く出世してこの国の頂点に立って! 独裁人事でリータは私の専属メイドにしなければ! このさかずきはその景気付けじゃ!!」となったシルビア。


 廊下を自室へ向かうさまは、見事に忘年会シーズンの風物詩。

 体質は白人系とアルコールに強くなったはずだが、プラシーボか。もしくは喉が強い度数に慣れておらず、そちらが気持ち悪いのかもしれない。


 いつもならリータあたりに付き添ってもらうところだが、そこはコズロフの手前。


「大丈夫ですか?」


 今は介抱にシロナがいる。

 元帥たちは少し話があるらしい。

 敵が『サルガッソー』を再構築しようとしたら妨害ハラスメントを、などを詰めるらしい。


「あなたは日本人と違って……キチッとアルコールを断れる人間になるのよ……」

「は、はぁ?」


 さすがに主語がデカすぎる。

 その天罰か、彼女のダメージは加速していく。

 瞳孔も少し開いて、眩しくなってくる。

 なんとなく光の方を見ると、ガラス戸の向こうに庭が広がっており、ベンチもある。


「うっ、ねぇ、ちょっと」

「はい?」

「そこのベンチで、風に当たらせて」

「メンドくさいなぁ」


 二人はフラフラ進路を変えた。

 ちなみにシロナはシルビアを支えてはいるが。

 体格的にも力的にも頼りなく、逆に負担をかけているだけだったりする。






「あー、ちょっとマシ、かも、うーん」

「大人はカッコ悪いなぁ」

「あなたも大人になったら分かるわよ」

「みんなそう言う。呪いの言葉か何かですか」


 ベンチでぐちゃぐちゃになっているシルビアを見て、さぞシロナは


『自分はこんな大人にはなるまい』


 と思っていることだろう。

 が、どうせこうなるのだ。

 原因が酒かは別にして。


「時にはカッコ悪いことが、大人にとって大切なのよ」

「あっそー」


 特に中身のない会話が、また少し気を紛らわせる。


「あ、そうだ」


 が、彼女の方はこんな話、早いところ一区切りにしてしまいたかったのだろう。

 シロナは制服ジャケットの内ポケットから、


「はい、これ」

「何?」


 一枚の封筒を取り出した。


「大佐宛てです。シルヴァヌスのポストに届いていたので」

「そっちにいることになってるものね」


 裏面を見ると、差出人の名前はない。と同時に、蝋どめが割れている。


「軍の規定です。手紙は検閲しなければならないので。すみません」

「いえ、構わないわよ」

「お返事を書かれる時も、変なことは書かないようにね」

「分かってるわよ」


 改めて蝋どめを見る。サインがないということは。

 蝋どめに使われるスタンプは、上流階級ともなるとパーソナルデザインがあるという。

 正確には個人の家紋みたいな紋章があり、それが蝋どめにも使用される。


 この世界をゲームとしてプレイしていた時にもたびたびあった。

 第二皇子から贈られた懐中時計に『額にSを焼印されたヤギ』があったり。

 悪役令嬢シルビアの取り巻きたちが誇らしげに『ミントの葉』グッズを使ったり。


 つまり、それだけ見れば誰か分かる。「見れば分かるでしょ?」と言われる程度にはやり取りがある相手なのだろう。

 もちろん記憶リセット『梓』には判別不能だが。


 とにかく、今彼女に判断できることは、


 それだけ大事な相手なら、もっと頭ちゃんとした時に読みましょ。


 ということくらい。

 封筒をジャケットの内ポケットにしまう。

 視線をシロナへ戻すと、彼女は暇そうに遠くを眺めている。

 気分が悪いわけではないので、ベンチに座っていても暇なのだろう。

 シルビアもそれなりに楽になってきたので、いい加減解放してやることに。

 なおこの心の広さは、リータ相手には発揮されない。


「もう先に戻って大丈夫よ」

「えぇ? いいんですか? 私、カーチャさまに『しっかりお送りしろ』って」

「いいのよ。いてもいなくても変わらないから」

「帰る!!」


 激怒したシロナを「変わらないどころかキツかったし」と思いつつ見送っていると。


「あぁ、艦長! いらっしゃった!」

「あら、カークランド少佐」

「探しましたよ」


 今度は別の方角から副官が小走りで現れる。


「どうしたの、非戦闘時に。クルーが騒ぎでも起こした?」

「いえ、そういうわけではないんですが、『急ぎの用だ』と言われて」

「言われて。あなたが急いでいるわけではないのね」

「えぇ、まぁ」


 彼は不躾に隣へ腰掛けることはなく、ジャケットの内ポケットから


「艦長へお手紙です」


 封筒を取り出す。


「今日はまた、えらく手紙が届くのね。郵便船でも来た?」

「はぁ。なんらか、船自体は来たそうですが」


 封筒を裏返してみると、今度は蝋どめがそのまま。


「あら、検閲は?」

「ポストを通っていないので。上等なスーツの男に直接渡されまして」


 カークランドは副官としても人としても、それなりに折り目正しい男である。

 検閲する立場にないので、『人の手紙を勝手に覗かない』を優先したのだろう。

 おかげで原型を留めた蝋どめを眺めていると、


「あら?」

「どうかしましたか? もしや盗聴器かカミソリでも入っているとか!?」

「いえ、手触りがおかしかったとかではなくて」


 蝋どめのマークに見覚えが、いや。

 見覚えはない。

 が、何か引っ掛かる。


「オレンジの枝と、太陽……。あ、そうだわ!」

「は?」


 文章化してようやく気付く。

 乙女ゲーとしてこの世界に触れていた時、まったく同じ文字列を見たのだ。

 手紙が送られてくるシーンで、『オレンジの枝と奥に太陽の意匠』と。

 ノベルゲーで画像は出なかったので、思い出すのに時間がかかった。

 その相手こそ、


 妹である、ケイ・アレッサンドラ・バーナード。


 シルビアの判断は、


 あの子が急ぎの用事と言うのだし、これは早く読んだ方がいいわね。


 もしかしたら『実は父上が危篤』とか、外に漏らせぬ皇族の問題かもしれない。


「ありがとう、カークランド少佐。戻ってよろしいわよ」

「はっ。失礼いたします」

「さて」


 彼女は雑に封筒を破き、中身をあらためる。 


「あら?」


 そこに記されていたのは

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