第177話 臣、大いに語る

「大臣、あなたは自分の発言が分かっているのか……?」


 お耳に入れる程度、と緩めな前置きをしても。

 話題が話題だけに、皇帝のリアクションは堅かった。


 しかし。

 ガルナチョは小心の保身ゆえに、他人の顔色を窺う達人。

 その態度に多少の手応えを感じた。


 まず一笑に付さない時点で、多少話に引き込まれている。

 かといって『無礼者!』と激怒するでもなく。

 何より、



 心当たりがだな?



 もとよりノーマンはシルビアを恐れている。

 それゆえ彼女に対するマイナス評は、ギクリと来るものがあるのだ。

 ガルナチョがショーン派で立場が微妙なのはそうだが。

 実はシルビアとて新皇帝からすれば、気持ちのうえでは大差ないのである。


 彼は胸に手を当て、うやうやしく頭を下げる。

 どちらも印象がよくないなら、相手の前にいる自分の方が有利である。

 態度一つで意外と差はつく。


「重々承知しております。言わずにおれば、不敬のリスクを犯さずにいられることも」


 そのまま片膝をつく。これが関節の弱い老齢の身では、相手に特別いじらしく映るのだ。


「そのうえで陛下のおんために。命懸けで揺れる枯れ枝の忠義に免じて、どうか風の音をお聞きくださりませ」

「……」


 ノーマンよりの返事はない。

 止められないのであれば、風は噂を運ぶものである。

 彼は本題に切り込む。


「シルビア閣下が陛下の姉君あねぎみであらせられること。また、このたびの功労者であることも重々承知です。ですが、それにしても今回のユースティティアでの会談、独断専行。これは目に余りまする」

「それについては、一応許可申請があってのことだ。ほぼ決まっているから追認しろ、という感じは否定しないけれど」


 陛下の見解は歯切れが悪い。

 当然である。彼の言うことも書類上の事実だが、当時政治側が非常に困惑したのも事実なのだから。

 いかにシルビアが正しかろうと、いかにガルナチョが警戒されていようと。

 この一事に関しては、同じ感覚を共有している。


「狭い視点で見ればそうでしょう。が、もっと過去や未来を見通してくださいませ」

「何?」


 ガルナチョは大きく手を広げる。

 講談師を見ても独裁者を見ても、過剰なくらいが聞き手を引き込むのである。


「家は土地や土台を見るものです。『会談はうまくいった』という結果や、『申請はあった』という過程ではありませぬ。発端です。最初の萌芽を見るのです」

「最初」

「はい、陛下。いかに閣下が取り繕っていようと、最初にこの件は『勝手に画策されていた』。かつ『勝手に進められていた』。この事実は揺るぎませぬ」


「たしかに」や、「むむ」といった相槌。

 それらをノーマンが飲み込むのを、彼は感じた。


 隙を見せまいとしていらっしゃる。


 しかし余裕があればこの程度、我慢したり『相手に見せてはならない』などと思わない。

 同調しかかっているからこそ、否定のアクションを与えなければならないのだ。


「こういったことは外交省の管轄です。許可を取って始める以前に、まずもって越権行為。国家の組織、運営、縦割りを破壊し貶め、混乱を産む行為です。これを放置して、陛下の御ために力を尽くす忠節の士たちに、どう示しがつきましょう」

「ぅ……」


 ノーマンは気が弱く優しい。

 自身はともかく、他人の迷惑を言われると弱いようだ。

 椅子の上で居心地悪そうに身をよじる。


「そのうえ、かねてより横暴で鳴らしたシルビア閣下です。これがエスカレートしない、そんな保証がどこにありましょう」

「姉上を信じられぬのか! 余の意向を差し置いて、国家を乱すと言いたいのか! 大臣!」


 声を上げる陛下だが。

 ガルナチョの言が目に余った、癪に触ったということはない。

 ただ、ここで一発叱っておかなければならない、と。

 新皇帝としてにすぎないのだ。

 ゆえに小心者の彼でも、臆することはない。


「陛下は閣下の忠誠をお信じなさると」

「当たりまえだ! 姉上が余のために、どれだけ尽力なさったと思っている!」

「果たしてそれは陛下のためでしょうか」

「大臣!」


 相手がヒートアップしてきたので、ガルナチョは諭すような口調にする。


「よぉくお考えください。皇后さまのことを」

「クロエを?」

「はい」


 シルビアを庇う意思があるようだが、クロエを持ち出せば天秤は動く。

 ノーマンの勢いは一瞬で収まった。


「閣下はかつて、あれだけ執拗に、苛烈に皇后さまを攻撃なさっていたのですぞ」

「大臣の言うとおり、かつての話じゃないか。今は親友の一人して……」

「そうなったのは、追放され、命を狙われ。立ち場が弱くなってからです。そして今は、そうではない」


 ついに皇帝は返事をせず、口元を抑えるのみに至った。

 これ以上何かを言って、反論されるのを恐れたのだ。


 つまり、ノーマン自身が反論あたわないのだ。


「そのうえ、彼女は同盟に亡命していた時期がございます。そこでは大層厚遇されていたそうな。そういえばこのたびの会談も、閣下の危機に同盟が介入したことについての話し合いでしたか。ずいぶんと蜜月なことですな、敵国と」


 もう一押し、そんなワードがガルナチョの頭をよぎる。


「はっきり申し上げて。逆にこれだけの相手を陛下が、どうして信用なさるのかが分かりませぬ。敵とまで申しませんが、いつまでしているものでしょうか」


 ダメ押しのように語気強く区切ると、


「……大臣、あなたは、余に、どうせよと言うのだ」


 皇帝は力尽きたように呟く。

 完全に気力が折れている。

 自分で考えられなくなっている。


 あとはもう、ガルナチョの思うがままである。


「はっ、恐れながら。先帝のことをお考えください」

「ショーン、兄上か」

「御意。もちろん彼は人望なく、正しくなきがゆえに滅びましたが。その歯車が動いたのは、艦隊決戦に敗れたゆえです。力があって、そのうえに意義が立つ。なれば」


 彼は一歩前に出て、わざとらしく杖で床をカツッと鳴らす。



「いくら閣下が悪心芽生えようとも。力がなければ陛下には敵いませぬ。今の彼女には力がありすぎる。ですので今の立場を追うなり、それを削いでしまえばよいのです。父君が行われた『追放』というご聖断のように」



 ガルナチョが鼻から大きく息を抜くと、


「あなたの言いたいことは、よく分かった」


 皇帝は大きくため息。力なく首を左右へ振った。


「ははっ」


 我がなれり!


 頭を下げる動きで、ほくそ笑むのを隠す老爺だったが。


「姉さま」

「なっ?」



「姉さまはどう思われますか、ケイ姉さま」



 聞こえてきた言葉は、彼の足元を崩すような衝撃だった。

 ガルナチョが顔を上げると同時に、カーテンの影から現れた美しき女性は



「言語道断。論ずるに値しません、陛下」



 予想どおり、即座に足元を崩落せしめる。

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