第178話 皇女、大いに語る

「ひ」


 人払いしたはずでは


 そう言いかけたガルナチョだが、喉が引き攣って音にならなかった。

 しかし、その一音で何が言いたいのか察したのだろう。


 あるいは、相手は社交界の華にして、

『引っ込み思案の主人公をも生まれ変わらせた』

 コミュ力の化身。

 表情だけで読めたのかもしれない。

 ケイは向かい合う両者の中間あたりまで来ると、


「大臣、わきまえなさい。陛下にお人払いを迫るなどと。頼むのは勝手ですが、通るかは連帯保証人レベル」


 ピシャリとした一撃からのジョーク混じり。

 一瞬で、反論するまえから議論の、この場での優劣をつけられる。


 小心者の彼は見誤ったのだ。

 ノーマンこそ、かつて助けにきたシルビアに対してケイの後ろから出てこられないほどの。

 味方であるシルビアを、つい先ほどのようにすぐ恐れてしまうほどの。


 指折りの小心者なのである。


「まったく。建国記念式典の差配で忙しいというのに。よくもまぁここまで、くだらない話に時間をとらせてくださいましたね」


 そんな彼が驚くほどの、彼女にしては強い口ぶり。完全にガルナチョを切り捨てると。

 もう彼はノー眼中かのように、ケイはノーマンの方へ振り返る。

 それを待っていたように、彼は諮問しもんする。


「姉さま」

「陛下」

「あ。うん、そうだった。姉上」

「なんでございましょう」


 弟ではなく、皇帝としての応対を求められている。

『優しい姉さま』の印象ばかりなノーマンには、初めて見るようなON/OFF。


 それに少し気圧されたか、そもそもの発言内容か。

 彼の声色は少し重い。


「その、余は、大臣のげんも一理あると思うのだが。どうだろう」

「それはもちろん」


 ケイは意外にもあっさり頷く。

 が、誰かが何かリアクションを返すまえに、素早く切り込む。


「何事も誰も彼も、疑えばキリのないことでしょう。陛下は建国記念式典を行なうにあたり、皇后さまにお尋ねになられましたね。『誰に任せたものか』と」

「う、うむ」

「それで皇后さまは『社交界に明るい第五皇女はいかがでしょう』とご推挙なされた。陛下はこれを『皇后は、“新体制最初の建国記念をリードするのは第五皇女がふさわしい。彼女こそ皇帝であるべき”と考えている』とおっしゃいますか?」

「そ、そんなバカな!」


 思わずノーマンが椅子から腰を浮かすと、


「そう、バカなこと」

「うっ」


 ケイはそれすらもピシャリと叩き伏せる。


「国家のためと動いた結果、新皇帝がそのようなことでは。誰がついてまいりますか」

「うん、でも、臣がついてくるという意味では。今回の件は外務の仕事を割っている。彼らが働きやすくするためにも」

「その外務が職掌を機能しないから。戦争による地球側との国交断絶。外交が機能しなくなって何年経ちますか」

「うっ」

「ゆえに彼女が、方面派遣艦隊司令の職掌において行なったのです。それに罰則があっては、今後自身で判断し行動することを恐れる指揮官も出ましょう。1分1秒が結果を分ける戦場で、それがどれだけ致命的なことか」


 気弱な陛下を容赦なく黙らせたところで。

 ケイはそれ以上に完全沈黙したガルナチョへ目を向ける。


「もちろん最初に申し上げたとおり、大臣の言うことにも理はございます。というものもございますから、譴責けんせきのお言葉は必要でしょう。なんなら私が言伝ことづてにまいります。しかし」


 彼女は腰に手を当て、鼻から大きくため息をついた。


「あれほど功のあったバーナード元帥を、この一事いちじにて追いやるなどと。やりすぎです。『狡兎こうと死して走狗そうくらる』。この言葉をよき意味で引用した歴史家がおりましょうか」

「うん、いない。たぶん」

「そのようなことをしては、陛下を信じ功をなした者たちはどうでしょう。『次は我が身か』と怯え、新政権はすぐにも支持をなくしましょう。老ガルナチョの言こそ、国家大乱の序文と言えます」


 フォローされたかと思えば痛烈な追い討ち。

 老爺が小さい体をより縮こまらせると、


「であれば、罰せられるべきは大臣か」


 ノーマンも多少、詰められた鬱憤があるのだろう。

 グッと身を乗り出してくる。


「ひっ!」


 しかし、ケイはやはり心優しき人。

 慈愛のある視線を、怯える老爺に向けてやる。


「いえ。老ガルナチョとて、陛下への忠義により言わずにいられなかっただけのこと。ただ、年ゆえに判断を誤ることもあるというだけのことです」

「そ、そうか」

「何より『狡兎死して』というのであれば、彼にもそれが適応されてしかるべきです」

「うむ」


 もしかして、詰んだと思ったが命拾いした?


 少し緊張の解けた老爺。皇女はそちらへ歩み寄り、背中をゆっくり撫でる。

 と、同時、


 耳元に口を寄せ、小声で歌うように囁く。



「そう……走れる狗でも煮られてしまうのだから……判断を誤る、狩りのできない狗なんて……そうだ、走るといえば、老いた走れない競走馬は引退するそうですよ……無理して怪我して、まえにね……」



「ひぃっ!?」

「姉さま? 大臣? どうかしたの?」

「いいいいえいえ!!」

「なぁんにも? いひひひひ!!」


 ケイは笑顔で老犬の肩を叩く。

 ガルナチョもその場では、操り人形のように口角をあげてブンブン頷いたが、






 数日後。

 大臣アレハンドロ・ガルナチョは自ら職を辞し。

 辺境の星の天下り先へと、飛ぶように赴任していった。



 本当はケイもただの優しい姉、明るい社交界の華ではなく。

 悪役令嬢シルビア・マチルダ・バーナードの、妹なりの人間なのかもしれない。






 とにかく安心したのは皇帝ノーマンである。

 正直言って、彼はシルビアのことを信用していない。

 これは幼い頃から彼女を、弟という弱い立場で見てきたトラウマのようなもの。

 まぁ一般的姉なりにイジワルながら、特別何かの標的にされてきたわけではないが。

 それでも拭えない、仕方のないものである。


 だからこそノーマンには、ガルナチョの話が深く刺さっていた。

 小心で純粋、幼い人柄。一人で聞いていれば、コロッといっていただろう。

 よくないとは分かっていても。


 それを、大好きなケイが。

 この世で最も信頼している姉さまがバサッと切ってくれた。


 これでシルビアの幻覚やガルナチョの亡霊に悩まされず、枕を高くして寝られる。


 ケイ姉さまが言うのだ。

 まさかシルビア姉上も裏切ることはあるまい。

 このまえの同盟との会談も、ただ『これが一番いいと思ったのよ』と。

 いつもの独善的な暴走でしかないだろう。



 まさか、同盟と内通しているなどと……



 そう思って過ごしていたところに。






 ある日、ある知らせが届いた。


 シルビアが敵将アンヌ=マリー・ドゥ・オルレアンの死を。

 軍務に支障をきたすほどにいたんでいるということだった。

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