第194話 揃う役者と意外なゲスト
2324年8月19日。
「ついにバーンズワースくんと艦隊がカピトリヌスを発したらしい」
皇国軍ディアナ基地司令官。
カーチャが入ってくるなり放った一報は、場に水を打った。
起立して迎えたシルビア、リータ、ケイ、カークランド。誰も着席どころか身じろぎ一つしない。
夏の中天高くで最盛期のセミの声が、やけにうるさく聞こえる。
『梓』はこの世界に来たての頃、
「家畜ならともかく、なんで地球の虫や野生動物が遠い別惑星にいるのよ。設定ガバすぎるわよ」
なんて独りごちたこともあったが。
外来種がコンテナにくっ付いてくる以上に、意図的に持ち込んだ事例が多いらしい。
なんでも
『現在の地球環境では絶滅待ったなしの種は、いっそ未開発で環境の近い星で保全する』
とか。
本で読んだか誰かが言っていたか。
そんなどうでもいい記憶が、古い扇風機のようにカラカラ、シルビアの脳内を回る。
逆に言えば、分かっていても逃避が始まるような衝撃がある。
しかしカーチャも、そんな聞き手の様子を構ってはくれない。
「その総数、8艦隊3,150隻」
「あれ? 思ったより多くないね」
真っ先に反応したのは、軍人でもないケイだった。
「たしか、前回の内戦でこちら側が11艦隊3,100ちょっとでしたか。追討軍は17艦隊約4,500。そう考えると、たしかに」
カークランドの補足が入ると、なるほど幾分マシに聞こえる。
おそらく機会があれば明るい話題にしようと、ケイも数字を頭に入れていたのだろう。
彼女はこれ見よがしに砕けて、デスクのテーブルに腰を下ろす。
が、
「逆に言えば、構成する艦隊は大規模、精鋭が多めですね」
「そのとおり」
あごに手を当てるリータや、頷くカーチャ。
このクラスの軍人になると、捉え方がもう一歩シビアである。
しかも問題はまだある。
「あとはどれくらい増えるか、ね」
現状はカピトリヌスを出発した数にすぎない。
ユースティティアへの道中、合流する艦隊は未知数である。
結局蓋を開ければコズロフ艦隊より膨れ上がっている、というのもあり得る。
眉根を寄せるシルビアだが、
「それに関しては、安心していい、かもね」
カーチャの半笑いが心強くひくつく。
「バーンズワースくんがエポナから出頭し、辞令を受け、準備し、出発。このあいだに追討軍へ馳せ参じられる距離なのに、参加していない艦隊も多い」
「それはつまり」
「『無際限に増やす気はない』と?」
リータからシルビアのリレー相槌に、ケイが妙な笑顔を浮かべている。ペコちゃんみたいな。
比べて、本家半笑いは穏やかな顔。
「そう見ていいんじゃないかな。同盟への備えがいるし、あまり内戦なんかで全体を疲弊させるわけにもいかない。冷静な判断だ。バーンズワースくんさまさまってとこ?」
すると、ここまで難しい話題に黙っていたシロナも気が緩んだか。
ポロッと口を挟む。
「それにしても意外ですね。クロエさま効果で『私も私も』って、呼んでもないのに集まりそうなのに。あ、そういえば、こっちは誰効果でどれくらい集まったんです?」
キャンディボウルを抱えているのもあって、無邪気な絵面、何気ない発言。
しかし、
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「えっ、あれっ?」
急に場の全員が、黙って彼女から目を逸らした。
「あのー、えー、皆さま?」
シロナの困惑が強まると、逸らされていた視線がカークランドに集中する。
全員曰く『おまえが言えよ』
「えぇ……」
一瞬嫌がる
すぐに諦めて首を小さく左右へ振ると、咳払い。
「いいか、マコーミック初等兵。現在我々の戦力総数はな」
「あっ、なんか聞きたくない」
「5艦隊2,033隻だ」
「少な……」
「ごめんなさいねぇ、私効果じゃ人望が少なくてねぇ」
「姉妹揃ってねぇ」
「ぴいっ!?」
「ほらそこイジメるんでない」
姉妹の華麗な悪態コンビネーションでプレッシャーを受けたシロナ。
唯一庇ったリータの後ろに隠れる。サイズが足りていない。
しかしたしかに、空気が読めない小娘を詰めても状況は改善しない。
「どうしたもんかしらねぇ」
「うーん」
「今度こそお姉ちゃん
「何よそのブランド」
「それはほら、他ならんシルビアさまがアンヌ=マリー沈めちゃったから」
「あぁ……」
「あぁっ! バーナードちゃんが溶けたっ!」
人間は薬品でもないと溶けないとかは置いておいて。
逆に空気が完全に固まってしまった執務室に、
『失礼します』
ノックの音と、この場の何人かは聞き馴染んだ声が訪れた。
「どうぞ」
シルビアは
「久しぶりじゃない、イム大尉。元気そうで何よりだわ」
「はっ」
室内に一歩入り敬礼するのは、長きに渡り通信手として彼女を支えたエレである。
いつもクールで、しかし上官でも同期にはフランクな印象の彼女だが。
さすがにケイやカーチャまでいると少し驚いて固くなっている。
「楽にしなさい。要件は何かしら」
「はっ。基地通信部より報告書をお届けに」
見ると、その手には書類が握られている。
「おまえ艦長研修生だろ。いつ基地局勤めになったんだ」
「通信手の横の繋がりで、ちょうど顔出してただけよ」
カークランドにいつものノリで返したエレだが、一応相手は上官である。
ハッとしてカーチャの方を振り向くが、閣下は『気にすんな』のジェスチャー。
「オホン、というわけでございまして。手の空いていた小官が代わりに参上
「硬すぎ硬すぎ」
笑うカーチャとケイはさておき。
シルビアは書類を受け取りつつ、目を通すまえに尋ねる。
「で、内容は何かしら?」
「こちら宛てに発信されたメッセージを書き起こしたものになりまする」
「硬い通り越して煽り気味になってるじゃない。で、ラブレターの送り主は?」
軽いジョークで和ませてやろうとしたシルビアだが。
エレは一層背筋を伸ばし、緊張を露わにした。
「同盟軍提督、イーロイ・ガルシア名義です」
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