第195話 まさかの逆
「ガルシア提督から?」
少し抜けたような返事をしたのはシルビアだが。
鳩が豆鉄砲喰らったような顔をしているのは、エレ以外全員である。
「同盟側のヤローが? なんの用だってんだい」
「しかも彼はたしか、スムマヌス艦隊のはず。何故ユースティティアに?」
「そのガルシア提督って、前の戦いでお姉ちゃん助けに来てくれた人だよね?」
「もしかして本当にラブレターだったりするのですか?」
「シルビアさま早くお手紙読んで」
皇国でも上位と言っていい切れ者が集まっていても、それらしい答えは出ない。
このなかで一番ガルシアのことを知っているシルビアにすら、分からない。
まぁ彼女自身、ケバブと鹿人間動かしてた印象しかないのだが。
「たしかに読んだ方が早いわね。まさか本当にラブレターってことはないでしょうけど」
「あれでしょうか。シルビアさまの窮状を聞いて、亡命のお誘いでもくれたんでしょうか。アンヌ=マリー事件で怒ってないなら、それも手だけどー」
「リータちゃん、あんまりそこほじくり返すのはやめとこう」
「でも『城壁』のことがあるなら、St.ルーシェ乗り込んだ身から言うとさ。そういう手紙くれそうなのは、ガルシアより『赤鬼』のイメージだなぁ」
「ねぇカークランド。ケイ殿下もセナ閣下も、こんな気安い感じでいいの?」
「みんなこんなもんだ。真面目に考えるとミチ姉になるぞ」
「それでシルビア閣下。何が書いてあったのです?」
けんけんがくがく、結果を待ってりゃいいのにおしゃべりが止まらない人たち。
どころかシロナが急かすと、
「あらまぁ、なんてこと」
黙々と読んでいたシルビアは、会話の盛り上がりと対照的にポツリと呟いた。
動揺だとか、悲報に触れた様子はないが。
ただただ驚きがあるのは隠さない。
「どうしたんですか?」
リータの問いにも振り向かず、視線は文面を捉えたまま、
「亡命だわ」
「やっぱりお誘いでしたか」
「いえ、お誘いっていうか。
あっちが、亡命するのよ」
8月20日、19時32分。
「いらっしゃい」
皇国軍ディアナ基地、応接室。
シルビアがリータを伴い入室すると、
「おう、久しぶりだな」
『地球圏同盟』軍スムマヌス方面軍提督
だった男、イーロイ・ガルシアは、腕を組み椅子に座っていた。
「本当なら軍港までお出迎えしたかったけど、ごめんなさいね」
「いや、むしろ安心したわな。一応敵陣営なんだから、一旦は警戒しといてくれねぇと」
と、不機嫌ではないながら、静かに答える彼だが。
チラリとシルビアの斜め後ろに視線を向ける。
「の割りには、指揮官クラスの重要人物二人で個室に来るたぁ。あんたらの危機管理が分からねぇぜ。オレが自爆でもしたらどうするよ。そりゃもちろん、チェックは受けたが」
「あなたには分からないでしょうね。他の誰を何人付けるより、リータ一人が最高の護衛であると」
信頼感安心感を示すように。
シルビアは衝立てにもならない小さいテーブルを挟んでガルシアの正面。
相手にその気があれば、いくらでも危険な間合いに腰を下ろした。
「へぇ、あんなチンチクリンがねぇ」
ガルシアが特別侮辱の感情もない、だからこそ盛らず素直なコメントを述べると、
リータは無言で、壁に横向きで掛けてあった巨大ハルバードを手に取る。
「おいおいマジかよ……。あれ飾りとか人が持つの想定してないやつじゃねぇの?」
「飾りよ。だから当たっても切れないわ」
「撲殺されるわ」
「だから亡命を字面どおりにしたくないなら、体格の話はしないことね。あの子気にしてるし、何よりあのサイズなのが至高なのだから」
「今、後半おかしくなかったか?」
シルビアがおかしいのは平常運転なのでおかしくないとして。
ガルシアの軽口もおとなしくなったので本題に入る。
「それで。通信にもあったけど、亡命っていうのは?」
「あぁ、ちとマズいことんなってな」
「そう書いてあったけど、あなたほどの人物が亡命するほどマズいって? ステラステラの戦いに呼ばれるほどのあなたが」
「そうさなぁ」
彼は少し居住まいを正す。
座り心地がというよりは、切り出すのにワンクッション置いた感じ。
「話せば長くなる、たぁ言わねぇけどよ。あんたにとって耳障りはよくないかもしれん」
「そう」
そんな前置きをされては、シルビアも少し身構えてしまう。
今度は彼女がワンクッション、ブレイクを挟む。
「そうだわ。何か飲む? お客さまにお茶の一杯も出さないのはね。何かリクエストはある?」
「じゃあうまいコーヒー淹れてくれ。フルシティローストでミルクはなし、角砂糖一つ。豆の種類はなんでもいいぜ」
「こだわりがあるんだかないんだか。こんな時間にカフェイン入れて平気かしら?」
「いい軍人はいつでも寝れていつでも起きれるもんだ」
「あと、私コーヒーこだわってないから。そんな都合よく、フルボディ?」
「フルシティ。赤ワインじゃねぇんだから」
「ローストとかあるか分からないわよ?」
「まぁいいさ」
アンヌ=マリーの影響で多少頭が赤ワイン党なシルビアだが。
相手が飲まないのにガブガブやるほど酒好きでもない。ココアにしておく。
リータは席にも着かないし飲み物もいらないらしい。
せっかくドリンクを注文したので、話はそれらが届いてから。
しばらく『最近どうよ』的な話で繋ぐ。
ガルシアはアンヌ=マリー追悼式典の話をし、写真も見せてくれた。
やがてコーヒーとココアが運ばれ、お互い一口喉を湿らせると、
「じゃあそろそろ本題に入ろうかね」
彼はテーブルに両肘をついた。
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