第196話 同盟狸合戦ボコボコ

「そうだな、何から話すか」


 長くなるとは言わない、と聞いていたが、複雑な話ではあるらしい。

 ガルシアは数秒視線を右上に向けたあと、


「皇国軍はよ。貴族出身の高官も多いから、軍閥ってのがガッツリあるらしいが」

「えぇ、そうね」


 シルビアも詳しいわけではないが。

 かつてバーンズワースが宰相シーガー卿を断罪できたように。

 少なくとも自衛隊と政治家みたいな上下関係はないものと思われる。


「でも同盟軍は文民統制、政治家の下についてる組織なのよ」

「へぇ。じゃあ名提督といえど、あなたも案外立場が強いわけじゃないのね」

「残念ながらな」


 そこは軽く流したガルシアだが。


「だからこそ今、少し厄介なことになってんだ」


 続く声はやや低くなる。


「どんなふうにかしら?」


 相槌に彼は、少しになる。



「同盟軍が二つに割れてんだ。政治家派と、ゴーギャン派に」



「ゴーギャン閣下なのね」

「あぁ」


 ガルシアは乗り出した体をに納める。


「もちろん軍部の暴走ってのはあっちゃあならねぇ。だから文民統制ってのが、民主主義くらい安心と信頼のブランドなのは分かる。でもよ」


 彼はヒートアップするまえに心を落ち着けるよう、コーヒーに角砂糖を落とす。

 甘党なのかとか注文したわりに使わないとか思っていたシルビアも納得。


 ガルシアはコーヒーを一啜りすると、苦味を吐き出すようにため息をつく。


「現場を知らねぇ連中に、無茶振りみてぇな口出しされる方のストレスも。まぁ分かってくれるだろ?」

「そうね。私もつい最近逆の立ち場でやって怒られたところよ」

「何してんだよ」


 ツッコミを入れつつ。今度はココアを飲む相手の喉が動くのを待ってから、彼は続ける。


「そんなオレらのリーダーが、ゴーギャン提督だ」

「お酒奢ってくれるから慕われてるわけじゃなかったのね」

「あぁ。ベテランだけあって功績は山盛りだし人脈も広い。下手な政治家より基盤が強いのよ。だから本来オレらが逆らえないような決定も、ある程度はあの人が傘になってくれた」


 かつてアンヌ=マリーのような、『上にせっつかれても外征しない』。

 こういったものも、彼女自身の頑固さだけで勝ち得ていたのではないのだろう。


 そこまでできるなら、コズロフ閣下とあの子の一件もなんとかしてよ


 と思わなくもないシルビアだが、


「で、オレたち提督の中で有力な連中もゴーギャン派。だから軍部は大体ゴーギャン派。こうなると文民統制なんてのは、政治家連中が言うところの『不正はなかった』と同じだ」

「言えてるわね」

「そこで連中が、『ゴーギャン派ではない軍部の柱』として求めたのが」

「あぁ」


 ちょうどその答えが与えられる。


「どうりで亡命してすぐのコズロフが、提督に擁立されるわけね」

「そういうこった」


 軍部への無茶振りは政治家内にも眉をひそめる人はいるだろう。

 が、『自分たち側の人物を立てる』は、一丸となって推してくるだろう。

 また、有能な人物にふさわしい地位を与える。そのことに関しては、鷹揚なゴーギャンも反対するとは思わない。

 あれはそういったことが重なった結果なのだろう。


 彼女の頭の中で全てが繋がった。

 しかし、それではまだ疑問が残る。


「だとしても、それだけで亡命するほどあなたの立ち場が変わったりする?」

「おう。もちろんそれだけじゃねぇ」


 話題が話題だけに喉が渇くのか。

 湯気の立っていたコーヒーを飲み干したガルシアは、背もたれに沈み腕を組む。



「ドゥ・オルレアンがコズロフの副将にされた口実、知ってっか」



「……えぇ」


 彼女の運命が変わってしまった

 シルビアとて忘れはしない。

 コズロフに直接聞かされたし、何より、


 という強い自覚と後悔がある。



「私と仲よくしすぎたせいで、内通者みたいな扱いを受けたのよね」

「あぁ」



 ガルシアもゆっくり頷く。


「ステラステラに集まったオレたちに共通するポイントだからな。特にこのまえのおまえらの内乱への介入。ありゃ同盟側からしてもグレー、リスクリターンも釣り合わねぇ」

「でしょうね」

「やりたがったのはドゥ・オルレアンやカーディナルだが。認めたのはゴーギャン提督だ。閣下を追及にするにゃあ、ここぞの武器だぜ」

「コズロフは私に敵対しているから。彼を推す意味でもご機嫌取りでも、ちょうどいいでしょうしね」

「つーこった」


 彼は空のマグカップを手に取り、中を見てテーブルに戻す。


「お代わりいる?」

「いや、いい。しかもドゥ・オルレアンはオメェと戦って死んだろ?」

「えぇ」


 シルビアからすれば触れられたくない記憶だが、避けては通れない。

 だからガルシアも、彼女が傷付く暇を与えずに話を進める。


「あれも仕掛けたのはこっち側だが。政治家連中の印象操作もあって、おまえのせいみたいになってる。『シルビア・バーナードは友好的なフリして結局裏切る』ってな」

「あらやだ」

「『そいつらと仲のいい提督連中はどうなんだ』って文脈よぉ。そうなると軍人の中にも見方が変わるやつぁいる。内情知らねぇ国民やマスコミなんかだ」

「それで亡命するに至った、と」

「あぁ。いつの間にか、ドゥ・オルレアン死なせたコズロフより後ろ指刺されるしな。当て付けも否定しねぇが、あのままいても向こうが躍起んなって悪化するだけだ」

「なるほどねぇ」


 思うところはたくさんある。

 何より、自身が運命に翻弄される一方、他者も自身との関わりで運命が変わる。

 そのことを痛感させられる。


 しかし、今それを考えても始まらない。

 ココアがなくなったのをいいことに、



「まぁ、何はともあれ。歓迎するわ、イーロイ・ガルシア元提督閣下」

「痛み入るぜ」



 握手して、愉快でもない会話は切り上げることにした。


「それじゃあ、お部屋に案内するわ」

「そこまでしてくれんのか。助かるねぇ」


 控えていたリータがドアを開け、それに合わせて腰を上げると、


「お、そうだ」


 ガルシアが世間話でも切り出すように、何気ない声を出す。


「何かしら?」

「そんなこんなで亡命したわけだけどよ。もちろん同盟も、あっさり見逃すほど安い組織じゃねぇ」

「まぁ、それはそうでしょうね」

「ちゅーわけでな」


 声の割りに軽くはない話題だが。

 彼はニヤリと笑った。



「オレを追って、カーディナルが派遣されてる」

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