第90話 敵なんですよね?

「それで近寄ったら、窓からラッコみたいにしてる君が見えてね」






『救助だ! 乗り込むぞ!』

『しかしカーディナル提督! トラップの可能性が!』

『安心しろ! あの女は、そういうことだけはしない! 僕に続け!』






「そう、なのね。助かったわ」


 ジャンカルラたちが乗ってきた艦艇内。

 救助されたシルビアは、仮眠ベッドに座っての顛末を聞いていた。


「君とはよくよく、突飛なシチュエーションで出会うな」

「そうね」


 オプスでのことがあったためか、向こうはすごくフレンドリー。謎の信頼すら勝ち得ているが。


 正直、私はトラップだろうと『なんでもする』と誓った人間よ。

 なんかゴメンナサイね……。


 少し気まずくて、相変わらず真っ直ぐなジャンカルラの視線から目を逸らす。

 誤魔化すようにスポーツドリンクのストローをジュゴーッと鳴らすが。

 これもジャンカルラが完全に好意でくれたもの。申し訳なくて味がしない。


「で、何があったんだ? 聞かせろよ。世間話としても、尋問としても避けられないことだ」

「少し長くなるわ」

「ほう」


 彼女は口元に拳を持ってくると、


「だったら、先に少し休むといい。見たところ怪我もなけりゃ病んでもなさそうだが、漂流してたんだ。消耗はしてるだろ。心身とも」

「それは、そうかもしれないわね」


 状況で言えば、敵の艦船に収容されているというこのうえないピンチ。

 しかしシルビアにとっては、最悪は脱し久し振りに人とも会話。

 逆にリラックスすらしており、だからこそ鉛のようなダメージも感じる。


「ひと眠りするといい。寝れないなら瞼を閉じて横になるだけでも。それでも案外回復するもんだ」

「らしいわね。それならご厚意に甘えさせてもらおうかしら」

「もちろん、見張ってはおかないといけないから。完全プライベートとはいかないけどね」

「贅沢言わないわ。なんならむしろ、手を握ってほしいくらいよ」

「添い寝して腕枕しようか?」

「ノーセンキュー。意外とナンパなのね」


 内容の傾向に本人のセンスはあるにしても。

 気遣いだろう。優れた上官はジョークが使える。

 そんな、バーンズワースやカーチャに似た温度を感じて。


 シルビアはゆったり意識を手放した。






「えぇ……? 『お墓参り行ったら増えて帰ってくる』って、どこのホラー映画?」

「別にいいでしょう、ゴーギャン提督。軍人やってれば稀によくあることだ」


 ようやく心の底から寝ついたシルビアだったが。

 艦がステラステラ要塞に帰投し、割りとすぐに起こされた。


 今は両手を手錠で戒められ。

 右にジャンカルラ、左に知らないフランス国旗さんで司令官室に連行されている。

 目の前には、背もたれに堂々沈むドイツ国旗。

 本来ならド緊張すべき場面なのだろうが。

 右も左も正面も、


 万国旗だわ……。万博スタッフ?


 その奇抜なデザインのせいで、ちょっと気が抜ける。

 以前戦場でニアミスした際、ジャンカルラのジャケットはチラ見えしていた。

 しかしまさか、所属によってここまでバラエティに富むとは。


 それともう一つ。


「怖いねぇ。アンヌ=マリーちゃん、お祓いとかできる?」

「できたらとっくに、そこの煩悩悪魔から浄化していますよ」

「カーディナル提督のことかな?」

「ゴーギャン提督じゃ仕方ないな」

「両方です、おバカども」


 ゴーギャンって、あのゴーギャンよね?



 あの『サルガッソー』を作り上げた、コズロフ閣下が強敵とおっしゃっていた……



 その脅威の相手がこう、娘くらいの歳相手にヘラヘラと。

 女子サイドも遠慮なくバチボコと。


 気安い感じの元帥は、皇国にもアレとかコレとかいらっしゃるが。

 敵の恐るべき親玉がこういう感じで出てくると、やはり面食らう。


 そんな戸惑いの連続が、彼女に緊張する余裕を与えないのだ。


 と、「それならば」と気遣ったわけではあるまいが。


「で、そこの名無しの権兵衛ジェーン・ドウちゃんは」


 ゴーギャンが鋭い目つきでデスクに身を乗り出す。


「亡霊でも二人の赤ちゃんでもないなら、いったいどういう経緯でここに来たのかな?」


 シルビアの肩に、目に見えない何かがズシッとくる。

 いつでも余裕の軽口とはまた違う、軽口のまま圧を出せるというメンタル技術。


「まぁスパイなら全部意味ないだろうけど、一応聞かせてよ」

「は、はい」


 若い元帥方とは違い、老獪な顔立ちの演出もある。

 実際にスパイなわけでもあるまいに、彼女がたじろいでいる一方。


「ジェーン・・オルレアン、僕が婿養子になってるのか」

「嫁入りの発想はないんですか。どっちみちお断りですけど」

「君が産んでね」

「残念ながらこの身は主に」


 シルビアとほぼ同い年くらいだろう提督たちは、のんきなご様子。

 この圧が自分たちに向いていないということはあろうが。


 やっぱり、本物は胆力が違うわ。


 戦果を上げるだけでは追い付けない、『戦士』の積み重ねを感じた。

 そうでなければ、ゴーギャンがあまりにも尊敬されていないことになってしまう。

 が、今までのやりとりをかんがみると。

 なんかそれだけの気もするシルビアであった。






 同盟の風通しがよすぎる職場は置いておいて。

 シルビアは自身に起きた一連のことを話した。

 追放同然で入営させられ、そこから命を狙われる日々だったことから、一から。


 結果、提督方は、


「いやぁ。君たち、またドエラい大物拾ってきたね。ニュースで見た顔だとは思ってたけど」

「皇女と同じ名前だとは思っていましたが、まさか本人とは」

「知らなかったなぁ」

「何故顔も名前も知っているあなたが思い当たっていないのですか」

「普通そうじゃない前提で考えるだろ。そんなことあると思わないじゃないか。ミドルネームまでは名乗らなかったし」


 当初の目的とは違う方に食い付いてしまった。


「でもこいつだって、本人じゃないかもしれないだろ」

「よりにもよって皇女など、そんなすぐバレる嘘をつきますか?」

「どうだろうねぇ。裏を取ろうと考えたら、逆にあれほどセキュリティが硬い場所もない。案外手かもしれないよ」


 スパイ容疑だったはずが、まず『本物の皇女か』という一歩手前にズレている。

 ガチ尋問も嫌に決まっているが、こう、抜けた会話をされていると。

『おしゃべりからのアウェー』感。

 数時間まえまで孤独に苦しんでいたのに。

 今度は人がいるゆえの居心地の悪さを感じるシルビアであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る