第91話 ピンチのわけと救世主

 結局その後、


「ちょっと情報量が多すぎるね」


 ということで、


「ほら、とりあえずここに入ってて」

「やだ、狭くて薄暗い」

「何言ってんだ。看守ルームサービスが常駐してる、高級スウィートだぞ」


 諸々の判断はあとにして、営倉の独房へ。

 ベッド洗面台トイレ小さい机しかない絶望的空間。



 あれから数十分。

 ジャンカルラたちはまた話し合いがあるということで去っていき、一人。

 最初こそ独房と鉄格子の新鮮さにキョロキョロしていたが。

 それもそのうち飽きてくる。


 何もできやしないシルビアは、適当にベッドへ転がり思考を巡らせた。


 なるほど、そういう企みだったのね。


 今回の手口、単なる漂流が狙いだったわけではないらしい。

 ジャンカルラが語っていた、を見越した警戒。

 先ほどされていた、スパイかどうかという談義。


 とにかく、流れで同盟サイドに殺害されることを狙ったのだろう。

 犯人がショーンと分かった今思えば、元帥府、訓練、そもそも戦場へ飛ばすなどと。

『王宮』には汚れがつかないようなやり口を狙われていた気がする。

 年末のボカージュでのことは、どうだろう。なんとしても年内決着をしたかったのか。


 実際の考えは分からないが、彼女は今こうして同盟の手に落ちている。

 幸いだったのは、同盟側が案外理性的だったというか。短絡的ではなかったこと。

 どころか彼女を信頼し、救助・保護までしてくれた。

 救世主ですらある。

 もちろん今後の話し合いの結果、「やっぱ死刑☆」とか言われる可能性はある。



 にしても、まんまとつかまされたわね。


 一応雲隠れはしていたが。

 まぁそれに関しては、リータとイチャイチャしすぎて無意味だったのは分かる。

 後悔してももう遅い。

 というか、助かったからこそ言える結果論ながら、そんな後悔してない。


「あぁっ!? ここじゃリータに会えないっ!!??」


 やっぱりすごい後悔している。


 というのは置いておいて。

 雲隠れがバレていたのはいいとして。


 気になるのは手紙が届いた経緯である。


 副官のカークランドから手渡された手紙。そのカークランドも向こうから手渡された手紙。

 中身が検閲されないよう、通常の経路を避けたというのは分かる。

 が、問題は。


 私がエポナ所属になったのがバレてるのは仕方ないとして。

 カークランドに手紙を託す=『陽気な集まりBANANA CLUB』にいることまでバレてるなんて。



 まさか、誰かがバラした……?

 あんなに気のいいクルーのみんなが……?



 疑心暗鬼に陥るシルビアだが。

 彼女の脳裏にふと、ある一幕が蘇る。

 それはやはり、いろいろ破綻する元凶になったリータとの愛の日々。



『ねぇリータ! 見て! これ、バナナーノっていうんだけど!』

『だっさ』



 私のせいだわ!!



 普通に乗艦特定可能な情報を、食堂でベラベラしゃべっていた。


 ごめんなさい、みんな疑ってごめんなさい……。


 シルビアが罪悪感でウネウネしていると。



「よぉ、お姫サマ。そんなにベッドでモゾモゾして、欲求不満か?」

「ひひっ」



 不意に格子の向こうから声が掛けられる。

 反射的に目を向けると、二人の看守がニヤニヤとこちらを見ていた。


「な、何よ」


 下品な内容以上に。

 声の響きそのものに、性的不快感を与えようという悪意が滲んでいる。

 吐き気のするような湿度で、全身を撫で回すような視線。

 前世の現代日本でも感じないことはなかったが。


 軍隊で。逃げ場のない牢屋で。囚われの弱い立場で。


 重なりに重なった悪い条件が、恐怖を二倍三倍に跳ね上げる。


 そのリアクションが欲しかったのだろう。向こうは実に楽しそうに言葉を交わす。


「なぁ。オレ、高貴なご身分のオンナっての、抱いたことねぇんだけど」

「当たりまえだろ、オレらゴロツキが」


 男の視線が、壁際へ逃げたシルビアを追い掛けるように合わされる。


「やっぱお姫サマのカラダってのは、極上なんかねぇ?」

「ひっ!」

「バーカ。夢見すぎだろ。女神でも売女ばいたでも、オンナはオンナだ」

「ちぇっ。でもまぁ」


 チャリ、と音がした。

 絶望の音。

 何をする気か理解したくはないが、取り出された鍵束。


「オンナなりには楽しめるか」


 そのうちの一本が、鉄格子の鍵穴に宛てがわれる。


「やっ……」

「ま、それもそうだが」

「んだよ」

「おエラいさんは婚前交渉とかしねぇもんだろ?」

「あー」

「そこらの商売オンナよりは、初物なりの具合なんじゃねぇのか?」


 鍵が、カタン、と音を立てる。


「こっ、来ないで」


 鉄格子がガシャカシャと横に開き、


「でもあれはあれで、イテェイテェうるさくて萎えたりしねぇ?」

「そりゃオメェがヘタクソか愛されてねぇんだよ」


 男たちが房へ入ってくる。


「やめて、やめて!」


 シーツを体に引き寄せ、枕を投げつけるも、男たちは意に介さない。

 そのまま上着を脱ぎながら、


「暴れるともっと痛いぜ!」

「いやぁーっ!!」


 シルビアの両足を引っ張り、無理矢理ベッドの中央へ。

 もう一人が頭の方へ周り、両腕をバンザイに押さえ付ける。



「誰かぁーっ!!」



 ジャケットのボタンに手が掛けられたその時。



「はぁ〜い、誰かだよ〜」



 廊下の方から、低い男の声がする。

 先ほど司令官室で聞いた声。


 と同時に。

 カツコツと複数人の軍靴が近付いてくる音。


「よう、おまえら。楽しそうじゃねぇか」


 これは知らない若い男の声。


「僕らも混ぜてくれよ」


 指をパキパキ鳴らす、これはとてもよく知っている声。


「その、相手を押さえ付ける格闘技の方ですが」


 記憶より断然低いが、これも司令官室で聞いた声。


 廊下を向いた男たちが、さっきまでのテンションは微塵もない声で呟く。


「ひっ」

「提督、閣下、方」


 軍靴は彼女の独房の前で止まる。

 押さえ付けられ、男と被って見えづらいが。


 そこには鬼の形相をした、三人の男女が。


「同盟軍の面汚しが」

「殺すぞ」

「御足に接吻せよ さもなくば主は怒りを放ちて、なんじらは道に滅ぶでしょう」


「ひ、ひ……!」

「も、申し訳……」


 情けない懇願を絞り出す二人だが、そこに一歩遅れて一人加わる。

 紛れもない、総司令官である。

 彼は退屈そうに後頭部を掻いた。



「『ごめん』で済んだら、僕もこんな仕事してないんだけどねぇ」



 その言葉を合図に。

 手袋をした人の拳とは思えない、鈍い殴打の音が響き渡った。


 やはり彼らは救世主かもしれない。

 多少暴力的なのは否めないが。

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