第92話 亡命者歓迎食事会

「ったく、油断もスキもねぇスね」

「話進まないから早めに切り上げてよかったよ」

「おぉよしよし。怖かったですね」


 暴漢どもはどこかへと連れ去られ、平和になった独房。

 シルビアはアンヌ=マリーの腰にと抱き付き、頭を撫でられている。

 聖女というか聖母というか、ママ。


「ごめんねぇ。ウチのが躾なってなくてさ」

「ゴーギャン提督は帰った方がいいんじゃないですか? 顔がもう婦女暴行だ」

「ひどくない?」


 ジャンカルラは本気なのか和ませるジョークのつもりかは知らないが。

 どっちみちシルビアは顔をうずめているので、あまり関係ない。


「それにしても、男性は怖いとして。顔見知りの僕よりアンヌ=マリーを選ぶとは」

「人間の出来が違うのですよ」

「僕がイケメンすぎるから」

「ガルシア提督。そのおバカどもをさっさと追い出してください」

「やっぱりオジサンは顔でダメなのね……」


 悲しそうに首を振るゴーギャンだが、立ち去る様子はない。

 むしろベッドの上で潰れている彼女と目線を合わせるようにしゃがむ。


「そんなこんなで悪いんだけどさ。ここはもう出ようか。いたくないだろうし、大事な話もあるんだ」






 提督4人という、すれ違う同盟兵が皆ギョッとしてから敬礼する護送体制。

 母国を出て初めて皇女なりのVIP待遇でシルビアが通されたのは。


「ここは」

「将校サロンの、提督クラスしか入れないランクさ」


 古い遺跡か宮殿のような空間。

 天井はガラス張り。そこらじゅうに花が植えられており、どうやらフロア全体が水路の上にある。

 南国風な背の高い植物もあり、隠れるようにキッチンとカウンターバー。あちこちに大小のテーブルと座席。奥には数段高い床にグランドピアノ。


「私は提督どころか同盟軍人でもないけど、入っていいの?」

「構わないさ。よく副官とかもお供で入ったりするし」


 ジャンカルラにエスコートされ、大人数で座れる席へ。

 ゴーギャンがカウンターバーをあごで指す。


「ドリンクでも軽食でも、お昼ご飯でも。なんでも頼んだらいいよ。ここは僕が持つから」

「あっ、はぁ」

「というわけで僕は黒ビー」

「ウエーター。この人にはホットミルクを。あとメニュー表をいただけますか」

「手厳しいね」


 どうやら同盟では昼間からの飲酒は止められるらしい。もしくはゴーギャンに限っては。

 シルビアが意外に充実した内容へ目を通している周りで。提督方は頭に入っているのだろう、着々と内容が決まる。


「オレはピラフ大盛りかな。そっちは?」

「改めましてバーナードさん。私はアンヌ=マリー・ドゥ・オルレアンと申します」

「待て、それじゃオレの名前が『ピラフ・大森』みてぇじゃねぇか!」

「ピラフはイーロイ・ガルシア提督です」

「ピラフ!」


 ちょうど話を振ったのと自己紹介が被ったらしい。

 メニューに集中できない。


「私はグラタンと食後にミルクティーをいただきましょうか」

「僕はチョコレートとエスプレッソにしようかな」

「あら、カーディナル提督って意外と少食なのね」

「さっき散々フライドチキン召し上がってたんですよ」

「あぁ」

「別に僕らは気にせず、ゆっくり決めたらいいからな」


 ジャンカルラは優しく微笑むが。

 どのみち、いつまで経っても決まりそうにない。オススメのカツサンドとブレンドコーヒーにしたところで。


「じゃあそろそろ、君の扱いについて話そうね。メンタルも回復したようだし」

「あっ、はい。そうですね」


 やはり、基本知らない人で、年がずいぶん上で、敵で、親玉で。

 どうしても返事がコミュニケーション弱者みたいになってしまう。

 だが、向こうは向こうで、しょぼくれた顔。ホットミルクを両手で包んでいる。

 威圧感自体はない。


「まず、君の立場についてなんだけどね?」

「はい」

「今『亡命者』ということに決まりました」

「今? 亡命?」


 雑だったり意外な言葉だったりが急に出てきて、オウム返しになる。ますますコミュ弱っぽい。


「チョコレートとエスプレッソ、ブレンドです」

「あ、追加注文いい?」

「む」

「睨まないでよアンヌ=マリーちゃん。お酒じゃないから。ナポリタンちょうだい」


 この時代にナポリタンが生き残って、外国人の食卓にのぼるとは。


 そういえば一定以上の年齢層の男性社員は、みんなナポリタン好きだったわね。


『梓』がのんきに思い出していると、ゴーギャンが両肘を突いて軽く乗り出す。


「君の話を聞いてね? 『これは捕虜なのか、命を狙われた末の亡命なのか』っていうのが困ってね? ほら、一応皇女殿下だから。敵対国でも扱いはデリケートだから」

「はぁ」


 皇室の認識として、自分がその列にいるか怪しいのは黙っておく。

 苦いのは喉に流し込んだブレンドコーヒーだろう。


「でも今亡命に決まった。だから君は捕虜じゃないし、もう独房に戻ることはない」

「よろしいんですか? そんな好待遇」


 彼は割と美味しそうにホットミルクを啜ると笑った。


「むしろこちらが助かるんだよね。君が捕虜だった場合、さっきの一件は『同盟軍兵士が捕虜を虐待した』国際問題。条約違反でもあり、道義的批判が起きる。でも『亡命』なら」

「ピラフ大盛りです」

「ゴーギャン提督。ご馳走んなります」

「どうぞどうぞ。で、亡命だと。『この国の一員になった人が、普通にこの国で犯罪に遭った』だけ。まぁ厳密には同盟は一つの国じゃないけど」


 例えるなら、日本人が日本人を殴ってもただの暴行事件だが。

 日本人がアメリカ大使館職員を殴ったらニューヨーク・タイムズが黙ってない、と。

 そういうことなのだろう。

 何も『ようこそ歓迎します!』で捕虜免除ではないらしい。


「うめぇ〜」

「グラタンとカツサンドです」

「ありがとう」

「ここまでで質問あるかい?」


 ガルシアがピラフをかき込む隣で、敬虔な信徒による食前のお祈りがスタート。

 ゴーギャンも邪魔しないよう少し声を小さくする。

 たぶんジャンカルラは口の中で、熱いエスプレッソでチョコ溶かして遊んでいる。


 雰囲気がフランクなので、シルビアもダメ元でデリケートなことを聞いてみる。


「あの、捕虜でないのなら。私を皇国へ帰していただくことはできませんか?」

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