第143話 怒れる血

「敵艦隊旗艦! 熱源反応が急遽倍増!」

「早速例の新機能を使ったか! 構うな! 目標、リーベルタース艦隊! 他には目もくれるな!」






「狙うはコズロフ閣下! 早めにご退場いただくわよ!」






「全艦、斉射ッ!!」






ーっ!!」



 またしても交わされる暴力の束。

 この光景を、シルビアは何度見たことだろうか。

 この世界の人間たちは何度繰り返しただろうか。

 彼女が前世を生きた現実世界では有史以来、人が一生に飲む水以上の血が流れただろう。

 そこから300年戦争をしたこの世界、人が一生に使う水以上の涙が流れただろう。

 それ自体の是非を、今さら彼女がどうということはできない。


 だが、


「『J』! 前に出なさい! 前へ! 前へ!!」

「艦長! いやにやる気だな! お得意の『指揮官率先』かい!?」

「たしかに本艦は最新の防弾チョッキ搭載! 今回ばかりは安心ですな!」

「多少はね! 限度はあるわよ!」


 じゃあなんで前に出るんだよ、とカークランドは引き気味の顔をする。


「艦長! ただいまの砲撃で、艦隊の7パーセントが損害! 『戦いの旗ジョリーロジャー』級6隻轟沈2隻大破、『剛弓Longbow』級7隻……」


 エレから矢継ぎ早に告げられる悲報に、彼の顔はますます険しくなる。


「やはり初撃はお互い万全だけに、よく持っていかれますな。艦長、やはりここは落ち着くまで自重するのが賢明かと」


 他ならぬシルビアが、最新の防御機構とて万能ではないと断じたのだ。

 副官の意見はこのうえなく正しい。

 彼が知るよしもないが、敵将コズロフも彼女こそを切り捨てるのが目的。

 結果論からもストライクゾーンの真ん中、ボードのブルズアイを捉えている。

 しかし、


「あなた、戦艦大和やまとって知ってる?」

「は?」


 返ってきたのは、意味不明な問い。

 会話のキャッチボールで言えば大暴投、隣のプレイヤーのボード。


「第二射、来ます!!」

「こちらもいけるわね? 撃ーっ!!」


 近くで誰かがやられたのだろう。破片を受けたか艦橋内が微細に揺れる。

 正直禅問答じみたやり取りをする暇はないが。

 付き合わないと答えが見えない。そう腹を括ったカークランドは持てる知識で付き合う。


「人類が地球の海で戦争していたなかで、最大の戦艦でしたか」

「そうよ。乗組員は3,300以上ですってね」

「それが」

「じゃあ、もっと大型化したこの時代の戦艦は?」

「5,000はくだらんクラスも多いでしょう」

「そうよ」


 彼の目に映るシルビアの表情も険しかった。

 だがそれは、自身の戦闘の中にあるがゆえのものではなく、


 激しい怒り。


「それがもう10隻も20隻も沈んだ。何人死んだの?」

「……それが、戦争です」

「そうよ、これが戦争よ」


 決して声は荒げない。

 ひたすら淡々と静かに、激しい怒りが揺らめいている。



「その戦争を、個人の欲望で、皇族の勝手で引き起こして。誰彼関係ない人を地獄へ引きずり込んで。そんなの許されないわ」



 それは邪悪なる皇帝への糾弾と同時に、降参しなかった彼女自身にも刺さる発言だが。

 カークランドはあえて触れなかった。

 シルビアの怒りには、それも含まれているだろうから。


「だから、私は前に出なくてはならない。余計な血を流させてはいけない」


 何より、彼が思う以上に。


 本来なら、争わない道はあった。

 今いる大切な人たちで、同盟に亡命でもすれば。

 この戦いは避けられた。

 それでも。


 イベリアの初任務より、生き残るために。

 今は自身が頂点に立つという野望のために。

 戦い続ける選択をしたシルビア。


 他人が察する以上に、彼女には犠牲の血と叫びが心臓に刺さる。



「そのためにも! みんな力を貸して!! 前に出るわよ!!」






「前衛、リーベルタース艦隊の被害甚大!」

「閣下、バーナード少将が危険です。やはり前衛を任せるべきではなかったのでは」


 シルビア派艦隊旗艦『勇猛なるトルコ兵ワイルドターキッシュ』艦橋内。

 イルミはバーンズワースに囁いた。

 采配批判で士気が下がってはいけないので、あくまで囁き。


「だからこそ、さ」


 それでも彼は、余裕の態度で艦長席に座る。


「この戦争は、どれだけお題目があっても事実は一つ。『皇帝殺した皇帝殺して皇帝になる』」


 頬杖で、うっすら笑ってすらいる元帥閣下。


 まるでRPGゲームの魔王だな。


 イルミは足の組み方にすら、威厳と威圧を感じる。


「だから、いるんだよ、この連鎖を止めるには。『この人が皇帝で決着』『悪いやつだ、と倒しにいかなくていい』。そう思われる大義名分と英雄譚ヒロイックが」

「それを与えられる配置にした、と」

「与える? 皇帝でも神さまでも国民の総意でもない僕が? 無理無理」


 彼の声には、今までシルビアを大切に守ってきたとは思えないほどの


「勝ち取ってもらうさ。本人に、命懸けで」


 冷たい微笑みの気配。

 そのシビアさと、妖気じみて逆に染み出す色気に彼女が震えていると、


「閣下!」


 観測手がこちらを振り返っている。


「なんだい?」

「『悲しみなき世界ノンスピール』が前線へ突出していきます!」

「いいね、やる気だね」

「それと……」






「『王よ、あなたを愛するアイラブユーアーサー』も突出ぅ?」


 シルビア派シルヴァヌス艦隊旗艦、『私を昂らせてレミーマーチン』艦橋内。

 ようやくシロナを引っ張り出してデスクへ着いたカーチャだが。

 報告を受けてすぐに腰を浮かせることに。


「はっ! フォルトゥーナ艦隊を離れ、ぐんぐん前進していきます!」

「足速いからな」


 彼女はシロナのボウルから直方体のハッカキャンディを取り出し、奥歯に挟む。


「しかし、指揮官が艦隊を置き去り。どういうつもりなんだ」

「いつもみたいに『シルビアさま〜』って寄ってったんじゃないですか?」

「だからプロレスのタッグマッチならともかく。艦隊戦で寄ってって何するんだよ」

「へう」


 間抜けな発言を一撃で切り捨てられるシロナだが。


「じゃあ、最新鋭艦乗ってますし。バーンズワース閣下もプロパンガスがどうとか」

「プロパガンダ」

「とかおっしゃってたので、がんばってるアピールをしたいのでは?」

「学校の部活動かよ」


 意外と気弱そうでメゲないというか。

 これでも彼女なりに、カーチャのために知恵を絞っているのだ。

 致命的に足りないだけで。


 カーチャはとりあえず、シロナの足りない頭を撫でてやりながらも。

 案外今の発言は悪くなかったのかもしれない。


「なるほど。最新鋭艦、その性能、か」


 あごに手をやりつつ、分かったような、


「とにかく、あんまり危ないことしないでくれよぉ? おねえさん心配なんだから


 そうでもないようなリアクション。






 一方。

 同盟側、ユースティティア艦隊旗艦『主の庭は満ちたりヘヴンフィル』。


『おい、見ろよアンヌ=マリー』

「なんですか。私は今、スフレを焼くより忙しい」


 無線を通して、ジャンカルラの愉快そうな声が彼女へ届く。


『まぁそう言うなって。シルビアがおもしろい動きしてる』

「はぁ」


 マップを確認すると、たしかに二隻ほど、ぐいぐい前へ出ようという艦が。


『あれって皇国の最新鋭艦だろ? 何ができて、何するつもりかは知らないけどさ。よく見といて損はないぞ』

「たしかに」






 こうして戦場中の視線が集まるなか。


「さぁ、仕掛けるわよ!!」


 愚かな戦争を断つべく、悪役令嬢は勝負に出る。

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