第144話 舞台は整った

「艦隊損耗率7パーセント!」

「構わん! 削り切られるまえに一隻沈めればこちらの勝ちだ!」


 追討軍旗艦『稼ぎ頭キルオーナー』艦橋内。

 右往左往する人がいるわけではないが、誰でも一目見て修羅場と分かる。

 運動に勤しむ人がいるわけではないが、発せられる熱は加速度的に高くなる。

 装置は正常に作動しているが、酸素が薄いように感じられる。


「同盟側の艦隊より報告! 『孤独の美学Lonely cause』轟沈! 脱出艇確認できず! マンシー中将は戦死KIAと思われます!」

「指揮権を『死の商人Caravan』シャヒン中将へ移譲! もう少し持ち堪えさせろ!」


 こういう時、カーチャやジャンカルラなどは身振り手振りが大きくなる。味方を鼓舞するためである。

 が、逆にこういう時ほど、コズロフという男は動かない。身じろぎ一つしない。

 振り返れば常に、いわおのようにそこにある彼に、


『たとえ艦が沈もうとも、あの人はああして無傷で立っていそうだ』


 と、謎の安心感を覚えるのである。

 だから、


「元帥閣下! リーベルタース艦隊に不可解な動き!」

「なんだ」


 妙に気に掛かるような報告にも、力強い声と目線のみで厳かに応える。


「艦隊内を一隻、大型の熱源が前へ出ようとしている模様!」

「一隻、大型。やつか」


 彼はモニターに映るレーダーを見るより先に、その正体に思い至る。


「総員、よく聞け!! 逆賊シルビア・マチルダ・バーナードが来るぞ!!」


 その名に、クルーたちの肩に力が入る。

 コズロフも隣の副官がピクッと反応したのを感じた。


「この地獄のチェスに、どうやらノコノコとキングで切り込むつもりらしい!」


 それさえ討てば、白黒全て片付くキング。

 生唾を飲む気配は興奮か緊張か。


「一隻だけの大型熱源はやつの乗艦! 正体は受ける砲火力を大幅にカットする新機構! ロケットランチャーをコーヒーで火傷した程度にするようなバケモノだ!」


 今から相手にする側としては絶望的な情報だが。

 味方が気後れするまえに彼は力強く付け加える。



「だがそれにも限度はある!! 艦隊の砲撃を集中すれば、必ずやつは撃沈できる! ロケットランチャーでダメなら、ナパーム弾で焼き払ってしまうのだ!!」



 困難なうえで、確実に攻略方法はある敵。

 艦橋内に、油断が削ぎ落とされた闘志が満ちるのを感じる。

 コズロフはそれを、肺いっぱいに吸い込んだ。



「わざわざモグラが顔を出してくるのだ! 確実にかち割ってやれ!!」






『シルビアさま! お待たせしました!』

「ううん、今来たとこ!」

『はぁ?』


 リーベルタース艦隊先頭。

 シルビアの『悲しみなき世界ノンスピール』とリータの『王よ、あなたを愛するアイラブユーアーサー』はランデブーに成功した。


「これで準備は万端ね!」

『あとはコズロフ閣下への道だけです』

「えぇ。観測手!」


 艦長席のシルビアは、無線機を持ったまま部下へ声を掛ける。


「『稼ぎ頭キルオーナー』の位置は分かる?」

「はっ! 固有シグナルの反応からして」


 正面のモニターにマップが転送される。

 そこには追討軍艦隊が緑の点で表現されるなか、


「このあたりと思われます」


 一つだけ、ピンクでハイライトされた丸が点滅する。


「あそこがあの女のハウスね」

「コズロフ閣下は男性ですが」

「そうじゃないのよ」


 怪訝な顔のカークランド。

 300年のカルチャーギャップ(別に梓の時代でもメジャーなネタではない)を切り捨てつつ。

 彼女は真面目な指揮官に戻る。


「砲撃手! 敵旗艦へ最短で到達するための、砲撃ポイントを割り出しなさい!」

「すでに完了しています!」

「優秀! イム中尉! 艦隊に共有!」

「はっ!」


 シルビアは拳をデスクに叩き付け、その反動で立ち上がる。



「ここが勝負どころよ! 次の斉射を、当該ポイントに集中!! あとは我々で確実に仕留める!」



 拳には無線機を握っていたので、衝撃音でリータが


『ぐえっ』


 と呻いたのを彼女は知らない。






「敵艦隊砲撃、来ます!!」

「怯むな! こちらも艦隊斉射! 逆賊を焼き払え!!」


 反乱軍の砲撃に、追討軍もコズロフの号令一下応射。


「うおおぉぉお!」


 隣で歴戦の副官すら呻くような、圧倒的光量が交差する。


 この仕事をしていると、アイドルのライブが嫌いになるよな。

 サイリウムだとか演出のレーザーだとか!


 つくづくそう思うコズロフ。

 もっとも。引退する時には目が悪くなりすぎて、逆に歌くらいしか娯楽がないかもしれないが。


 視界をさいなむのは砲撃だけではない。

 被弾し、爆散し、エネルギーをばら撒くたくさんの艦。


 ロックのライブもだな!

 スモーク焚いたりだとか!


「被害状況知らせぇ!」

「本艦は被弾なし! 艦隊損耗率は分かっている範囲で9パーセント! 

イケてる女サーファーBomb baby surfer』轟沈! シノダ准将と通信繋がりません! 敵艦隊は損耗……」

「構わん! バーナード少将さえ討てば結果は同じだ!!」

「ですが!」

「なんだ!」



「リーベルタースに合流したフォルトゥーナの大型熱源、ロスト!」



「おお! 撃沈したか!!」

「新型艦を!」

「やったぞ!」

「これでフォルトゥーナの力も、敵全体の士気も大幅に低下しましょう!」


 が、喜んでいる暇はない。

 歓声のあいだにも、エネルギーの雲は霧散する。

 いかにレーダーがあろうと、やはり目視が優先されるこそ人間の常。

 モニターに映る正面の光景を確認すると、そこには、



「元帥閣下! 『悲しみなき世界ノンスピール』が艦隊を離れて突出してきます!」

「こちらの懐まで突っ込んでくるつもりか!? まさか、そこまでするとは!!」



 薄くなった味方前衛の隙間から見えるの意味を。

 コズロフは観測手の報告と照らし合わせて理解する。


「愚かとまでは言うまい! が、新機能の防弾チョッキにたいした自信だな!」


 巌のようだった男が動く。

 薙ぎ払うように腕を振る。

 心が動く。



「艦隊! 急ぎ次の斉射準備! バッテリーが上がっても構わん! やつだ! やつを仕留めれば終わりだ!!」






 一方、


「艦長! このままでは蜂の巣です!」


 戦艦『悲しみなき世界ノンスピール』。

 多くの殺意が集中する艦橋に、カークランドの声が響く。

 が、


「大丈夫! あのくらいなら、2回3回やられなきゃ耐えるわ!」


 当のシルビアは、汗を光らせつつも堂々たるもの。


「では2度3度撃たれたら終わりではありませんか!」

「撃たせなきゃいいのよ!」

「どうやって!」

「私とリータを信じなさい! あと自由枠でしゅとかママとか!」

「後半は死ぬまえに祈る対象では!?」


 わめく副官をそれ以上は取り合わず、「結果を見ていろ」と言うように。

 彼女は無線を強く握りしめ、叫ぶ。



「さぁ! 次の一瞬で勝負が決まるわよ!!」

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