第25話 牢獄は意外と、入るのも難しい

 シルビアは二人乗り偵察機の、後部座席に乗り込んだ。ポッドより速いため、一足先に駆け付けることができる。

 これで現場をいち早く確認するとともに、真っ先に顔見せで好感度アップである。

 いざという時の逃げ足も速い。

 そういう意味では、リータをパイロットにできないのは心残りか。


『よろしくお願いね』

『お任せください!』


 ちょっと心残りに思われているとは露知らず。サムズアップのギラギラした男性パイロット。

 目と鼻の先だが、寒冷地装備は完全密閉で声が聞こえないため無線通話。


『ゆっくり飛びますけど、初めての人にはGがキツいかもしれません』

『あら。多少は許容しますけど。彼女を高級フレンチへ乗せていくつもりでお願いね?』

『アイ、サー』


『ハッチオープン。いつでもどうぞ』


『行きますよ〜!』

『うっ!』


 発艦時には勢いがいるものなのだろう。強烈なロケットスタートが彼女を襲う。


『大丈夫ですか? 意識ありますか?』

『えぇ、えぇ……』


 正直、視界の広大な宇宙が現実か、『今違う宇宙に行ってたわ』状態かは定かでない。

 が、見えていなくとも周囲は本物の宇宙。重力下と違い、飛び続けなければ落ちるでもない。

 パイロットが気を利かせてエンジンを弱めると、少し楽に。


『いや、マジで大丈夫ですか? すんません』

『いえ、カレーじゃないもの、とろ火でやっても仕方ないわ』

『フレンチからえらい庶民的になりましたね』


 シルビアは精いっぱい気丈に振る舞ってのジョークだが、彼は片手間。突入できそうな氷河の隙間を探している。

 作業用ポッドなら多少はどかせられるが、飛行機では不可能。デリケートである。

 が、さすがは偵察機パイロット。見つけるのは得意らしい。


『艦長、イケそうなポイントを発見しました。具合のいい穴だ』

『今度はゆっくりお願いね……』

『うほっ。ま、こっちも勢い余って事故りたくないんでね。じっくり……とろ火でイかせてもらいますよ』

『……』


 慎重に機首を入り口へ宛てがうパイロット。

 セクハラ下ネタ野郎の生態として、女性の反応がないと勝手にキツくなりやがる。

 シルビアがグロッキーで返事をしないため、彼はごまかすように付け加えた。


『「フレンチは火力が命」ってね!』






『そう、ポッドチームは違うポイントから突入してるのね』

『はい。最短ルートから行きます。それでもんで、ちょっと遅れるかも』

『いいわよ。元より先行するつもりだったし。どうせなら丁寧に、帰りの救助ルートを仕上げるくらいで来なさい。ランデブーは現地で』


 見渡す限り氷海のなか。シルビアはリータへのラブコールを終える。

 それくらいには回復していた。それくらいには時間がかかっているとも言える。

 まぁせいぜい10数分ではあるが。


 しかし想定では、ジャンボジェットが雲の上に出る感じ。すぐに抜け出せると思っていたが。

 オーダーどおりゆっくり進んでいるとは言え。真っ直ぐではなく、隙間を縫ってチョロチョロしているとは言え。


 結構分厚い氷の層ね……。


 これだけの量が散らばっていかず、星を覆うように固まっているということは。


 向こうからの通信にもあったけど、相当な重力なんじゃないかしら。


 正直、ややぼんやりと考えていた時。


『うおっ!』

『きゃっ!?』



 強い衝撃とともに機体が揺れる。直後、



『ちょっ、ちょっ! ちょっと!』


 機体が緊急加速。ゴツゴツガリガリと悲鳴が上がるのも気にせず、速度計の針を振り回す。


『何!? どうしたの!? エンジンゆるめなさいよ! それとも敵!?』

『エエエエンジンは止めてます! こいつはぁ!』


 機内は常に小刻みにシェイク。そのせいかパイロットの声も微妙にビブラートがかかっている。



『重力だ! 重ぅ力に引かれているっ!』



『なんですって……きゃっ!!』


 いくらなんでも強すぎじゃない!?


 とか


 何その若本規夫みたいなしゃべり方!?


 とか、ピンチが一周回って頭も回らず、ごまかすように余計なことが浮かぶ。


『エンジンフルで噴かせます! 勘弁してくださいよぉ!』


 もうすでに状況もダメージも只事ではない。シルビアも否応なく肩に力を入れる。

 が、


『んっ!? おぉっ! チクショウ! 嘘だろ!? このヤロ!』


 操縦席で、不穏なワードに合わせてレバーがガチャガチャ。音に合わせて動く向日葵の玩具の、邪悪なバージョン。

 彼女が後部座席で状況を察するより先に、答え合わせがなされる。



『おおおぉお!! ダメだっ! 氷にぶつかってエンジンが破損してやがる!! こいつぁダメだぁ!!』



 叫びへ賛同するように、機体が氷海を抜ける。

 眼下に広がる、凍てつく大地。


 このままじゃ墜落する、ってこと!?


 キャノピーは閉じているのに、足の先まで冷たくなるシルビア。なんなら肝も冷えている。あなたのご近所の焼き鳥屋まで、腐らず納品できるだろう。


『いいですかっ!? 合図をしたら、脱出装置ベイルアウトを作動させます! 訓練は修了されてますか!?』

『今存在を知ったわ!』

『未修は乗っちゃいけないんすよ!?』

『帰ったら違反切符でも小切手でもサインするわよ!』


 シルビアの勢いに、彼もそこに頓着している場合ではないと思ったらしい。


『シートベルトはしっかりしてますね!?』

『ドレスのコルセットよりね!』

『じゃああとは流れに任せて! 余計なことはせんでください! 座席は勝手に切り離されて、パラシュートは自動で開きます』

『了解!』


 パイロットの手が、背筋測定器のような引っ張るタイプのレバーにかかる。


『ただ、射出時の圧とか! 着地の失敗で! ケガすることもあるんで! そこ、五点設置のマニュアル!』

『この青いインクのやつ!?』

『その要領で着地! よく分からんかったら、頭だけは打たんようにしてくださいよ!』


 揺れる機内で精読は難しそう。彼女は頭を守る反射神経と、ヘルメットの頑丈さに賭ける。

 パイロットも読み終わるのを待たずに、一際大きい声を出す。



『じゃあ行きますよ!? 意地でも気絶せんように! 3! 2! 1!』

『ぅぐっ!』



 瞬間、小型ブーストが吹く音と。さっきまでの前から腹部へ来るのと違い、上から首にかかる圧。

 それをうっかり失念していて不意打ちか。

 はたまた、ここまでの心身に及ぶダメージの積み重ねか。


 ウルトラマリンブルーの空が果てしなく視界へ広がると、



 そういえば、リータの方は平気かしら?



 シルビアはその中へ、意識をぶち撒けてしまった。

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