第24話 凍えるSOS

 拝命してからもうすぐ一ヶ月。だいぶ哨戒任務にも、艦長という立場にも慣れてきた。

 もちろん最初から全てうまくできたわけではない。

 が、異常がなければ所定のルートを航行するだけの簡単な任務。人を率いる立場という職掌に集中させてくれる。


 他にも来歴に救われた。

 シルビアが先の戦役での勝利の立て役者という事実。これが鳴り物入りの彼女に対する反発を抑制する。

 先任の代から『灰色狐グレイフェネック』の艦長補佐を務めるリキ・アイカワをはじめ。クルー全員が、意外にも素直にサポートしてくれる。

 もちろん、彼女が前世で仕事により培った、人をまとめプロジェクトを動かす経験。

 これで反感を買わない程度には職務を果たしたというのもあるが。


 普通は外部から、若いのが上司として配属されたら嫌なのにね。


 前世では嫌になるほど聞いた話だが、ここは別の世界。

 バーンズワースやカーチャのように、若手がどんどん上を行くのがめずらしくない。みんな気にしないのだ。

 そう、自身の来歴だけでなく、他人の来歴にも恵まれていた。


 来歴どころか。

 艦長職について分からないことがあれば、すぐバーンズワースに聞ける。彼も割といつでも相談に乗ってくれる。

 カーチャも折に触れて気にかけてくれる。

 それと彼女が『私を昂らせてレミーマーチン』にて、艦橋で隣に置いてくれたこと。

 その時見て学んだことも役に立っている。

 そもそも人に恵まれている。


 シルビアが艦長席に座る時、いつもリータを膝の上に乗せているのも。


「ウチの艦長席は二重底」

「ロ艦長のチャイルドシート」


 とクルーにバカにされ親しまれているので、恵まれているにカウントしておく。


 そんな平穏なある日のことだった。






「コード受信!」


 いつものように、慣れたルートを航行していた時のこと。


「作戦の暗号?」

「いえ、平文でSOSです!」

「SOS!?」


 ただならぬ雰囲気が艦橋内に満ちる。

 それすらも引き裂くように、通信手が声を張り上げる。



「識別コードは補給艦! 艦名『白い靄White haze』! 航行中に敵戦闘機の襲撃を受けたとのこと! 現在は無人惑星オプスに不時着。戦闘機問題は片付いたものの、機関部をやられて身動きが取れない模様! 空調はなんとか動いているものの、いつ止まるかは不明! オプスは非常に気温が低いため、迅速な救助を求めたいと!」



「なるほど。援軍ではなく救助の要請ね」

「向かいますか? 一応本艦以外にも、キャッチしている艦はあると思いますが」


 中性的、と書くと美形と思われがちだが。実際は『女の子っぽい』顔の日系男児アイカワ。

 薄情にも聞こえる物言いは気遣い。新米のシルビアに「無理しなくてもいい」と伝えてくれているのだ。


 彼女としても、イレギュラーへの対処以上に。

 すでに膝から降りているリータと目を合わせる。彼女もやや渋い顔。


 まぁ、これだけじゃ判別つかないわよね……。


 これがまた、シルビアの命を狙った罠だとしたら。

 非常に悩ましいところではあるが。


「周辺のマップをモニターに」

「はっ」

「もっと広範囲でいける?」

「了解しました」

「ふむ」


灰色狐グレイフェネック』を中心に、ポツポツと緑の点。


「オプスに一番近いのは本艦ね。ただ、周辺にも味方はたくさんいる」

「任せますか?」


 アイカワの心配りには申し訳ないが、シルビアは首を左右へ。


「いえ、行きましょう。これだけ味方がいれば、助けが呼べるわ」


 これが私の判断だけど、いいかしら?


 目配せすると、リータは小さく頷いた。

 周囲の味方も全員グルである可能性は排除できないが。それを言い出したら包囲されている現状、そもそも生きて帰れまい。

 ならば見捨てるよりは、仲間を大切にするバーンズワース式で好印象を。

 行くしかない。


「では急ぎましょう。同胞が冷凍食品になるまえに」






 一時間以上、二時間未満。たどり着いたオプスに先客はいなかった。


「さて、私たちが救助一番槍ね」

「それにしても」


 呟くリータはモニターへ張り付かんばかりの位置にいる。


「これ、どうやって救助します?」


 目の前に映る光景。それは、


 大量の氷塊をオゾン層のように纏う、惑星オプス。


 あまりに密度が濃すぎて、マスクメロンの柄みたいになっている。


「これは、この宇宙世紀に無人惑星なわけだわ」

「不時着って話ですし。これ無理矢理突っ切ってったら、そりゃ艦体も痛みますよ。ただでさえ敵機に襲われてたんだから。で」


 星のイメージに合いそうな、ウルトラマリンブルーの瞳が振り返る。


「どうします? 我々も着陸できませんが」

「そうねぇ」


 確かに壁かと見まごう氷の群れだが。

 マスクメロンに見えるくらいには隙間もある。


「地道な作業にはなるけど。艦載機や船外作業機を降ろして、何度も往復するしかないわね」

「偵察機1、ポッド2。急がないとルイベですね。偵察機なんて一回に一人です」

「えぇ。それで、救助へ向かうメンバーを選抜したいのだけど」

「はっ」


 威勢よく答えるアイカワを、シルビアはまっすぐ見据える。



「留守は頼むわね」



「分かりました! ……えっ?」


 先読みで制するように手を挙げると、ちょうどアイカワがぶつかりかける。


「艦長自ら!? 危険です!」

「承知のうえよ」

「それに、艦長が艦を空けるなど!」

「現場で指揮する者がいるわ」

「でしたら自分が!」


 シルビアは挙げていた手を、人差し指だけ立てる形に。

 それを彼の口元へ近付ける。「しーっ」の形。


「聞いて? 彼らは敵機に襲われたのよ。ということは、母艦が近くにいる可能性が高いわ。もしそれが急に現れたら。艦のことを最も理解していて、迅速的確に対処できるのはあなたよ」

「それは」

「よろしく頼むわね」

「……はっ!」


 迷った分だけ、決断した返事は力強い。彼女もその分、強く頷き返す。

 もちろん、好印象を稼ぐための指揮官率先であることは黙っておく。


「オペレーター! 『白い靄ホワイトヘイズ』に通信! “こちら軽巡洋艦『灰色狐グレイフェネック』! 貴艦の要請に応じせ参じた! これより救助活動にかかる!”」

「はっ!」



 それからシルビアが寒冷地用のゴツい宇宙服に足を通していると。


「『白い靄ホワイトヘイズ』から返信! “救援感謝する! オプスは非常に重力が強い。下りてこられる際は注意されたし”」

「了解! 準備ができ次第行くわよ! いいわね!?」

「みんなシルビアさま待ちでーす」


 かくして、いつもとは一風いっぷう違う戦いが始まり、



 それが新たな、数奇なる出逢いを導く。

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