第26話 最悪で最高の救世主
──い
──きろー
おい!
起きろ!!
誰かの叫ぶ声がする。
何よ、いいじゃない、たまにはたっぷり寝たって。
軍隊の朝は早く、シルビアの夜は遅い(主に出世の影響とリータ寝顔カワイイしてるせい)。
偉そうに「起きろ」などと言われたら、むしろ意地でも起きてやるもんかと。
本来の彼女ならそうなるところだが、
二度寝を許さないほどの激痛が体を駆け巡る。
『あぐっ!!??』
思わず目を見開くと、涙が長いまつ毛に撥ねられる。ヘルメットのシールドに、まばらな点がポツポツポツ。
『動くな。足首が腫れている』
『うくぅぅ、それホント……?』
恐る恐る視線を向けるも、防寒装備で見えない。
が、確かに左足は激痛で堪らない。そのうえ何やら、患部を冷やす処置がされている。
『大丈夫。捻挫だ』
『本当?』
『見て確認した。骨折の腫れ方じゃない』
『そう、よかった』
『そもそも、パラシュートで意識なく風に流されてたのを。わざわざ地上からワイヤー引っ掛けて引っ張って。速度殺して雪に落としたんだ。これで骨折してるようなら、吐くまで煮干し食え』
『カルシウム……』
とりあえず大事には至らず(激痛だが)、しかも助けてもらったらしい。
確かに周囲は美しい銀世界と分厚い銀盤があるだけの景色。
あのまま墜落したようだし、氷の方に落ちていたら危なかった。
それはいいのだが。
一つシルビアには気になることがある。
そう、
『それで……、どちらさま?』
まだヘルメットの向こうをはっきり見ていないが分かる。
同乗していたパイロットではない。
何せ声が違う。
もっと中性的で、会話に哲学書の引用でもしてきそうな声。
同じ中性的でも、バーンズワースはそのなかでしっかり低めの『男性的色気』。
それに比べると高めというか、低めの女性的というか。
それより『知的な女性の色気』に近い。
明らかにあのギラギラ下ネタ男ではない。
なら『
そもそもシルビアにタメ語で話すのは、リータ(relax edition)くらい。彼女はこんなに声は大人びてないし、身長も170を越えない。
急にそんな成長したら、多分シルビアは狂って死ぬ。
何より、あの天使は「煮干し食え」とかいう口は利かない。
急にそんなオラオラ系イケメンになったら、多分シルビアは狂
それより、今さらだけど。
外国人が多いのにみんな日本語よね。
ゲーム世界便利。
まだ墜落した時のショックが残っているのか。
余計なことばかり考えていると。
『どちらさま? そりゃそっくりそのまま、君に返すぞ』
目の前の人物は腰に手を当て、仁王立ちで彼女を見下ろす。
『君、皇国軍だな?』
『えっ』
余計な思考なりに、『輸送船のクルーかしら』と結論づけようとしていた矢先。
驚きで思わず痛みが遠のき、おかげでようやく相手をまともに確認できた。
同じ目的の寒冷地装備だけあって、シルビアのものと似ているが。
よく見れば細かいデザインが違う。
そのなかでも取り分け目につくのは、
胸元のトリコローレの
『TAF』の文字列。
タフ。当然だが『
が、ネイティブならともかく、日本人なら同じ発音をしてしまう字面。
実際日本製のゲーム世界で、日本人のスタッフが『
正式には
『The solar system Alliance Force』
ソーラーシステムとあるが。もちろん温水器でもなければ某機動戦士の兵器でもない。
『The』が付く場合には『太陽系』のことのみ指す、というが英語での理解である。
が、
『そういう、あなたは……』
この場合においてのみは、こう訳す方がより正確だろう。
『地球圏同盟軍……!』
思わず距離を取ろうとしたシルビアだが、
『あくっ!』
『だから捻挫してるんだって』
うまく逃げることができない。立つことすらままならない。
右手を雪に埋もれさせ、さりげなく腰のあたりを探るが。
やっぱりないわね……
半分飾りとは言え、携帯していたレーザーピストルとナイフも没収されている。
その動きを見透かすように、同盟軍は腰からピストルを抜く。
『あまりおかしなことを考えるもんじゃないぞ』
間違いない。彼女のものである。そのまま銃口が、本来の持ち主へ向けられる。
『くっ』
『なに、こちらの要求におとなしく従えば。雪もスーツも白いままでいられるぞ』
『あら、卑猥なことをする前口上かしら?』
『この極寒で脱げるほど、ウォッカを愛した覚えはないな』
『残念。冷凍マンモスになればよかったのに』
『冷凍といえば』
銃口は向けたまま。空いている左手で腰のポーチを漁る同盟軍。
やがて取り出したのは、汗拭きシートみたいなパック。
それをぞんざいに、シルビアの目の前へ投げ捨てる。
『最初の要求だ。今気付いたけど君の寒冷地装備、脇腹の表面が少し破れてる。念のためシート貼って塞げ』
『あら』
『安心しろ。目を逸らしたスキに撃ったりしない』
破れた部分より、足首へ目をやるシルビア。
信頼してよさそうね。
言われたとおりにシートを使う。中身は湿布の方が近い印象か。
『親切なのね』
『君にいくつか質問があるんだよ。凍え死なれたら困る』
『尋問するだけなら、捻挫の手当てはいらないわ』
『む』と押し黙る雰囲気が感じられる。
シートを貼り終わった彼女はにっこり笑う。
『そうでしょう?』
『人に親切なんじゃない。個人のエゴとポリシーの問題だ。僕らは宇宙を殺し合いの場に選んだ。だからせめて陸では、人間の証明がしたい』
『僕のあの帽子……』
『は? 帽子? 艦に置いてきたよ。このカッコじゃ被れないだろ』
『あ、違うのよ。なんでもないわ』
とにかく。
現状、向こうに特別害意や殺意はないらしい。
ならばシルビアもフレンドリー路線を貫く。不必要に剣呑な空気にしない方が賢明である。
『それより質問だが』
『そうだったわね』
『一応言っておくが。今こうして会話していることから分かるように。君の無線機は、こちらと周波数を合わせてある。仲間を呼ぼうとは思わないことだ。逆にいくら情報漏洩してもバレやしない。安心して話してくれたまえ』
『ウチのパイロットより行き届いたエスコートだわ』
ウインクしてみせるが、ヘルメット向こうのリアクションは見えない。
彼女自身も、自分の演出するフレンドリーさは間違っている気がしてきた。
『では一つ目。君の官姓名は?』
『シルビア・バーナード。皇国宇宙軍大尉。軽巡洋艦「
『へぇ。これは思わぬ掘り出しもんだな』
『あなたは?』
名乗られたら名乗り返すのがマナー。
と同時に、すんなり答えてくれるかどうかで今の空気感が測れるだろう。
シルビアの探りに、相手はさらっと乗ってくれた。
『僕はジャンカルラ・カーディナル。地球圏同盟軍大将。このまえシルヴァヌス星域艦隊提督に着任したところだ』
まさか。
掘り出し物なのはこっちの方じゃない!
ヘルメットの内側で目を丸くするシルビア。
惜しむらくは、この足じゃタケノコも掘れないということか。
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