第27話 立ってる場所より見ている方向

『カーディナル提督……、聞いたことがあるような』

『そりゃそうだ。ウチの部下たちも皇国軍の元帥や上級大将くらい知ってる』

『まぁ、そう、ね』

『それより、次の質問だ』


 提督も長くなると思ったのか、少し離れて腰を下ろす。


『軽巡洋艦の艦長ということは。君は補給艦と別口の人間だ。なぜここに?』

『当の補給艦を救助するためよ』

『君の母艦はどこに?』


 離れておいて、少し身を乗り出してくる。


『それは』


 マズいわね。


 ヘルメットの内側が少し蒸れる気がした。

 シルビアがそうであるように。目の前の大将閣下も乗ってきた艦があるはず。

 そして元帥の座乗艦。おそらくは『灰色狐グレイフェネック』より強力な巨大戦艦。随伴艦もいることだろう。

 もし位置がバレたら。いかにアイカワを残していたとて、もないだろう。


 と、彼女の表情から察したらしい。提督は慌てて手を振る。


『あぁいや、別に轟沈させてやろうってわけじゃないんだ。ただ、君は艦長だろ?』

『そうだけど』

『なのに自ら率先して地上に降り、周囲に母艦の影も形もない。驚いただけだよ。大胆なことするなぁって』

『なるほどね』


 ここまでを察するに、相手は割り合い実直なタイプと見受ける。この言葉は信用してもいいだろう。

 だからといってベラベラ話したりはしないが。

 なんなら話題を変えてしまおう。


『そんなことを言ったら、あなたもそうじゃないの。提督閣下がお供もなしに、お散歩かしら?』


 シルビアとしては、深く考えずに発した言葉なのだが。


『……』


 提督は黙り込んでしまった。


『あれっ? 私何かマズいこと聞いた?』

『あぁ、いや、そうじゃない。いや、そうじゃないこともないが、うん』


 ヘルメットの上から額を抑える提督閣下。『考える人』並の物憂げな雰囲気がある。


『いいだろう。話しておこう。君もいろいろ話してくれたことだし、結局は話さなければいけないし』


 テンションのへこみ具合を示すように、銃口も下げられる。

 そのスキに飛び掛かれるでもないので、ここは聞くに徹する。興味もあるし。


『実はな。君の味方の輸送船』

『えぇ』

『あそこに僕の部下が数名、捕虜として捕まってるんだ』

『え?』


 どういうこと? 輸送船なのよね? そこに捕虜? なに? あれってそういう輸送船? 護送船?


 ちょっと混乱するシルビア。


『あの輸送船が、どういう経緯で墜ちたか知ってるか?』

『敵機に追われて』

『そう。その機体、3機全てが僕の部下だ。で、ここに墜落したのを見て、「チャンスだ!」と。深追いしたみたいなんだよね。結果』

『重力に引かれて墜ちた、と』

『そう。で、輸送船クルーに大人数で囲まれ、人質として捕まった、と』

『私がこうなってるのと同じような経緯ね』

『おほん』


 銃口を逸らすどころか。ついに顔まで背けてしまう。


『で、僕も解放の交渉に来たんだが……』



『……墜落した?』

『墜落した』



『ウヒャはははは! 私と一緒じゃないの!! ふへへへへ!』

『あんなの誰でもこうなるぞ!!』

『あひひひひ足に響くひひひ!!』

『右足でデュエットできるようにしてやる!』


 もはやピストル持った相手に尋問されている空気ではないが、双方とも戻す気はない。

 こんな気温で、二人とも墜落し孤独な身。寒々しいのはごめんこうむりたいのだ。


『そう怒らないでふふ。それよりあなたこそ。どうして提督閣下おん自ら、こんな宇宙の墓場へ降りて交渉に?』

『そりゃもう決まってるだろ』


 閣下は「何言ってるんだ」と腕を組む。


『マナーだよ、マナー』

『なるほど。向こうに誠意を見せて、情で交渉を有利にしよう、と』


 必ず効果があるとは言えないが、やらないよりは意味がある駆け引きだろう。

 もしかすると、この格好がつかない内容をベラベラしゃべるのも。そういう狙いがあるのかもしれない。

 と、


『は?』


 ボタンのかけ違えでも指摘されたような声が返ってくる。


『なんで負けてもないのに向こうのお情けがいるんだ』

『え?』

『僕が言ってるのは、人質となったパイロットたちにだ』


 その一言だけで、シルビアは感じ取る。


 やっぱり、この人は実直で。

 私に対しても駆け引きや狙いなしで向かっているわ。


 何せ、物言いに恥じらいや気後れもなければ、熱量や誇りもない。

 ただただ純粋でニュートラルなのだ。習慣化した『おはよう』や気付いたら口ずさんでいる歌のように。

 自分のルーティンとして染み付いている。


『僕一人では人々を皇国軍から守れない。だからみんなが命と力を貸してくれる。僕にできないことを、みんなが助けてくれる。だったら、みんなにできないことは僕が助ける』


 提督は少し遠いというか、別のことでも考えていそうな目で。雪の地平線を眺める。

 片手間で言えるほど。口に出す時、改めて考えをまとめる必要がないほど。

 自分そのものの言葉なのだ。


『そういう意味では、今回のこともね。本来、命は一対一でしかないのに。人間が集まると価値の差が生まれる。僕もそうだ。一人の人間なのに、多くの兵士が僕のために命を投げ出す。戦艦が何隻沈んで何千人戦死しようと。僕が無事ならそれでよかったとなる』


 ここでようやくこっちを向いて、と立ち上がる提督。


『だから逆に。人質が複数いても、僕一人交渉に来るだけで箔がつく。今までの分、使い時が来たら役目を果たす。これがマナーだよ』


 しかし、人情のような話から一転。

 銃口が再度シルビアへ向けられる。


『それは君も同じだろ、?』

『そう、ね』

『というわけで君には人質、価値ある交渉材料となってもらおう』

『嫌だと言ったら?』

『そう嫌がるなよ。君一人で人質数名を解放してもらう。ただの資本主義さ。win-winだろ?』

『それもそうね』


 彼女は素直に応じることにした。

 もちろんピストルを向けられているとか、艦隊で殴られたらお陀仏とか。そういう事情もあるが。

 提督閣下からすれば今ここで。彼女や軽巡1隻、有無を言わさず潰すならまだしも。

 手間な口上で騙してまで、どうこうする価値はないだろうという打算もあるが。


 地球圏同盟だろうと、この人は信用できるわ。

 暗殺しようとする皇国の連中よりよっぽど。


 立ってる場所より見ている方向。

 実は異世界人の彼女にとって、その辺りはフラットである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る