第28話 いくつもの出会いの中で

『ところで。結局君が自ら輸送船救助に降りてきた理由、聞いてないな』

『あー』


 二人は今、肩を組んで雪原を歩いている。そうしないとシルビアは歩けないのだ。

 もちろん本来は敵同士。いくら彼女が負傷し武器を取られていても、密着すればナイフくらい盗める。

 それを考慮した提督閣下は、


『武器は全部捨てていこう』


 などという判断を下した。


人質を脅す手段を失うわよ?』

『君がおとなしく乗ってくれれば、お互い戦果はないけど仲間が救える。君の良心に期待する』

『輸送船クルーに囲まれた時、抵抗手段がなくなるわよ? 他にもウチのクルーも降りてるはずだわ』

『君が制止すればみんな従うと。艦長殿の威厳と人望に期待する』

『そもそも、武器を捨ててまで私に肩を貸す? 「知らん。オレの前を歩け」とかしないの?』

『その足で無茶言うなよ』


 最初はこんな感じでゴタゴタ言い合いながら歩いていたが。

 だんだん話題がなくなって、思い出したように冒頭の質問へ繋がった。

 ちなみに輸送船の方角自体は、提督が分かっているらしい。


『降りてきた理由、ねぇ』


 敵に見栄を張るわけではないが、ここで


「好印象稼ぎですけど、何か?」


 とは言いにくい。

 なのでもう一つの、というよりは、よりな換言を試みる。


『私が薫陶を受けた人の理論なんだけど。上官部下以前に「人として」「一人の人間同士として」。私たちは「仲間」に向き合わなければならない、と。だから彼らのためにも、私が行ってあげたかったのよ』

『バーンズワースだな』

『えっ、ご存知なの?』

『捕虜や亡命者から、よく名前や評判を聞くよ』


 小さかったのか、無線は声を拾わなかったが。肩を組んだヘルメットがククッと笑うように揺れる。


『どうして彼の艦隊はあそこまで勇猛なんだ? っていうのは我々も気になってたんでね。「逃げた方が怖い説」「人質取られてる説」「薬かロボトミーやってる説」「アンデッド説」。いろいろ言われてたよ?』

『実はそんなに気になってないでしょ』


 口では皮肉っているが、内心は


 そうでしょうそうでしょう! さっすがジュリさま!

 敵にも一目置かれる私の推し!!


 よくない盛り上がり方をしている。口に出さないだけ成長か。


 でもそうよね。その信頼関係が強い艦隊を作り上げるのよね。

 セナ元帥が『バーンズワースやカーディナル麾下きかにしか破れない』っておっしゃるほどの。

 私もそういう、深い縁で結び付いた部下を持た、持たな……、


 も?


 シルビアの中で、何かが引っ掛かる。



『バーンズワースやカーディナル麾下の』

『カーディナル麾下の』


『僕はジャンカルラ・カーディナル。地球圏同盟軍大将。このまえシルヴァヌス星域艦隊提督に着任したところだ』

『僕はジャンカルラ・カーディナル』


『カーディナル』



『!!』

『なんだよその顔』


 お互いヘルメットのシールドでロクに顔も見えていないのに突っ込まれる。

 相当派手に表情が動いたのだろう。

 しかし彼女はそれどころではない。


 私の隣にいるの、激ヤバ人物じゃない!

 いや、提督だし最初からヤバいけど!


 三元帥という言葉もあって、すっかり味方サイドだと思っていたが。

 まさか敵で、しかも『シルヴァヌス星域艦隊』。


 一番の天敵が赴任してきたってこと!?


 思わず「今ここで刺し違えた方がいいのでは」と思うシルビアだが。

 あいにく武器は、お互い柳の葉すらない。

 状況に混乱し、頭が追い付かない。

 かと思えば、どこか冷静に評する自分もいる。


 これは……、それだけの艦隊を作り上げるわけだわ。


 カーディナル提督が掲げていたポリシー。それをナチュラルに行なう飾らなさ。

 艦隊指揮官どころか、皇国の頂点を標榜するシルビアにとって。

 力を手に入れよう、とにかくのし上がろう。知識をつけよう、強い味方を揃えよう。

 そんなことよりまず、大切な何かを伝える出会いのように感じた。


『そうか。じゃあ結局、僕とたいして変わらない理由なんだな』

『えっ? あっ、そうね』


 他ならぬ提督の声で我に帰るシルビア。


『いや、それを聞いて安心した。ちゃんと良心に期待できそうだ。極悪人だったらどうしようと思って』

『見切り発車じゃないの』

『違うよ。ギャンブルだ』

『自分を賭け金に敵の台で? あなたそれでも提督なの?』

『何言ってるんだ。ギャンブルなんて全部、ディーラーの気分のうえで踊るものじゃないか』

『これが艦隊を率いるなんて、地球圏同盟も終わりだわね』

『言ってくれる。坂登るぞ。足元気を付けろよ』

『ご親切にどうも』


 親切。


 思えば、リータもバーンズワースもカーチャも。

 前世では割り合い孤独な来歴もあって、自分の力で生きてきたような気がしていたが。

 この世界に来てからは、常に誰かの親切に生かされている。


 リータが親切に寄り添ってくれるから、孤独にならずにいられる。

 バーンズワースが手を回してくれるから、危険から逃れられている。

 カーチャが世話を焼いてくれるから、着実に進むことができている。


 なんなら前世だって、親のおかげで生きてこられたのだ。


 感謝なことよね。


 だが、バーンズワースは『いち人間同士』と説いた。

 カーディナルは『助けられている分、自分もできることをする』と掲げた。

 リータは『あなたを守る。お互いがお互いの、帰る場所になる』と誓った。


 私、みんなに少しでも、何かを返せているのかしら……。

 返せるように、出世だけじゃなくて、そのためにがんばらないと……。


 肩を組んでいるせいか、人の温もりに思いを馳せていると。



『ほら! 見えてきたぞ! あれだ!』



『あ、あぁ……!』


 坂の上は小高い丘のような場所だったらしい。

 そこを下った平地の先に、軍艦に比べると小柄な艦がポツンと。


『あともう少しだ! がんばれ!』

『えぇ!』

『ここからお互い無念な結果にならずに済むかは、君の良心と人望だぞ! 期待してるからな!』

『任せなさい! なんだったら言うこと聞かないやつは全員、リータがしばき倒すわ!』

『なんだその暴力装置。君、恐怖政治タイプじゃないだろうな? 下りも足元気をつけて』


 ゴールが、希望が見える。こうなると俄然、元気が湧いてくる二人だった。

 そして、






『……早速君の良心に頼ろうかな』


『シルビアさま!!』


 二人は今、ライフルで武装したクルーと。

 なぜか一人だけデカい槍斧ハルバードで武装した、当のリータに包囲されている。

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