第29話 氷さえ溶かす

『待ってリータ! 落ち着いて!』


 何もない原初の雪原で、古典的な生身の包囲戦。

 150ないリータが2メートル50の槍斧ハルバード八相はっそうの構え。ジリジリ距離を詰めてくる。

 正直、提督諸共叩き割られそう。

 かといって。

 他の部下のライフルもレーザータイプ。まとめて穴あけパンチされてしまう。


『この人は攻撃しないで! 私たちと同じで、仲間の救助に来ただけなの!』

『                』

『ちょっとリータ! 聞いてる!? なんとか言ったらどうなの!』

『そういえば無線の周波数、こっちと合わせてたな。向こうは聞こえてないんじゃないのか?』

『あーもう!』


 武器はないが、一応背後から人質に武器を突き付けるポジションの提督。

 これはマズいことになったかと、ヘルメット内を湿らせるシルビアだが。


『                 』


 何を言っているか分からないが、リータが周囲を制し、包囲網が一時立ち止まる。


『えっ? 通じた?』

『聞こえちゃいないんだろうけど、君の様子で意図を察したんだろう。いい以心伝心じゃないか』

『さっすがリータ! あとでいっぱい撫でてあげなくちゃ! 頭にチューもして寒いからお風呂も入れて、それから』

『犬かよ』


 こんな時でも喜べる愛の戦士シルビアだが。

 当の少女自身は、槍斧の石突いしづきで雪をパシパシ叩く。明らかに「待て」が気に入らない様子。

 彼女がここまで露骨にシルビアへ反抗的なのは初めてか。


『大丈夫か? 懐いてない日本犬とかああいう感じだぞ?』

『大丈夫よ! 私とあの子のはぐくんだ愛にケチつける気!? 噛み付くわよ!?』

『そっちが犬なのか……』


 しかし、身振りで状況を察したということは。

 身振りで状況を勘違いする。


 提督へ吠えかかった彼女の動きを、リータがトラブルと勘違い。

 それこそ猟犬の勢いで駆け出す。


 マズい!


 このままでは提督が、極寒かき氷の海でスイカ割りにされてしまう。

 おそらく勘と洞察力の彼女のことだ。あのウルトラマリンブルーで、仕掛けてもシルビアに危機がないのを見抜いたのだろう。

 そのうえで上手じょうずに背後の敵だけをね跳ばせると。そこに関しては、なんなら本人以上に彼女の方が信頼している。

 問題は、


 ええい! ままよ!!



 シルビアは咄嗟に、ヘルメットを投げ捨てた。



 あまりのことに、リータは急ブレーキで立ち止まる。脱ぎ捨てて遠くなった無線から


『おい! どうした! なんの真似だ!』


 と怒鳴る声もする。

 それらが霞むほど、まともに目を開けていられないほどの冷気が皮膚を突き刺す。密閉されて蒸されていた水分が、すぐにを白く染める。

 目の前の少女は、おそらく何か叫んでいるのだろう。声が届かないのはヘルメットのせいだが、耳の穴まで凍って詰まったかと錯覚する。

 それでもヘルメットを被ろうとしない彼女に業を煮やしたか。

 リータも自分のヘルメットを投げ飛ばす。


「リータ! 顔が霜焼けになるわよ!」

「そりゃあんたの方だわ!」


 焦りのあまり、話し方に素地が出ている。


 そこまで心配してくれるのはうれしいし、それだけ私も心配だけど。


 実際、外気を吸い込んだ瞬間。肺の中が一気に冷えて、型でも取られている気分。

 体内の形が分かるというのも、あまり気分のいいものではない。


 でも、自身も彼女もこうしなければならない。

 でないとお互い、声が届かないのだから。


「早くヘルメットを!」

「聞いて! この人を攻撃してはダメ!」

「なっ?」


 驚きで肩の跳ねるリータだが、槍斧を握る手は逆に堅くなる。


「あの輸送船には、『地球圏同盟』のパイロットが捕虜として捕まってて! 彼は解放の交渉に来ただけなの!」


 向こうの表情が険しいままなのは、気温のせいばかりだろうか。


「我々に対する害意はないわ! 彼らは人質を解放し、私たちは輸送船クルーを救助する! それだけで!」

「あとで騙し討ちするような! そういうことがないような、信用できる証拠は!」


 ここで澱んではいけない。迷いがある分だけ、周囲にも伝播する。

 特に目の前のウルトラマリンブルーは、透明よりも鋭く捉えるだろう。



「証拠はないわ! ただ、この人は信用に足る人物だと! 話して私は感じた!」



 我ながら無茶苦茶な理論。軍人、指揮官にあるまじき。

 しかし、


「だとしても!」


 そこを信頼しきっているのが、シルビアとリータ。

 代わりに



「その男やパイロットを見逃したことで! 明日何人の仲間が死にますか!? 何人の人が人生を変えてしまいますか!?」



「うっ」


 気付かないところに気付き合うのも、シルビアとリータ。

 それだけに鋭い指摘。言葉に詰まった瞬間、



「僕は地球圏同盟シルヴァヌス星域艦隊提督! ジャンカルラ・カーディナルだ!」



 隣でヘルメットが落ちる。

 剥き出しになった真紅の髪。長時間ヘルメットを被ってなお、跳ねっ毛の多いショートボブ。


「えっ?」



 中性的どころではない。柔和で童顔かとすら思える



「お、女の人……?」


 の顔立ち。

 シルビアはもちろん、『彼』と聞いていたリータもポカーンとしている。


 しかし、ジャンカルラは気にしない。

 どころか、今がチャンスかのように畳みかける。


「今僕が単身ここにいるのは、交渉で全て済ませるだけだ! 害を成そうというのは勝手だが! もちろんその直後には、艦隊による報復が行われることとなる!」


 さすがの勇猛なる少女戦士にも、ぐっと怯む色が浮かぶ。


「確かに君の言うとおり! ここで討たねば、のちに敵として立ちはだかるだろう! 逆に討てば英雄だ!」


 足元はやや退がりつつ、腕には力が入るリータ。目はどっちつかず。



「その両方を天秤にかけて! 艦長は君たちの命を選んだ!」

「ぐっ!」

「どうする!!」



 少し槍の先が下がる。それが答えだろう。

 だからシルビアも、彼女を解放してやる。それが運命を分け合った彼女の役割。


「リータ」

「シルビアさま」

「お願い」



 ほんの少しの静寂ののち。



 リータは槍斧を捨てると、ヘルメットを拾い上げる。

 無線を使うためだろう、被りなおすと。


『                                                   』


 周囲の味方も包囲を解いていく。

 それを見送って、


「ふぅ……」


 一息ついて脱力のシルビアに、ジャンカルラはヘルメットを差し出す。


「被りなよ」

「ありがとう」

「救助作業、ウチのクルーも呼んで手伝わせたいくらいだけど。余計な刺激をするかな?」

「かもね」


 彼女もヘルメットを被ると、呟いた。


『やっぱり地球圏同盟の人間は皇国が嫌いでね。僕ももちろんそうなんだが』

『あら』



『君のことは人として好きだ。皇国軍でなければよき友になれただろう』



『私は同盟軍でもお友だちになりたいのだけれど? 好きよ? あなた』

『そっちの趣味はまだ知らなくてね』



 それから数時間後、日付も変わろうかというころ。

 思わぬアクシデントで大幅に遅れつつも、救助作業は無事完遂された。


 哨戒から予定どおり帰ってこないために


『迎えに行こうか?』


 とか言い出すカーチャをうまく抑えるのには苦労した。父親かよ。






 それとほぼ同じころ。

 皇国首都、バーナード朝宮殿にて。


 廊下を力強く叩く、大量の軍靴の音。開け放たれる重厚なドア。



「シーガー卿、お覚悟いただこうか」

「バーンズワース卿……!」



 2323年10月2日、午後15時ちょうど。

 大きな政変があった。

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