第30話 解放か
輸送艦『
シルビアは哨戒任務へ出ず、ネリオー臨時元帥府にいた。
特別褒賞的な休暇もあるのだが、本当の理由は
「リータ! 具合はどう!? 大丈夫!? 熱下がった!? 喉は!? リータぁぁぁ!!」
「うるさい……」
「リンゴ食べる!? 皮剥いたげるわよ!」
「さっき食べたでしょ。二個分。認知症かな?」
「食欲がないの!? ダメよリータ! しっかりして! リータぁぁぁ!!」
「うーん悪化しそう」
医務室、士官用の個室。
リータはあの極寒のオプス任務。気候と心身の消耗か。
高熱を出して寝込んでいた。
今はそれなりに回復したようだが。シルビアのメンタル以外。
まぁ普段なら「はいはい。人型の何かの平常運転」なのだが。
今回ばかりは多少理解と同情の余地がある。
何せ軍医に
「まぁ、この子は孤児院育ちですからな。大事な時期に栄養が足りてなかったのでしょうな」
などと言われてしまったのだから。
「あの、先生。それはどういう……」
「つまり体ができていない。発育不全です。だから14才にしては背が低いままだし、健康面でも非常に脆い」
「でっ、でも! 格闘戦も強いし、このまえもこぉんなに大きい斧を」
「平和な世界で健康に育てば」
身振り手振りでアピールする彼女を、冷たく制するような軍医の声。
「
高出力低耐久。
野球では『ガラスのエース』などと。ハイスペックながら体がついていかず、怪我に悩まされる選手もいるが。
貧弱な成長を天性のスペックで補う……リータもそれに近いのかもしれない。
それだけでも愛と不安が止まらないシルビアに。
トドメはカーチャのこの一言。
「あー。君らずっと、激動の働き詰めだったもんねぇ」
「ぐはっ!」
「どしたんさ?」
まさか、私に巻き込まれたせいで、あの子は過労に!?
私のせい!?
あまりにもショックな事実。
彼女はいつも以上にオーバーな精神状態にあるのだ。
毎晩ベッドでカワイイカワイイと抱きしめるのも疲労回復を
狂って死にそうだから教えないのが世界平和。
と、そんなわけで。
常にベッドサイドから離れず、一周回って余計に少女の安眠を脅かす、
『オデ、ニンゲンスキナノニ、ナカヨクシタイダケナノニ……。ニンゲンコワレル、キズツケテシマウ……』
系シルビアの元へ、
「こんちゃー。今日もやってんねぇ」
もうこれを日常風景として止めてもくれない、モンスター化の呪いをかけた張本人。
『
「元帥閣下!」
「あぁ、そのままでいいそのままでいい。それよりさ、これ」
シルビアとリータを制しつつ、閣下が取り出したのは大きめのタブレット。
作戦用ではなく私物らしいそれの画面に映っているのは、
『あっ! シーガー卿が出てきました! シーガー卿! 一言お願いします! シーガー卿!』
『シーガー卿! 皇帝陛下とはどのようなことをお話しに!?』
『シーガー卿!』
右上に『黄金牡羊座宮殿前から緊急生中継!』のテロップ。どうやらニュースのようだ。
『ご覧のように一言もなく、逃げるように去っていってしまいました。我々取材班は引き続き、宮殿前で関係者を待ちたいと思います。一旦スタジオへお返しします』
『ツァオさん、ありがとうございます。では一度おさらいしましょう。今回の事件は、皇国宰相ニコラウス・ティル・ゲオルク・シーガー卿がですね。自身の権力とコネクションを使い……』
『フィッシュさん! 中継のツァオです! バーンズワース元帥が姿を現しました!』
「ジュリさ」
「静かに」
カーチャが画面から目を離さずに、シルビアの口へ人差し指を立てる。
画面ではバーンズワースがイルミ以下複数の将校を伴い、いつものマントを翻し。
堂々たる威容で報道陣の海へ。
『元帥閣下! お話よろしいですか!』
『閣下はお忙しい。ご遠慮願いたい』
『まぁいいじゃないか、ミッチェル少将。さて、アイドルと熱愛疑惑とかでなければお答えしよう』
「ジュリさまが熱愛!?」
「あの、シルビアさまがいない場所で見ませんか?」
リータにまで見放されたら終わりだろう。さすがに彼女も反省する。活かされる日は来るのだろうか。
『このたび、シーガー卿弾劾の告発をなされましたが』
『以前にも言ったけど、軍部の総意ですよ?』
『実際に解任の流れとなりました。いかがですか』
『大丈夫。まだ子どもに菓子を買ってやれるくらいには、原稿料稼がせたげるよ』
『それはいったい、どういう!?』
バーンズワースは糸目で表情が読みにくい。
それでもはっきりするほど、彼は犬歯を剥き出しにした。
『そりゃ軍部へ介入するために贈賄、職権
『つまり……』
『僕らも勉強してね。いろいろ判例を
閣下は底意地の悪い、獰猛で野蛮な笑顔。
対するイルミはなんでもないような顔。
バランスの取れた、煽り力あるコントラスト。
『はっ。一般社会ではこの人数を殺傷しますと、もれなく死刑になるようです』
『ということは閣下! もしかして?』
『閣下。お時間です』
わざとらしく懐中時計が掲げられる。
『おや、そうかい。じゃあ悪いけど、僕はこの辺で。さっさと帰ってカツカレー食べたら、また人と会わなきゃならない』
『待ってください! 閣下! バーンズワース閣下!』
『ミチ姉。今日のカレーはどうかな?』
『レストランだからな。軍隊仕込みと違って辛口よ』
『わぁい』
「ま、この辺でいいか」
カーチャがタブレットを取り下げると、二人もようやく意識がこの場に戻ってくる。
「あ、も、もしかして」
「私たち」
ポカーンとした顔の二人に、閣下はにっこり微笑む。
「おめでとう」
ついに黒幕が? シルビアとリータを
瞬間、二人の目から、ポロッと光るものが。
「リータ……!」
「シルビアさま……!」
「リータぁぁああぁ!!」
「よかったぁぁはあぁ!!」
抱き合って喜ぶ姿に、カーチャは声をかけようとして止め、
ベッドサイドのテーブルに一枚の封筒を置いて立ち去った。
少しはみ出している中身は、
2枚のチケット。
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