第31話 湯けむりとバカンス

「本当に普通のお湯とは手触りとか違うんですね。匂いも」

「いい湯だわ〜」


 湯けむりに見え隠れするここは、ホテル『シュプリーム』大浴場。

 名前のとおり、惑星ネリオーで一等の保養地である。

 その、これまた一等の湯に。シルビアとリータは肩まで浸かっている。


「にしても。ただでさえ数日休んでたのに、そこからバカンスまで追加されるとはねぇ」

「セナ閣下には感謝です」






 二人がこうして魂の洗濯を堪能しているのは、カーチャの計らいである。

 シーガー卿罷免の報が入ったあの日、彼女がベッドサイドに残していった封筒。

 その中身が当ホテル、スウィートルームのチケットだったのである。


「いやぁ、『新しい為政者へお近づきに』ってことだろうね。向こうから送られてきたんだけどさ。私忙しいから、行ってる暇ないんだよねー」


 本人へ確認しに行くと。彼女は発言に相違なく、書類と艦隊決戦(なお味方はいない)を繰り広げていた。

 口から生えているロリポップの棒。シルビアは前世の、喫煙所で死にそうな顔していた上司がオーバーラップした。


「というわけでだね。君たち行ってきなさいよってことで。入営してから、下艦してる時もお役目あって、ロクに遊んでないでしょ?」


 ついこのまえ、警邏と称して『ローマの休日』してました、とは言えない。


「ロカンタンちゃんの風邪も軽くなってきたし。ダメ押しの湯治も兼ねてね」

「本当によろしいのですか?」

「よろしいも何も、こちらこそお願いするよぉ」


 カーチャは書類から目を離さず受け答え。


「何せ、私宛てのチケットで行くんだ。君らは私の代理だよ? ひいては進駐皇国軍の代表でもあり……。ま、しっかりやってよね」

「ひえっ」


 思った以上の話の大きさに、シロナが小さく声を上げる。


「ま、ロカンタンちゃんをうまく使ってよ」

「リータを?」


 ここでチラリと、閣下の目配せが飛んできた。

 少し大人の悪さを秘めている。


「『子どもにバカンスを与え、大事にするクリーンな組織』『子どもが前線で戦っている、同情すべき組織』両方のイメージ稼いできてねん」

「えぇ……? 具体的な方法が浮かばないのですが」

「とりあえず変態性抑えりゃいーんだよ」



 そんな政治的ミッションも兼ねてのバカンスなのだが。






「へぇ。リウマチや関節痛に効くのね」


 結局よく分からないので、普通に満喫している。

 カリビアンリゾート風のしつらえは、やけに『西洋』『王朝』に凝った街並みとは別。ゲームのクラシックな世界観に胸焼けしているシルビアには、沁みるものがある。

 別に景色だけなら、艦内のプロジェクションPマッピングMサロンでも観られるが。壁に張り付いているのと物質があるのでは大違い。


「それは助かりますね〜」


 リータが湯を、磨いた象牙のような四肢に擦り込む。

 艦隊勤務中も重力発生装置が作動しているとはいえ。

 地球ほど強力ではなかったり、効果対象外の区画があったり。戦闘時には省エネ目的で弱めたり、完全に切ることさえある。

 シルビアのような立場からすれば、無重力を満喫できるとも言えるが。

 逆に職業病として。地上に降りた際、慣れない重力で膝を痛めたりする。

 月のように軽い星ならばまだいいが。ただでさえ地球用に進化してきた人体が、より重い星ともなると……。

 おそらくこの時代に湯治をありがたがることは、戦国や幕末の日本に劣らない。



 二人が古来からの恵みに感謝していると、


「お湯加減いかがですか〜?」


 現れたのはシロナ。

 実は彼女もカーチャに


「たまにゃ遊んでこい。でないとキャンディ抱えてるうちに一生が終わるぞ」


 と、もはや罵倒ともつかないエールで送り出されたのである。

 いくらキャンディ以上発展しないかは本人のスキルによるとは言え。


「最高よ。そりゃローマも天下を取れるわ」

「老婆?」


 あまりにも過去すぎるうえに、学のなさそうな彼女には通じないらしい。

 しかし、それらに対するスルースキルはあるようだ。適当に笑って、隣に腰を落ち着ける。

 そのスキルが成長を阻害しているとかの是非は知らない。

 それはそれとして、


 デカいわね……。


 シルビア’sチェック。一部の成長は著しいらしい。

 サブカルには『巨乳ほど頭が悪い』のステレオタイプがあるとかないとか。

 そういう意味では、元々悪役令嬢としてデザインされたシルビアも悪くないサイズだが。

 いや、関係ない。そこに相関関係など存在しない。あるのは『頭が悪いサイズの巨乳を設定するやつ』だけである。

 カーチャこそスラッとしているが、イルミは頭も冴えているし。

 リータは幼女である。


 と、急にシロナがこちらを向いた。

 胸を見ていたことがバレて、謙遜自虐風マウントが来るかと身構えるが。


「その、まえまえから気になってることがありまして」


 どうやら違うらしい。


「えっ、なに? 私、変?」

「え? シルビアさまはご自身がセーフな方の人間だとでも?」

「えっ?」


 じっとりしたウルトラマリンブルー。

 戸惑う人間判定当落線上に、


「それです! それなんです!」


 シロナは目を輝かせて食い付く。


「どれ?」

「ぎゃあああ!」


 逃げるリータに全身なでなでの刑を執行中のシルビア。

 まさか犯罪者寄りのロリコンであることがバレたのだろうか。



「お二人はどうしてそんなに、対等で仲良くできるんですか? 上官と副官、年も離れてるのに」



「なに? あなたもロリコンなの? リータはダメよ」

「違いますっ!」


 抗議するように腕が振られ、湯が跳ねる。

 ロリコンではないようだが、本人の中身自体、まだまだ少女である。

 続く言葉も少女そのもの。


「私もお二人みたいに、カーチャさまと、もっと仲良くなりたい……」


「いや、やめときな。ロクなもんでない」

「夢壊さないの」


 態度が荒れはじめたリータは置いといて。


「私たちはそもそも二人で一つ、血を分けた以上の姉妹よ? だからこれくらい自然だけど」

「自然じゃない! 環境破壊!」

「あなた方がどういう出会いで、どういう関係なのか。あなたの目指す関係が、閣下にとってはどうなのか。それを知らないことには、ね?」

「私たちの出会い、関係、カーチャさまがどう思っていそうか、ですか……」


 シロナは少し湯をブクブク言わせ、

 それからポツポツ語りはじめた。

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