第155話 これはこれで、我が世の春

 シルビアに出世と新たな任地がもたらされると。

 その後は場を変えて祝賀会という名のお披露目会、の予定だったが。



「いやぁ、悪……おてんばだったシルビア殿下も、見違える人物になりましたなぁ!」

「元帥閣下方を始めとします、皆さまのおかげですわ」


「まさかあのシルビア殿下が、クロエさまと笑顔で並び未来を語る日が来ようとは!」

「えぇ、まぁ」


「そろそろクローチェの絵画を返してくださりませんか?」

「おほほほ」



 元帥拝命式典終了直後。

『梓』は欠片も知らないお偉いさん方に、旧知ので囲まれて。


 これが何時間も続くなんて無理!!


 軍人の頂点には堪え性のないこと、即座にギブアップしたシルビアは


「私が思うに、国が動乱に見舞われて国民が不安だったこの時にね? 私たち上に立つ者が連日贅沢してるのは、よくないと思うの」


 それっぽい理由を並べて、イベントを回避した。

 クロエは


「さすがシルビアさん! 素晴らしいお考えだわ!」


 とか騙されていたが。


 というわけで、






「あぁ〜♡ お寿司〜♡ すき焼き〜♡」

「お姉ちゃん、そんなに日本食好きだったっけ?」


 夜、親しい者たちだけで集まり、酒宴を執り行うことに。

 場所は


「なんで私の部屋なんです?」

「実質私の部屋じゃない」

「じゃああんたの部屋でいいでしょ」


 リータが泊まっている客室。

 洋室にわざわざ、床に座って使う背の低いテーブルを運び込んでのスタイル。


「へーい! ビールとジュース買ってきたよぉ!」

「ラガーとピルスナーがよかったんだよね?」

「はい! エールもいいけど、これよこれ!」


「今回は出世した君らが主賓だから!」と買い出しに出た両元帥も帰ってきてスタート。


「じゃあ寿司ネタが乾くから、長い口上とかナシにして!」


「「「「「「「「かんぱ〜い!!」」」」」」」」


「元帥おめでと〜!」

「おめでとうございま〜す!」

「ありがと〜!」


 逆に出世したからこそ、これから素の自分を出していくことは難しくなるだろう。

 だから今を噛み締めるように、楽しく砕けた祝いの席である。


「リータ、あーん♡」

「はぁ?」


 ……本当に彼女は素の自分を出せなくなっていくのだろうか。


「いやぁ、それにしても、もう元帥かぁ」

「軍人なって一年経ってないよね」

「バーンズワースくんの最短記録抜かれたねぇ」


 言ってもシルビアより数歳うえ、なんなら『梓』より年下の元帥二人。

 ビール片手、なんだか中年の上司みたいに感慨深そうにしている。


「私の元帥はなんというか、皇帝にならない代わりみたいなものですし。それで言うと、リータの方がすごいんじゃないかしら?」

「む?」


 すき焼きのネギを乱獲するリータ。口に寿司でも詰まっているのか、返事が変。

 生卵を拒否したイルミが補足する。


「14歳9ヶ月での上級大将は最年少記録ですね」


 ちなみに、そもそも食卓に着いているのが全員外国人。

『梓』以外に生卵を受け入れたのはケイとカーチャだけである。


「そういえば、ミチ姉」

「ミッチェルとお呼びください、バーナード閣下」

「……イルミさんは今回も出世しなかったのね」

「えぇ、まぁ」


 今度は彼女が歯切れ悪く答えると、ケイが補足。


「だって出世しすぎると、愛しい彼の副官から外されちゃうもんねぇ?」

「なっ!? がっ! まっ!」

「そうなの? まぁ僕もミチ姉がいてくれないと困るからね。うれしいね」

「っ!!」

「そういうことなら、ずっと一緒にいてよ」

「あ、少将が煮えた」

「赤い肉はまだ煮えてないよ。鍋に戻しなさい」


 リータとカーチャに好き放題言われるが、返事がない。ただの屍のようだ。

 そのわずかな会話の空白に、話題から外れたシロナの呟きが響く。


「私も出世とかしてみたいなぁ」

「じゃあ軍人として教育したろか?」

「初等兵は一生おそばでお仕えいたします!!」


 が、まぁ、こうして秒殺されているうちは無理だろう。


「お側といえば」


 クロエが上手に箸でリータの取り皿にを入れながら、


「何?」

「なんでしょう?」


 シルビアと彼女を交互に見やる。


「いえ、今までなんだかんだ一緒にいたんですよね?」

「同盟に行ってた時以外は、そうね」

「任地が別れても、一応フォルトゥーナとリーベルタースで隣だったんですよね?」

「そうね、あ」


 そこまで言われて、彼女もようやく思い至る。

 ユースティティアなら、さすがにいい加減子離れの時間なのだと。


「リータぁ!!」

「食事中にくっ付かないでください!」

「なんか冷たくない?」

「いつもなんです。なんでもないんです」

「それ使うシチュエーション違くない?」


 少女はシルビアの取り皿のヒラメに、ツーンとワサビを載せていく。


「寂しくないでしょ。『オルレアンの城壁』と、ずいぶん仲いいみたいじゃないですか」

「あら? いてる?」

「すき焼きっていうけど、煮物ですよね?」

「いや〜んリータぁ!」

「くっ付くなって!」


 その様子を見ながら、バーンズワースが笑う。


「地域によっては本当に焼くらしいよ、ってのは置いといて。バーナードさんは初めての元帥。何よりロカンタン上級大将もいない、初めての独り立ちだからね。いろいろ大変になるだろう」

「そうですわね」

「『城壁』は自分から攻めてこないからね。正面の敵と仲がいい以上に、新しい環境に集中しやすいはずだ」

「閣下」


 バーンズワースもカーチャも、『もう同じ階級だ』とは言うが。

 それでも、先達として、元上司として。

 彼女のことを気に掛けてくれているようだ。



「お二人とも、ありがとうございます……!」



 お酒が入っているからか。

 素直に感謝されて、両元帥とも少し照れくさそうに手を振る。


「いいのいいの」

「まぁもうしばらくは新皇帝即位の祝賀。君もカピトリヌスで休暇だからね。大任に向けて英気を養っておくれ」

「はい!」


 なんて幸せなのかしら!


 皇帝にこそなれなかったが、元帥までは上り詰めて、みんなに愛されて。

 前線で待つのも大好きな親友。

 戦争を終わらせる、という約束を忘れたわけではないが。


 これはこれで、いいのかもしれないわね。


 ビールで薄く酔ったゆえの、ふわっとした高揚感に包まれながら、


「じゃあ任地に行くまでに、アンヌ=マリーにあいさつの手紙でも書こうかしら?」

「敵国に届くんですか?」


 つかみ取った今を、寿司とともに噛み締めるのだった。


「辛っ!!」

「あ、ワサビ盛ったやつ」






 それから数日。


So this meansというわけで、Best regardsこれからよろしくね〜Anne-Marie♡アンヌ=マリーちゃん♡   Silviaシルビア Matildaマチルダ Bernardバーナード


「はぁ」


『地球圏同盟』軍ユースティティア方面軍、ユースティティア基地。

 夜の、デスクの卓上ライトだけが明かりの提督執務室。

 果たして本当に届けられた、ご丁寧にピンクのキスマークまで着いた手紙を。

 アンヌ=マリーは


「だそうですよ」


 ソファの方へまわした。


「もう見た」

「でしょうね。蝋留めが割れている。お行儀の悪い人」






         ──『皇位継承戦争編』完──

      ──『聖女と令嬢とコスモスの花びら』へ続く──

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