第302話 光と熱と、冷たい海
7月10日13時ちょうど。
皇国軍シルヴァヌス方面基幹基地(旧称:元帥府)、大ホール。
シルビアは各指揮官や将校を招集した。
本来一方面での軍事しか想定されていない作戦会議室では狭かったらしい。
彼女が自身の副官を伴い会場入りすると、
「大学教授になった気分ね」
「は?」
「何も」
思わず小声で呟くほどの光景。
自身が登壇するスクリーンを起点に、扇状で段々に伸び上がる座席。
それを埋め尽くすように座る軍人たち。
もちろん彼女が通っていた大学に、そんな規模の教室はなかったが。
そんなことより、
「ここまで、来たのね」
「は?」
「何も。始めましょう」
シルビアの脳裏に浮かんでいるもの。
ちょっとまえは、私もあっち側だった。
今回以前の皇国同盟一大決戦といえば、『サルガッソー』攻防戦である。
彼女のここまでの激動たる人生。そのスピード感でいえば去年の1月は大昔かもしれない。
が、人の一生の感覚でいえば、前世トータル三十路を越えると『ちょっとまえ』。
そんなありし日の、サルガッソーで大打撃を受けた直後の会議が思い起こされる。
あの時ももちろん緊張感はあった。衝撃もあった。
負けるのではないかという絶望感もあった。
それでもなんだか、光があった。
まだ戦いが始まるまえの今より、明るい光景だった。
思い出の美化ではない。
何故ならそれは、敗れた直後にカーチャが労り抱き締めてくれたからであり、
前を見れば閣下たちの背中があったからであり、
リータが支えていてくれたからである。
だが、今はその誰もいない。
「私が、光を与える側になったのね」
シルビアは諸将の敬礼に答礼しつつ、マイクのスイッチを入れる。
「諸君。あいさつは抜きにして、早速本題に入るわ」
同時に、背後のスクリーンに周辺宙域のマップが映し出される。
気分は大学教授からジョブスである。
「シルヴァヌスから非常に遠い艦隊を除き、多くの艦隊がここに結集した」
マップではたくさんの青い矢印が一点に伸びていく。
その対岸では、
「そしてそれは敵も同じ」
赤い矢印も。
「お互い、決戦をするのに、いえ」
彼女はあえて区切り、アピールするように縛った長い赤毛を振る。
「大将首を賭けた戦いをするのに、じゅうぶんな戦力が整ったと言えるわ」
別に突飛なことを言ったわけでもないが、座は少しざわつく。
そうでなければ、強烈なパンチラインにした意味がない。
「つまり、いつコズロフが仕掛けてきてもおかしくないということ」
しかしそのざわめきも、目の前の強敵にピタリと止まる。
よく訓練された猟犬たちであるとともに、敏感に恐怖を感じているとも言える。
「であれば!」
だからこそシルビアは声を張りあげる。
首輪の鎖を解き放つように、恐怖の鎖を引き千切るように。
「今回はこちらから打って出る! まず連中に最初のイニシアチブを取らせない!」
それは彼女にだって必要な勇気なのだから。
「そのためにも、受けて回ったり相手の動きに対して嵌める策は有効ではないわ。よって」
その勇気がまた、自身に注がれる視線に光を与える。
シルビアはこれでもかと輝きをばら撒くように、
目の前にいる敵艦を薙ぎ払うかのように、強く右腕を水平に薙ぐ。
「この戦場を勝つ意味でも! 同盟軍の戦意をコズロフとともに折る意味でも! 真正面から正々堂々、突撃して踏み越えるわよ!!」
本来会議は静粛であるべきだが。
この時ばかりは、全皇国軍人の魂の地鳴りが響く。
たとえこれが自身への忠誠心や策への喝采でなくとも、
いや、むしろ個人が持つプライドと愛する者へ捧げる精神の発露であればこそ。
皇帝も響き渡る雄叫びを、話を止めてまで全身に受け聴き入った。
やがてそれが静まれば、今度は波のように彼女が声を張る。
「では配置を発表するわ! 左翼艦隊指揮官、テレサ・マツモト中将! 右翼……」
シルビアの鼓舞が終わったあと。
紅潮した表情の将校たちがぞろぞろ廊下を歩いていく。
それぞれまずは与えられた部屋へ戻っていくのだろうが、宿舎までは同じ道。
よって大挙して同じ方向へ練り歩いていくのだが、
一人なんとも言えない真顔をしたカークランドは、流れをそっと抜け出した。
彼が姿を現したのはシルヴァヌス基地のドック。
すでに各方面の艦隊によってキャパシティが溢れている。
多くの艦隊は屋外の空きスペースに留め置かれ、彼の艦も多分に漏れないのだが。
それでもカークランドは外に出ず、多くの作業員が
やがて彼がたどり着いたのは、ドックの奥も奥の一角。
そこでは押し込んだように艦や作業用の重機、ポッドなどが固められており、
その陰に隠すように、一際大きな戦艦が鎮座している。
皇国で唯一、皇帝座乗艦『
『
カークランドは
艦内へと乗り込んでいった。
「お加減いかがだ、同期の出世頭閣下」
「会議の中継ありがとう」
彼が通されたのは、医務室ではなく艦長室。
そこで、当然と言えば当然なのだが、
リータがデスクに着いて待ち受けていた。
軍服、軍靴、マント、軍帽、手袋まで。
式典にすらそのまま出られる、完璧な出で立ちで。
だからこそ、
「あまりよくないようだな」
「どうして?」
「弱みを隠すのは、弱っているやつのすることだ」
彼女の状態が察せられる。
『少しでも弱っていると思われたら、後方へ送り返される』
そんな不安を自覚しているから、無理に過剰に健康ぶっているのだ。
もし体調に自信があるなら、医務室のベッドでダラダラ出迎えてくれただろう。
「同期のよしみで陛下には黙っているがな。オレだって命は惜しいんだ。あんまり具合が悪いようなら、薬で眠らせてでも後送するぞ」
文面とは裏腹、個人としての心配も込めた声色だが、
「やれるもんならやってみな」
リータの返事は芳しくない。
険こそないが、まったく心に届いてもいない。
「なんだってそんな言い方」
「だって命が惜しいって」
彼女はタブレットでカークランドが回した議事録に目を通している。
「シルビアさまは案の定っていうか。正面から決戦しようとしてる」
「それは、そうだな」
「コズロフ、カーディナル、ニーマイヤー」
「む」
ウルトラマリンブルーが、チラリとカークランドへ向けられる。
冷たい海のような瞳だった。
「あんたらだけで、どうやって勝とうかねぇ」
侮辱されているわけではないのだろう。
だが、そうだったとしても、彼自身、
いや、皇国軍人の誰一人、反論はできなかっただろう。
だからカークランドも、人道として褒められたものではないと知りながら。
彼女がここに来るのを止めず、手引きしたのである。
負ける気で戦争をするものはいないだろう。
しかし、どれだけこちらが勝つ気でも、どれだけ皇帝が士気を上げようと。
現実問題、負ければ負けは訪れるのだ。
であれば、この戦いは……
彼はようやく、並みいる将校のなかで自分だけ冷めている理由を知った。
いや、蓋していたものに直面した。
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