第303話 シルビアらしく

 こちらはその翌日。

 7月11日の9時ちょうどであった。


「左翼、ジャンカルラ・カーディナル。右翼、セルジオ・シモン・カスティーリョ」


 皇国が国連か何かのような立派な会場なら、こちらは刑事ドラマの捜査本部。

 同盟軍シルヴァヌス方面軍統帥府の広い一室に並べられた長テーブル。

 そこで腕を組んだり肘を突いたり、威圧感を持って並ぶ提督たち。

 正直ジャケットがカラフルすぎて目に優しくない光景。


 その一団と向き合うように配置されたテーブル。

 刑事ドラマでいうなら捜査の指揮を取る官僚が座るポジション。

 そこで常識的サイズのパイプ椅子に巨体を押し込めているのが、


 特務提督にして『地球圏同盟』宇宙軍総司令官、イワン・ヴァシリ・コズロフである。


 彼はざわめく満座を無感情に眺める。

 想定された反応である。


 と、その空気を代表するように。

 最前列、ボールペンをカチカチ鳴らしていた女性将校が手を挙げる。


「閣下」

「なんだ。発言を許可する」


 揺れる赤髪。

 シルヴァヌス方面軍提督、ジャンカルラ・カーディナルである。


「一つ確認させていただきたい。決してカスティーリョ提督の実力を疑問視するわけではないが」


 その声には、意図を読みかねたような響きはない。

 ただ、理解したうえで、


「彼が右翼の筆頭であれば、名将ニーマイヤー提督はどこに?」


 ちゃんと全員に伝わるよう説明はしろ


 そう訴える響きがある。



 さすが、卿は分かるか。

 だろうな。

 卿はオレよりあの女を知っている。



 コズロフの口角が上がる。

 彼女の態度から、自身の読みはやはり当たっていると手応えを得たのだ。


「ニーマイヤー提督とその麾下は、オレについてもらう」


 また少し、将校たちがざわつく。

 ジャンカルラの隣、当のニーマイヤー提督も、声は出さないものの眉が動く。


「それはいかがなものでしょうか。彼はこの疲弊した同盟軍において貴重な実力者です。それを前衛ではなく本丸に縛る、と?」

「そうだ」

「まさか、御身が突撃一番、などと申されますまいな?」


 彼女の質問は的確である。

 コズロフが開示したい結論へ上手に寄せていく。

 やる気がない学生のようにペンを振る態度からは想像もつかない。


「オレは軽率に動きはしない。が」

「が?」

「相手はどうか?」


 ジャンカルラの振るペンが止まる。


「相手はあのシルビア・バーナードであり、『悲しみなき世界ノンスピール』だ。艦隊全体で突撃してくるとしても、本人も得意の首狩りに来ると見ていい」

「なるほど?」


「ゆえに、こちらも守備を固めて迎え討つ。あの艦の防御力と、それに任せた突進力は脅威だ。それこそニーマイヤー提督の助力なくして耐えることは厳しいだろう。」


 これこそが彼の読みであり、

 だからこそ彼女をよく知るジャンカルラもすぐに気付けた結論。


 そう、これは、


「この戦争、我々がやつを討てば、皇国はもう立て直せはしないだろう。逆に敵も、オレを討てば同盟の侵攻を乗り切ったも同然と考えるだろう。であれば」


 誰が何人参加しようと



「シルビア・マチルダ・バーナードは必ず来る!」



 彼と彼女の戦いなのである。






 それから3日後、


 2325年7月14日、しくも






「アンヌ=マリー。



 今日はあなたの命日だったわね」






 13時9分。

 皇国・同盟両艦隊は白色惑星コーンスス宙域で対峙した。

 重ねて奇しくも






「シルビア。僕とおまえの戦争が始まったのもこの辺だったな」






 『ビッグ・シップ・プレス』があった宙域である。



 しかし戦力はその比ではない。

 あれは大規模とはいえ一艦隊同士、300いくらだ600いくらだの戦いだった。


 だが今回は






「カークランドより禁衛艦隊、傾注! 陛下の『悲しみなき世界ノンスピール』は我々より速い! が、決して置いていかれるなよ!? 陛下の盾となり守れるか否か! それのみがこの戦いの勝敗だ!!」






 皇国軍艦隊、総勢3,275隻






「シルビアさま。いえ、今は何も、言葉がありません」






 対






「ようやく、ようやくこの時だ。ずいぶんと待ったぞ、シルビア・マチルダ・バーナード。我が長き妄執、今日限りの炎としてみせる」






『地球圏同盟』軍艦隊、総勢3,140隻。



 数としてもいつしかの一大決戦『サルガッソー攻防戦』に劣らず。

 いや、わずかに上回り。


 何より両陣営、内戦と長期戦のあとにこれだけの数を揃えたのだ。


 これがいかなる全身全霊であり、

 この戦いに未来の全てが賭けられていたかが窺える。



 その火蓋が、13時14分






「艦隊前進! 敵を中央からぶち破るわよ!!」






 皇帝シルビアの号令のもと、皇国側より切って落とされた。


 突撃していく皇国艦隊は、逆さの台形。

 しかし厳密には、


 三角形の中軍と、左右前方に逆三角の両翼


 というかたちに分けられる。

 ちょうど三つ鱗紋の頂点の三角をなくし、ひっくり返したようなものである。



 対する同盟軍はオーソドックスな横列の陣形。

 しかしよく見れば、中央だけやや退がっている。

 緩やかな鶴翼というか、鶴翼の卵というか。

 つまりはシルビアたちより横に広く、左右から挟撃しやすい構え。


 よって彼女たちもこの構えなのだ。

 逆三角の艦隊は、あくまで敵の両翼を牽制するのみが役割。

 打ち倒す必要すらない。

 広がった前方を壁のように押し出し、進路を妨害するがための形。

 突撃していく本隊を敵の砲火から保護する、注射針のキャップなのだ。

 固まった陣形から左右へ分離していくのは前提であり、


 その後残され露わになる、三角形の中軍。

 きっさきを相手艦隊中央、


 コズロフへと突き刺す


 そのためだけの陣形。

 その邪魔をされないための陣形。



「もちろん、まともに当たれば向こうの方が人材は揃っているでしょう!」



悲しみなき世界ノンスピール』の艦長席。

 号令を終えたシルビアは、なおも椅子にも座らず声を張り上げる。



「だから! 展開はこちらの得意を押し付ける!!」



 右手が大きく振りかぶられ、


 賽は投げられる。



「さぁ、仕掛けるわよ!!」

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