第304話 両腕を広げる、その心臓へ
「陛下!」
「提督!」
「「敵艦隊、射程内に入りました!!」」
「「
初撃の応酬はお互い間合いに入ったばかりのところ。
まだ陣形も大きく変化しないまま、一斉射が交差する。
よって皇国艦隊は三つに分離しないまま、台形の上辺からの斉射。
密集している威力はあるが、後方で砲撃に参加できていない艦もある。
一方で同盟は決して薄くはないが、大艦隊を左右へ広げた形。
多くの艦がより砲撃に参加できるが、端の方は距離が遠く、威力減衰も大きい。
よって、
「被害状況!」
「艦隊損耗率2パーセント! 主だった艦のシグナルはロストしていません!」
「まずまず、ね」
「被害状況知らせぇ!」
「艦隊損耗率3パーセント弱! 戦闘には支障ありません!」
「与えた損害は」
「ほぼ同じかと!」
「ふん。まずまず、だな」
まずまずというところ。
しかし、そんなものは最初だけ。
「だとしても、油断するんじゃないわよ!? 本艦は前衛配置、すぐにでも敵の砲撃が届くようになる!」
「はっ!」
「アンチ粒子フィールド、フルパワー! だけれどやられるまえにやる気で行きなさい!!」
「こんなものは前座ですらないぞ! 何隻沈めようが沈められようが、そんなものは
「はっ!」
「やつを殺すかどうかだ! そしてやつは必ずここに来る! 最強の盾を引っ提げ、オレを殺しにここへ来る!!」
じきに状況は変わるだろう。
より苛烈に、切実に。
しかも、なんなら。
お互いまずまずと。
同じように見えて、実はまったく違うところもある。
「提督!」
『
一段下の位置でクルーを統括していたラングレーは、最上段の艦長席へ振り返る。
「どうした」
「中央艦隊が!」
そう。
両軍、陣形が違うのだ。当然砲撃の出方も変わってくる。
同盟軍側が広範な構えから相手を包むように放つのに対し、
密集した皇国軍は、シルビアの強い意志のもと攻撃を集中。
同じ2、3パーセントの損害でも、全身を薄く炙られるのに対し、
敵の心臓へ強烈な槍を突き立てている。
数字で表すなら、2パーセント損耗だと今回は60隻を越えるくらいか。
これが3,100隻からすれば、たしかに2パーセントである。
が、これを一手に集中された艦隊で考えると、
雑に両翼と中央で三等分と考えれば1,000隻で6パーセント。
これをまた、艦隊一つ一つに分解するなら最大規模の中枢艦隊が大体600から650隻。
10パーセント削られたことになる。
もちろん実際に、全弾あやまたず一つの艦隊を捉えたわけではないだろう。
それでも
「このままではコズロフ閣下が!」
獲られれば終わりの大将首が危険であることに変わりはない。
しかし、
「織り込み済みだ」
ジャンカルラは冷静に短く返す。
佳境に入った映画館の客のように、艦長席でじっと動かない。体重以上の重量感すらある。
「しかし」
「なんだ? 君は僕に左翼を放棄して救援に行け、と?」
「いえ、そうは申しませんが」
彼女はもとより、あまりキラキラした目をしている人間ではないが。
それでも首すら動かさず、瞳だけでジロリとこちらを見るその姿。
歴戦のラングレーが『これなら無視された方がマシ』と思うほどの気配。
「一刻も早く……」
彼は目線をモニターへ向ける。
そこに映っているのは皇国軍の右翼艦隊。
向こうが初手を中央に集中させたこともあり、局地的には明らかにこちらが押している。
まだ初撃とはいえ、イニシアチブは握ったと言えよう。
相手側もようやく回頭し、対応してくるつもりのようだが。
いや、イニシアチブなどと邪魔くさい用語など。
自分たちシルヴァヌス艦隊の、
我らがジャンカルラの実力を持ってすれば、すぐにでも……
「まだだ」
そんなラングレーの頭を押さえ付けるような、高低ではない重みのある声。
「まだ、まだだ」
出だしから方向性の分かれたる両陣営だが。
その結果は二撃、三撃と重ねるうちに、ますます影響を大きくする。
結果、戦闘開始から30分としないうちに、
「戦況はどう?」
『
シルビアの問いに、観測手たちは『待っていました』と報告を始める。
「左翼艦隊、拮抗状態です! マツモト中将からも『当艦隊の牽制行動に支障なし』とのこと!」
「助かるわね」
「右翼、局地的には被害が5パーセント突破! 若干押され気味の様子ですが、作戦行動には依然支障なし! 敵将はシルヴァヌス艦隊ジャンカルラ・カーディナル!」
「ならよく堪えている方よ。あとで褒めてあげないと」
「中軍は……」
「砲撃、来ます!!」
重要な報告すら遮る切羽詰まった声と同時に、
「うっ!」
一瞬で視力を0.2は下げられそうな、強烈なフラッシュがモニターを埋める。
当然アンチ粒子フィールドで無力化されていくのだが、
「被害は!」
「当艦にはありません!」
「そう。でも盾がなければ、艦橋直撃だったかもね!」
いつまで経っても慣れないものは慣れない。
慣れる云々以前に、遭遇したら死に等しいものなのだ。
きっと人間が慣れる概念の範疇をはみ出しているだろう。
「つまり、それぐらい肉薄してるってことよね……!」
前衛はすでにいくらかを失い、『
武者震いが髪と軍帽の隙間から汗を落とす。
「中軍被害は……」
「不要よ!」
報告を一蹴するように腕を振るうと、その汗も数滴飛び散る。
「我が艦隊は今まさに敵の心臓突き刺さろうとしている! ここからが正念場よ!」
「はっ!」
「『
「了解しました!」
「悪いけれど、今ばかりは民衆を率いる皇帝であるより! 怨敵を討つ戦士であらせてもらうわ!」
彼女はデスクを左手で叩き、反動で跳ねるように立ち上がる。
その勢いが乗ったように、右腕を強く強く前方へ。
「両翼を分離! これより中軍は魚鱗陣をとり、本格的に突撃を仕掛けるわよ!」
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