第301話 運命の地へ

 彼女自身が澱んでいるというより、

 戦争の澱みを映し出したような色味。


 副官の背筋が緊張で伸びる。

 控えている決戦の気配が、


 もしかすれば、ステラステラの比ではない……?


 そんな大きな何かであることを察したのだ。


 それを裏付けるように。

 死んだ鹿のように暗い瞳は続ける。


「もっとも、君の言うとおり。止められたって止めないがね」

「な、何故!?」


 もとより戦場に散る戦士たちを鼓舞してくれるジャンカルラだが。

 それに励まされてきたラングレーでもあるが。

 それにしても今のは発言は、彼女のものとは思えない。

 そんな、無益に人の血が流れるのを看過するような。


 しかし、ジャンカルラの言葉は


「何故って、忘れたのかい? 君の質問に答えて言ったんだよ? 『戦い尽くすのはまでか』っていう問いに」

「あ」



「『戦争にむまで』と」



 想像とは真逆であり、


「せっかく評議会連中も戦争に倦んできたんだ」

「提督が見据えていたのは、コズロフではなく」



「嫌になるまで、二度と見たくなくなるまで。徹底的に倦んでもらおうじゃないか」



 より苛烈なものだった。


 次の『終わらせる時代』が終わらせやすいように。

 今の腐った時代は徹底的に殺し尽くしてから渡すと。


 焼畑農業のように。

 都会のスクラップ・アンド・ビルドのように。

 描いた絵を燃やして真っ白なキャンバスを用意するように。


 本来であれば、


『尊敬する彼女の悲願が叶う』


 と、喜ぶべきことなのだろうが。


 どうしても彼には、



 大きく運命が動き、決まる



 その得体の知れない戦慄の方がまさった。






 そんな、歴戦の男であろうと。

 誰もが身震いするような大戦の報が、銀河を駆け巡った2日後。

 午前10時10分。


「じゃあケイ、あとのことは頼んだわよ」


 皇国首都星カピトリヌス、その軌道エレベーター。

 先端に位置する軍港フロア。

 そのドックへ続く廊下にて。


「本当に、行くんだね」

「えぇ」


 シルビアは宰相でもある妹と、ひとたびの別れのあいさつを交わしていた。


「おそらく、今回の戦いで全てが決まるわ」


 彼女は軍帽を少し目深に被りなおす。


「この戦争が、長きにわたる皇国と同盟の戦争が」


 気合いを入れなおすように、



「終結に向かうか。また年を跨ぐ悲願となって、そのあいだ血を啜って肥え太るか」



 あるいは、緊張を隠すように。



「だからリータが動けない今、私が行かなければならない。勝利するために。この戦争を終わらせるために」



 そんな彼女に対し、


「でも」


 ケイは一声掛けて、一度黙る。

 おそらくは『言わないほうがいいのではないか』と頭をよぎったのだろう。

 だが、



「それは敵も同じこと、ですわ。陛下」



 言わなければならない。

 そう決心したのだろう、彼女は一歩前に出て告げた。


 だからシルビアも、ゆっくり頷き真っ直ぐ答える。



「そうよ。だからあなたに言っているの。『あとのことは頼んだ』と。留守番だけじゃなくて、もしもの時の、この国の未来を」



 はっきり言って、二十歳はたちの乙女は不安そうな顔をしていた。

 だが、それを口には出さず頷いてみせる。


「ご武運を」

「えぇ」


 二人が永遠にも一瞬にも思える時間、逸らさず目線を重ねていると、


「陛下。いつでも出発できるとのことです」


 シルビアの背後に控えている将校が耳打ちする。


「そう、分かったわ。行きましょう」


 彼女が体を妹から廊下の先へ向けると。

 もとより気配りの健気な人なのである。

 ケイは最後に、姉の気を軽くするべく世間話を振る。


「ところで、もう準備整ったんだね。戦艦とか艦隊って、そんなに早く出撃できるものなの?」

「いいえ? 全然。物資とかいろいろ積み終わってないわよ? 禁衛軍は追って来させるわ」

「えぇ、大丈夫なの? それ」

「問題ないわ。先に出発してたカークランドを呼び止めてあるもの。今から追い付いて、次の補給ポイントまでの物資分けてもらうわ」

「何それかわいそう」


 悪いが、こういう時はイジられ役の男をダシにするにかぎる。

 二人してクスクスケラケラ笑い合ったことで、


「じゃあ、行ってくるわね」

「お土産はセンス問われるよ」


 先ほどより幾分も、戦場へ向かう側も送り出す側も。

 心軽く別れることができた。






 それから一週間としないうち。

 それでも今までと比べれば、結構間が空いたことだろう。

 だが、受けた被害からすれば異常なまでの早さと言えよう。

 もしくは最初から『6月中には』と決めていたのかもしれない。

 事実、ユースティティアにて修理を完了させることなく、



 6月25日。

我が友よ戦士たちよウォリアーズジョイナス』は最低限の体裁を整え出航した。






 早さで言えば。

 輪を掛けて異常な速度だったものがある。



 7月1日15時31分。



 シルヴァヌス方面宙域皇国領。

 惑星シルヴァヌスに2隻の艦が姿を現した。


 その片方。

 この銀河でもそう見間違えることはない巨体。

 そう、



 皇帝シルビア・マチルダ・バーナード座乗艦

 戦艦『悲しみなき世界ノンスピール』である。



 傍らにいるのは戦艦『聖剣Caliburn』。

 皇国禁衛軍艦隊の新たなる旗艦であり、


 このたび晴れて一国一城の主となったカークランドの座乗艦。



 ついこのまえカピトリヌスを出発したような両者は、異常な速度で現地入りした。






「陛下。ようこそいらっしゃいました。お久しぶりです」


 シルヴァヌス軍港にて。

 彼女がタラップを降りると、



「本当に、ね。アイカワ

「嫌だなぁ。僕もあれから出世しているのですよ、



 敬礼で待ち受けていたのは、シルヴァヌス方面派遣艦隊司令官

 リキ・アイカワ少将であった。

 そう、



 シルビアが初めて艦長という職務に就いた軽巡洋艦『灰色狐グレイフェネック

 その時に彼女を支えた、あの副官である。



 シルビアは恭しく先導しようとする彼を逃さず、年来の同輩のように並んで歩く。


「あなたも司令官なんて。時が経つのは早いわ」

「いえ、戦争が我々を生き急がせるのです」

「でもやっぱり早いわ。童顔だったあなたが……若返った?」

「そんなバカな」


 世間話をしつつ、彼女はついてくる将校たちを確認する。


『陛下の副官と言ったらオレだろうが!』


 みたいなライバル心丸出しの顔してるカークランドはさておき。


 決戦と聞き、皇帝が来ると聞き。

 出迎えるために、すでに多くの将校が集まっているようである。


「でもそれなら。やっぱり私もできるだけ若くいたいから。誰しもが生きていたいから」


 シルビアは全員に聞こえるように声を張る。



「この戦争、ここで終わらせるわよ!!」



 居並ぶ彼らのなかに、



「私たちの手で!!」



 運命を分けた頼れるリータがいないことを確認して。






 一方。

 それから一週間と1日の7月9日。



「ようこそいらっしゃいました。特務提督閣下」

「出迎えご苦労である。提督」



 イワン・ヴァシリ・コズロフも、同盟軍シルヴァヌス方面軍統帥府へ入る。



 まだまだ艦隊自体は集まりきっていない。

 だが、



 この戦争を、運命を、集大成として締め括る

 その舞台に必要な役者たちは、着実に揃っていく。

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