第300話 北風と風見鶏

「閣下は、いつ来ても何かお召し上がりですね」


 6月17日の14時過ぎ。

 シルヴァヌス星域『地球圏同盟』領、シルヴァヌス方面軍統帥府。


 ラングレーが提督執務室へ入ると、ジャンカルラのデスクには、


 サンフランシスコ・ブリトー

 板チョコ

 彼女の軍帽

 彼女の両足


 が置かれている。


「違うよ。僕がメシ食ってるタイミングで君が来るんだ」

「昼食はいつも2時間まえでは?」

「2時間ずれ込んだの。だから軽くしてんの」


 その事実に不機嫌なのだろう。ジャンカルラの答え方は少しである。

 尚且つ忙しいのだろう。

 彼女は左手にトマトとパティが二層ずつと、レタスにオニオンドカ盛りのハンバーガー。

 右手には書類で睨めっこをしている。

 しかし副官の感想は、


 軽、く?


 いくら軍人といえど。わずかな時間にも体術訓練を欠かさないアスリートタイプにしろ。

 ジャンカルラはデスクワークが主な将校だったはずだが。


「やっぱり地上勤務は新鮮な野菜が食べられる。最高だね」


 どう考えてもいつも何か食ってそうなやつの発言だが、それはスルーしておく。


「そうだとしても、閣下。今回はあなたが呼び出したのですから」

「そうだったそうだった」


 彼女は声で、目線も合わせず軍靴の踵でデスクを叩く。


 ブリトーを蹴ってしまったら、とか考えないのだろうか。


 と思うラングレーだが、実際に聞いたら


『いいんだよ。ワンタッチくらい3秒ルールだろ。そもそも包装されてる』


 とかいう女子力どころか文明力皆無な返事が来そうなので黙っておく。

 彼も多分に美形な若い女性でモチベーションを上げているところがある。

 変なところで幻滅したくない。


 なので、おとなしくジェスチャーが示すように。

 デスクの上の書類を手に取る。

 おそらく彼女が睨めっこしているのと同じ内容のもの。


 が、ラングレーの目が書面に着地した瞬間に、


「次の全国ツアーの開催地が決まったってさ」


 ジャンカルラが口火を切る。

 あらかたの説明はしてくれるようだ。


「ほう、それは楽しみですな。当日券はまだ余っているのでしょうか?」

「心配ないぞ」


 彼女は噛み千切った断面からはみ出すレタスを、前歯で引き抜き口の中へ。



「コズロフは次の戦場にシルヴァヌスを選んだ」



 ちょうど彼の目もその情報を捉えたところであった。


「それはそれは。では我々は会場を布設し、接待用の宴会場を抑えればいいので?」

「仕出しの手配もな。星中のピザ屋に電話しろよ」

「……それはまた、ずいぶんと」


 ラングレーの表情が引き締まる。

 書類の先を読んだのではない。


 ただ、今のはジョークめいた会話の中でも規模が大きすぎる。


 先のことを読むのが提督の仕事なら。

 提督をそうべく目の前に集中する。

 それが職務の副官でも察せるほどに。


 また、そんな彼らの判断にいつも答えをくれるのも、提督というもの。

 ジャンカルラはブリトーの包装を淡々と剥がす。


「喜べ男の子。



 閣下は連合艦隊による一大決戦をご所望だ」



「はは」

「うはは」

「なはは」

「うえっへっへっ」


 ひと通りなんの感情もない空笑いを交わしたあとで。

 ラングレーは一歩前へ出る。


「それはつまり、いつかのステラステラ決戦の再現ということで?」

「そうなるね」


 彼女の返事はやはり淡々としている。

 話題よりもブリトーから具がはみ出さないように集中しているような。

 あるいは、



「で、それを止めるよう、評議会から内意が来ている」



「は?」


 思いもよらない言葉。

 彼は思わず間の抜けた返事をし、


「あの」


 書面に目を落とす。


「あの、戦争推進委員会どもが?」

「どもが」

「戦闘を止めろ、と?」

「と」

「いったいどういう風の吹き回しですか!?」


 いかにもアメリカン・ホームコメディの『Why!?』なポーズ。

 ラングレーの手の中で書類がクシャリと鳴る。


「北風じゃないかな?」

「またそんな適当な」


 もう一歩デスクへ詰め寄る彼に対し、提督は


「それがテキトーでもないんだなぁ」


 ブリトーの包み紙の底に具が残っていないか確認している。


「寒いんだよ、懐が」


 ジャンカルラは銀紙に包まれた板チョコを手に取り、


「まさか」

「そう。連中『奪った星で儲かる』『戦争特需』と、利権で戦争したがったけどな」


 パキッと真ん中から割った。



「当の旗頭はたがしらたるコズロフが、貯金と収入を上回る速度で戦線を拡大している」



「な、なるほど」

「まさか評議会も、手当たり次第金脈を食い荒らして回るとは思ってなかったようだ。ま、僕も思わなかったけどね」


 板チョコの半分がラングレーに差し出される。

 軍人だからよく食べるが、軍人だからって食わせたがる。


「そのうえであの『最終兵器少女ザ・ガール』のナイスセーブ。正直擦り減るだけで、序盤以降は対した成果を上げていない。まったく、ディヴィジオン・アンが舌舐めずりするゴールキーパーさ」


 それが自身に都合のいい話かどうか。

 それはさておき、同盟としてうまくいっていないと聞くと、彼も手汗が出る。

 受け取ったチョコレートが溶けてしまいそうだ。


「なんなら、この状況が続けば責任問題として特務提督の任を解かれるかも。ま、そうなると実質僕が軍のトップみたいになるからな。連中としても避けたい自爆スイッチだろうけど」

「だから彼を更迭する理由を作らせないため、『止めよ』と」

「うん」


 彼女は短い相槌を打つと、板チョコを奥歯でカリッと割り、



「でも止まらないんだなぁ、これが」



「なっ!?」


 甘さへの舌鼓ではない、明らかに邪悪な笑みを浮かべる。

 ラングレーの親指と人差し指のあいだで、チョコレートがぬるりとズレる。


「止めないのですか!?」

「止めらんないんだって」

「しかし!」


 ジャンカルラはチョコを持っていない左手をひらひら振る。


「当のコズロフも北風の風当たりを感じているんだ。だから今回の決戦を企画している。失点を全て取り返すか、最後の花火になるか。一世一代の大博打だ」


 と思えば、その手がピタリと止まり、


「僕なんかで止まらないぞ」


 声と瞳が暗く澱んだ。

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