第229話 不可解の正体見たり枯れ尾花

「本当ですか!?」


 敵の不可解な行為、その目的。

 なんなら今受けている損害よりよっぽど差し迫った問題である。


 それが解けたと言うのだ。

 ザハも思わず、素直なリアクションを返す。


「おうよ!」


 その真っ直ぐさに応えるように、ガルシアも力強く頷く。


「やつらの目的は、オレたちを受けにまわらせることだ!」


 彼はデスクから跳ねるように立ち上がる。


「今おまえが言ったダメージレース。連中は数で負けてる以上、これだけは優位を取りたい。損害を減らしたい。そのために手っ取り早いのが、こっちの攻撃の手を緩めさせることだ」

「それはそうでしょうが」


 ザハはまだ少し考えが追い付かず首を傾げる。

 一方でガルシアは右拳で力強く左の手のひらを打った。


「そのための『突撃』だ。こっちが数で勝ってる以上、一番妥当な対策は守備を固めること。旗艦がやられたり、一点突破をされねぇようにする。そのうえで時間を掛けてすり潰しゃいい」

「が、逆にそうさせることで、敵も決着を先延ばしにできる、と」

「そういうこった!」


 力強く言い切ると、今度はその右拳が振り上げられる。


「逆に! 連中は今、一気に潰しに掛かられるのが致命傷ってこった!」


 であれば、当然することは一つ。

 その勢いを示すように、拳は振り下ろされる。



「艦隊、突撃せよ!!」



 号令に合わせて副官や通信手が騒がしくなるなか。

 ガルシアはデスクのマイクへ手を伸ばす。


「いやしかし、これで別の謎も解決したぜ」

「まだ何かあったのですか?」


 ザハの少し抜けたようなリアクションに、彼は人差し指を立てる。


「忘れたか? 今でこそ息を吹き返してやがるが、『やつらの信仰が揺らいでんのか』。それと『突撃すれば勝てるって連中が、なんでこんな策を弄するのか』」

「あぁ、そういえば」


 正直完全に忘れていた。

 なんなら敵の策を看破し、勝利は近い。今さらどうでもいいとすら思っているくらい。


 が、提督閣下の表情を見るに。

 もしかしたら大事なのはこちらの方なのかもしれない。


「さっきの声聞いたろ? 今も聞こえてっけどよ」

「えぇ」

「ありゃどう考えても女の声だ。『銀鯱』じゃねぇ。おそらく副官の堅物だろう」

「そう見て間違いないかと」


 ガルシアはニヤリと笑う。


「おそらく今、あいつが指揮を執ってんだ。逆に言やぁ『銀鯱』が執ってない」

「敵の策の一環で、ということは?」

「突撃の脅威でこっちを縮こまらせようってぇ肚だ。出せるなら出してるはずだぜ。な」

「! それはつまり!」


 思わず声が大きくなるザハを制しつつ。

 彼はマイクに声を吹き込む。


「艦隊傾注! イーロイ・ガルシアだ」


 艦橋のクルーたちが振り返るのを見て、ガルシアは頼もしく頷く。

 期待していいぞ、というように。


「要点だけ言う。おそらく現状、敵艦隊司令官バーンズワース。やつは少なくとも、自身で指揮が取れないほどの状態にある」


 ざわつくクルーたちの声を、さらに上回るボリュームで彼は鼓舞する。



「あの怪物が動けないとなりゃあ、恐れるものは何もねぇ! 蹂躙しろ!!」



 返ってくる雄叫びに震える空気を感じながら。

 彼は勝利が手中に収まったのを感じた。






 であれば、こちらは勝利が手からすり抜けたか。


「艦隊被害、間もなく15パーセント!」


 圧倒的兵力差と砲火に晒されるエポナ艦隊。

勇猛なるトルコ兵ワイルドターキッシュ』こそ新装備で被弾を和らげられているが、他はそうもいかない。


「『おもしろい顔Art face』より通信! 『艦橋付近に被弾、ウォン大佐重体』とのこと!」

「くっ! マズいな!」


 加速度的に悪化していく事態。

 イルミはつい閉口してしまいそうになるが、それは許されない。


 今のエポナ艦隊などというのは、ガルシアの読みどおり気力のみで戦っている。

 仮に指揮官の指揮、もとい鼓舞が途切れれば、そこが力尽きる瞬間である。


「粒子フィールドの稼働可能時間は!」

「はっ! 戦闘終了後に味方からのエネルギー供与を受けられないとして……。はい、その後の航行を考えますと、30分前後が限界かと!」

「連戦だから、とはいえ、短いな……!」


 たとえそれがポジティブな話題ではないとしても。

 指揮官の声がする。まだ戦っている。もがいている。

 その事実があるかどうかは大きく違う。


 ゆえにイルミは声を張り上げ、視線を下げない。

 指揮官としても、

 女としても。


『頼んだよ? お手並み拝見』


 バーンズワースの言葉がまだ鼓膜に残っている。

 あの男から託されたのだ。そして今も、通信手の横から見ているのだ。

 少しでも失望させるようなことはできない。

 ちょっとでも目線を下げて、視線がかち合ったら。

 きっとすがるような目をしてしまう。弱さを見せてしまう。

 それはできない。


 今、エポナ艦隊の誰より、心の芯で戦っているのはイルミなのである。


 ならばそれを折ろうかというように。


「被害15、いえ、17パーセント突破!」

「これ以上の出血は、というべくもないか、ウチのやり方は!」

「敵艦隊に動きあり! 突貫してくる模様!」

「なんだと!?」


 状況が、一人で戦う彼女を置き去りにしようとする。


「これ以上被害のペースが増えるのか。連中、一気に潰しに掛かってきたな!」


 あまりのプレッシャーとストレス、増す艦橋内の熱、クルーたちの汗。

 腹の内側が放置したイヤホンみたいに絡まるような錯覚。

 吐きそうでで、全身が汗でジメジメして。

 イルミは意識がクラクラ、飛びそうになる。



 そんな彼女を、通信席から眺める男は。


「敵は突撃してきたって?」


 隣の通信手へ、お気楽そうに問い掛ける。


「はっ、はいっ」

「ふうん、そうか」


 聞いておいてこの返事。

 元帥閣下ともあろう男が、真面目にやっているのか怪しい態度。

 回転椅子でクルクル回ると、


「そう来たか。でもそれならその方が、まぁ都合いいかもな」


 変化に乏しい表情筋で、薄く笑った。

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