第230話 栄誉栄光の男
「艦隊被害20パーセントを突破!」
「くっ!」
それから30分としないうちに。
エポナ艦隊は崩壊一歩手前まで追い詰められていた。
いや、シルヴァヌス艦隊との戦闘ですでに崩壊しているのだ。
今は死体蹴りの爪先をフラフラかわしているにすぎない。
そしてそれが、間もなく脇腹あたりにでも突き刺さろうとしている。
「20パー、20パーか」
もうトータルだと何パーセントかも考えたくないな。
イルミも思考が浮きはじめる。
諦めだとか敗北を確信したとかではない、集中力の低下。
言うなれば心が折れたとでも言おうか、我に返ったの方が近いか。
さっきまではあの男の方を見まいと決めていた彼女だが。
ついに項垂れるでもなく、ぼんやりそちらへ目を向ける。
すると、
「そろそろかな」
自身で予想していたように、すがる目をしていたのかは分からない。
が、
バーンズワースがゆっくり席から立ち上がった。
ちゃんとピンチになったら助けてくれる、頼れる上司というように。
最後にはお姫さまを守り抜いてくれる騎士のように。
あぁ、ジュリアス。
すでに思考が溶けかけているイルミ。
こちらに向かってくる彼を、ただ温かい気持ちで見つめるしかなかった。
「敵艦隊被害、20パーセント突破!」
「こっちの被害は!」
「16パーセント強!」
こちらは対照的に闘志満ちたる『
その象徴のように、一時期座席に収まっていたガルシアがまたデスクの前へ。
「もう一押しですな、閣下」
「おうよ。ダメージレースも有利になってきたぜ」
彼は食い入るようにモニターを睨んでいる。
そこに映るのは、ここが勝負とぐんぐん進んでいく味方艦隊。
「勢いもな」
さっきから繋がったままの通信、聞こえっぱなしの相手の指揮。
途中までは
『艦隊、「
などという、理性的で攻撃的な判断も聞こえていたが。
それらもだんだん鳴りをひそめ、被害に対応する内容ばかりになり。
今はもう特に聞こえない。
マイクが拾わないような困り果てた呻きばかりになったのだろう。
最初は惑わされたが、相手視点から戦況を見られるのは悪くない。
「ここが勝負どころだ! 艦隊、前へ出ろ! やつらに引導渡してやれ!」
「閣下。勢いはよろしいですが、あまり前に出ないでください」
「別に『
「艦ではなく閣下ご自身の話です。重力装置が効いています。下のフロアへ落ちますよ」
「おぉ、そうだな」
勝ち
そんな迂闊ができるのも、ゆるゆる指摘できるのも。
今勝っている以上に、敵の焦りが届いているからこその余裕である。
「ま、なんにしても、オレらまで前に出る必要はねぇ。先頭集団はもう
『
「じっくり構えていれば勝ち、と」
「おう」
常に落ち着いた調子のザハと話して、ガルシアも少し冷静になったのだろう。
一歩引いて、デスクに腰を掛ける。
その余裕っぷりに、お目付け役も立ち場を忘れ、少しジョーク気味に絡む。
「しかし閣下。釣り野伏せの時は『信頼関係の通っていない配下を窮地に立たせるのは』とおっしゃっていましたのに。今こうして自分たちは後方にいて、突撃させるのはよろしいので?」
すると彼も、ニヤリとしながら返す。
「だからこそよ。『バーンズワースの首を奪った』っつう栄誉を譲ってやろうと思ってな。昔同僚に超美人のクリスチャンがいてな。オレも無欲清貧を心得てんのよ」
「なるほど?」
艦隊全体はともかく。
この二人に関しては完全に心が通っている様子である。
楽しく世間話を弾ませるほどだが。
ともすれば、油断があったのかもしれない。
この二人だけでなく、カメーネ・モネータ艦隊として。
「艦隊被害、22パーセント突破!」
「敵艦隊、なおも突出してきます!」
矢継ぎ早に報告がなされる『
それでもイルミはもう何も言わなかった。
もちろんいまだに頭がぼんやりしてしまっているのはある。
だが、それ以上に。
こちらへ向かって段差を登ってくる、元帥ジュリアス・バーンズワース。
その姿に、もう余計な口を挟んではいけないと。
何より、
あぁ、勝った。
私たちは、勝ったんだ。
まだ何も始まっていないのに。特別説明があったわけでもないのに。
何故だかそう、確信してしまったのだ。
モニターでは地獄のような戦闘が映し出されている。
味方は不利な戦いを強いられ、また一隻爆散し、眩しい緑のフラッシュになる。
それらすら、燃え尽きる命たちすら彼のために存在するかのように。
否、事実そうなのだ。多くの将兵たちの血と死が英雄を作り上げるのだ。
その全てを背負い、あるいは足元に踏み締めたからこそ、元帥となったのだ。
モニターから溢れる眩しい瞬きを後光にして、バーンズワースは高みに昇る。
一歩、一歩。焦ることもなく、そこに己が道があるのも当然のように。
いったいどこの誰が、この姿を見て勝利を確信しないだろうか。
たとえ『しない。勝てるとは思わない』という者がいようとも。
彼女はいかなる敵も二人で踏み越え、反証できる気がした。
そんな妄想に囚われているあいだに。
一人で神の軍勢そのものとなったような男は、イルミの隣までやってきた。
「お疲れさま。立派な指揮だった。誇りに思う」
「あっ」
彼はイルミの肩にそっと手を置き
そのオーラで押し出されるように彼女が身を引くと。
バーンズワースは艦長席を陣取り、
たった一言だけ告げた。
「艦隊傾注。これより指揮は、元帥ジュリアス・バーンズワースが執る」
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