第243話 玉座にあるべき者

 そして、露払いも終わり、艦隊の整備も終わった2324年10月1日。



「何故私たちはこのような悲劇を迎えなければならなかったのか! これは天より降って湧いた災害か! 否!」



「全ては我々政治に携わる者たちの、腐敗と失策である!」



「ゆえに私たちは今、報復でも自衛でも政権の奪取でもなく! 政治を、皇国を、未来を、あるべき姿へ立て直すために!」



「力を結集し、カピトリヌスを目指さなければならない! そのために、今一度! 皇国臣民の力を貸してもらいたい!」



「こんな事態を引き起こして、何を今さらと思われるだろう! しかし!」



「だからこそ! あなた方の力で、この国を取り戻し、救ってほしい!」



 12時ちょうど、シルビアは皇国中に向けて演説。

『黄金牡羊座宮殿』を目指して出立する旨を表明。

 13時ちょうどに、艦隊を率いてロービーグスを経った。






 演説が終了し、プツリとタブレットがスリープ状態にされる。


「いよいよ、始まるんですね」

「終わりかもな」


 その配信を見ていたのは、

『地球圏同盟』軍シルヴァヌス艦隊提督、ジャンカルラ・カーディナルである。

 隣には副官ラングレーも立っている。


「なんにせよ、ここからはあいつががんばることだ。僕にできることはない」

「それはそうですね」


 彼女はを終え、すでに帰途。

 もちろんなどあり得ない。

 喪章を括った艦も同盟領に入っている。


「それにしても」


 ジャンカルラは鼻からため息一つ、


「似合わないな」

「は?」


 艦長室のデスク、椅子の背もたれに身を投げ出す。


「似合わない、とは?」

「あの演説さ」


 それからデスクに置かれた軍帽を手に取り、タブレットに被せた。


「あんな、皇帝然としたようなさ」

「はぁ。しかし」


 副官は多少納得しかねるように首を傾ける。


「提督は以前から、彼女こそ『皇帝になるべき存在だ。この宇宙に平和をもたらす、時代を進める人間だ』とおっしゃっていたではありませんか」

「そうだな」

「それに『皇帝然としているのが似合わない』とは」

「似合わないものは似合わない」


 彼女はデスクの引き出しを開け、中から個包装されたドーナツを取り出す。


「僕が言っているのは、『あいつが皇帝に向いてるかどうか』じゃない。ラングレーくんは何味がほしい?」

「よろしいのですか?」

「まぁシュガー、スプリンクルス、ストロベリーしか残ってないけど」

「クリームは期限が気になって、先に食べてしまいますよね。スプリンクルスを」

「どうぞ」


 ジャンカルラはスプレーチョコがカラフルなドーナツをラングレーに手渡し。

 なお自身の前にキープされているのはアップルサイダーである。

 彼女は袋を破りつつ、中断した話の続きへ入る。


「僕が言いたいのは、『あいつは今までにない皇帝になる』ってことだ」

「今までに」


 ドーナツを咀嚼する副官は、一旦飲み込んでから


「ない」


 と相槌を打つ。


「あのあまりにも皇帝に向いてなさそうなお気楽、おちゃらけ。あの人を導くのに欠かせない明るさ、人情」

「たしかに」

「古代チャイナの漢を開いた高祖劉邦りゅうほうは、能力以上に人に愛されたという」


 ジャンカルラはドーナツに口をつけるまえに席を発つ。

 小型の冷蔵庫へ向かい、中から炭酸水を取り出した。

 彼女は振り返って、ラングレーに微笑む。


「本当はドーナツにゃミルクが一番だけどね」

「日保ちしませんからね」

「それで、そうだ、劉邦だ。時代を進めるには、新たな地平を拓くには。トランプに4人いるような普通の皇帝じゃダメだ。タロットのようにオンリーワンの、特別な皇帝でなければ」

「例え以外は分かるような」

「だというのに」


 その落胆を示すように、口の開いた炭酸がプシッ! と鳴る。


「別にバサラだウツケだカブキモノだをやれってんじゃないが。あんなお利口そうな演説をな」

「しかし、必要なことでしょう」

「シルビアにすら必要とするほど、あの国は病んでいる」


 ジャンカルラはまず喉を潤す。

 そうしないと、ドーナツが喉に詰まる気分なのかもしれない。

 副官は、普段は男性的な彼女の、ラッパ飲みが妙に艶かしい唇を見ながら


「そもそも、シルビア・バーナードが帝位につくのでしょうか?」


 邪念を消すよう話題を動かす。


「以前の内戦も似たようなケースから、現皇帝ノーマンが即位しています。人望や中央での立ち位置など、今回も場合によっては第五皇女が」

「ないね」


 しかしジャンカルラは即座に否定し、ドーナツへ大口で齧り付く。


「ノーマンの時は、自分が引っ張りながらも『殿下に対する臣下の礼』があった。でも今回は違う。ケイ・アレッサンドラと合流するにあたって、ディアナへ迎えにいくのではなく」

「ロービーグスへ呼び付けた」

「そう。上下をつけている。前回の結果、見事に国が割れた反省だろうね」


 せっかく炭酸水を開けた割に、彼女はサクサクと一気にドーナツを腹へしまい込む。

 指に付いたシナモンを舐め取りつつ、少しだけ声を低くする。


「それに僕はずっと、最後は必ずシルビアになると思っていたんだ」

「それは、何故でしょうか」


 ラングレーも指にコーティングのチョコレートが溶けて付きはじめてはいる。

 が、気にしていられない。


「ずっと皇帝を目指し戦い続けてきたのが、あいつだけだからだ。ノーマンも、いくら人品があろうとケイですらも。そのために意志を持って、命を懸けて走ってきたわけじゃない。それならまだ、悪であろうと愚かについえようと、ショーンの方がこころざしはあった」


 ハンカチで指を拭く彼女は、盛り上げる気もないよう静かに答える。

 当然かのように、そう心から信じているかのように。



「だから今、皇族のなかで。玉座へ続く階段へ足を掛ける権利者は、あいつだけだ。あいつが軍人として戦いはじめた時から、あの国はあいつのものとなる運命だったんだ」



「それはおっしゃるとおりですな」


 それが明るい話題であるかのように頷く副官だったが、



「だからこそ僕は、シルビアが哀れでならない」



「はっ?」


 まるで手のひらを返すように。

 あるいは、だから先ほど少し声が低くなった、その答え合わせのように。


 ジャンカルラは幾らかの怒りを孕んだ呟きを漏らす。

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